2008年10月27日

変化

 今年の9月14日にアメリカのリーマン・ブラザーズが倒産して以降世の中の様相は一気に「変化」しました。石油価格は今、ピーク時の半額です。テレビ・新聞等でも日々「変わらなきゃ、変わらなきゃ。」の大合唱です。世の中というものは、現状の批評をする人は本当に多いのだけれども、「どのように。」変わらなきゃならないのかを示そうとする人は本当に少ない。実は変わらなきゃ、変わらなきゃと言っている評論家自体、実はそれほど変われる必要のないポジションの人だからです。彼らは現状と向き合ってコメントすればいいのですから。本当に変わらなきゃならないのは時代の最先端に立ちながらも、常に未来を指向しなければならない経営者なのです。彼らの中の少数だけが、間違いのない未来を見据えていることは確かです。そしてその企業だけが新しい時代に栄えるのです。

 あと2週間足らずでアメリカ大統領選挙がありますが、くしくも次期大統領候補のオバマ氏の選挙スローガンが「チェンジ」です。
こんな時代には、しっかりと「変化」の意味を知っていないと変化についていけないということを自覚しなければならないと思います。

 例えば、単に変化と言っても、朝ごはんをちゃんと食べるようになったとか、クールビズでネクタイをしなくても良いようになったとか、最近離婚したとか、リストラになったなど、色々な変化の種類があります。

 私はここでの変化を、ダーウィンが進化論の中で言っている「変化」を「変化」と定義したいと思います。彼は「生き残るものは強いものでも、頭のいいものでもない。変化に対応できたもののみが生き残れる。」と言っています。つまり、変化とは、「世の中の根本的流れが変わった時に、その変わった流れに順応して自らを変えられた」ということです。この正しく変化に対応できたところまでを含めて変化としなければならない。それでは、イワタ式変化対応法を書いてみようと思います。
変化を成功させる要素として私は5つあると考えています。しかも、その5つがうまくバランスして発生することで、変化への対応ができると考えています。

 まず第一は、「変化をする力を常々内に秘めている。」ということ。これは基本です。変化する力が無いことにはまず話が始まりません。第二に、「どのように変化したらよいのか(進化)がある程度理解できている。」
 そして第三に、「その変化への対応を開始するタイミングが間違っていないこと。」どのような出来事にも、対応するのに正しいタイミングというものがあります。これも大切ですねえ。

 私的には、この変化という中で、このタイミングの取り方というものに特に注意を向けています。私のタイミングの決定方法を科学的でないと言う方も居られるかもしれませんが、私はこの方法が実は一番正しいと信じているのです。私には過去に、若い経験がありました。もともと私は脱サラをして一人から会社を始めました。ある程度の会社になると、あちこちから、「あなたの会社の今後は良い右腕を得られるかどうかですよ。」と言われるようになります。皆さんにもご経験あろうかと思うのです。私も若き経営者。経験も浅い事ですから、「そうか、右腕を探さなきゃ。」と常々意識するようになりました。今、振り返って思うと、「右腕が必要だと進言した人に、いったい何人経営者が居ただろうかと考えます。意外と一度も経営をしたことのない金融機関の人だったりします。話を元に戻しましょう。私は右腕を探し始めたのです。こんな右腕が必要なのかと考えながら、実はここに落とし穴があるのです。「探し始める。」という行為そのものに。どうしても出逢う人出逢う人それぞれを右腕というレンズを通して判断するようになったのです。素直に人として向き合えなくなったのです。以外と結果を焦る女性に起こりそうな話ですね。結果は申すまでもありません。私はそれなりの傷手もかかえることとなったのです。

 それからというもの、「求めるのではなく、現れるものだ。」という考えに変わりました。「現れなかったら一生ワンマンでいいや。それが俺の器なんだろう。」と思うようになりました。そしてその後、思いもよらない縁で、出逢う事となったのです。それ以降も、私は何か見えない意志が一定の方向を示して気づかそうとする力が存在するように感じるのです。たぶん誰の上にもあるのでしょう。でもそれに乗る人は、誰でもというわけではないでしょう。曇りや片寄りのない心でしっかりと導きの有無を観察する心の眼の力のある人だけが、それに気づくことができると思います。

 第四は前にも触れたように、「その変化への対応を開始する仲間は間違っていないこと。」この人選を誤ると、内部分裂を起こして、崩壊します。

 そしていよいよ最後の第五番目です。それは、「変化という局面を自分がより良く変われる機会だととらえ、挑戦しようという意欲を持っていること。」です。先日ある出版社の編集長がおっしゃっていました。「人間は裕福になると本質的なことを考えなくなる。」と人間は、常に厳しい環境に身を置くことで物事を深く考え、変化し、若々しい自分で居られるということのようだ。私は裕福であるよりも安全であるよりも授かった命の輝きを失わない人生を歩みたいと思う。

「飛行機は地上にあれば安全だけど、だけど飛ぶためにあるんだよ。」
(ある映画でおじいちゃんが孫に言ったセリフです。)


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2008年10月15日

定義を定義してみよう

私は最近とても困った問題に直面しています。それは、自分に直接関係することなのですが、でも自分のことではありません。それゆえに、その問題を解決するということがとても難しいのです。

 ただ、その問題の根本ははっきりしています。それは人それぞれで基本的な「モノの定義」が人それぞれで違うということなのです。同じ国で同じ言語を使っているのなら、本来は、その言葉の定義は同じでなければならないはずでしょう。(まあ、それは理想ですけど)
ところが、相手の人の定義が自分と違っていたりなんかすること、これはなかなか話が噛み合わない。
 具体的に言うと、「お金持ち」の定義があるとする。
ある人は金銭やその価値のある物を多く所有することをもって「お金持ち」と定義する。私などは、単に金銭等を多く所有するだけの人は、「守銭奴」と定義する。欧米ではセレブとは持っているお金を使って楽しむための時間まである人のことをセレブと称し、単なる金持ちはセレブとは呼ばない。

 だから会話をしても、この定義の違いから話が噛み合わなくなる。他の例では、「おせっかい」と「気配り」の区別ができていない場合。「おせっかい」は相手の立場に立たないで自己判断で相手の人の世話を焼くこと。従って、全てが相手のためになるとは限らない。と言うより、むしろ相手が迷惑することが多くあるのだが、当の本人は相手から感謝されるべきと考えていたりする。その人にとっては、おせっかいを含めて「気配り」と認識している。これは母親と子供の関係においてよく見受けられる。

 「知識」と「知恵」などもそれに当てはまる。知識が豊富で物知り顔で人に話をする人が、それは一度も泳いだこともない人間が百万冊の泳ぎ専門書を読んでることに近い。知識を実社会において実践したうえで身につけるという、一番大切なことがぬけている。このような知識人の吐く言葉は軽い。なぜなら、そこには実践を通して乗ってゆく言霊がないからである。よくピッチャーが投げる球を解説者は「彼の玉は重い。」などと言う。巨人の星の星飛雄馬も球質の軽さに悩んで大リーグボール養成ギブスでその弱点を克服しようとした。私は人と向き合う時は、その人の「言葉の重さ」この点にとても注意する。その人の本心からでた言葉には必ず言霊が宿っているから。言葉だけに意識を向けて頭で理解しようとすると内容が正しいかどうかが重要になる。そこに詐欺が生まれるすき間が生まれる。「理路整然とした正しいが軽い話し」これが社会では一番の曲者だ。これも普段しっかりと定義しておくことで少しは防ぐことができる。

 「はたらく」ということもそうだ。「働く」とは本来2つの意味があって、「成果をあげる」ということと「職に就く」という二つの意味を含んでいる。この定義の違う人間が入り混じるとたいへんやっかいなこととなる。つまり、勤労者と労働者という根本的に違う二種類の人間が混じって会社がうまくゆくはずがない。

 経営者はしっかりと、まずこの違いを把握することから始めないと後々大変なことになる。

 ほとんどの人は「日常不都合が生じない。」というたったそれだけの理由で、何となく言葉を活かし、何となく他人とコミュニケーションが取れたような気になっている。しかし、問題が生じて突きつめて話していくと必ず、「そんな意味で言ったのではないのに。」という言葉に行きつく。本当にしっかりと理解し合おうと思えば、まず、ひとつひとつの言葉をしっかりと定義した上でコミュニケーションをしなければならない。

ビジネスで立場や地位が上に行くほどこの定義ができていることがリーダーシップの本質になると私は思っている。逆に言えば、若いうちから物事の定義が明確にできていることが将来人の上に立ったり出世する要件であり、頭が良いとか、学歴があることは、公務員や会社員はいざ知らず、少なくとも企業家として持続的に成功することは不可能だと思っている。

 「生きることとは」 「幸せとは」 「神とは」 「父とは」 「母とは」 「男とは」 「女とは」 「結婚とは」等々自分よがりでない定義をすることはとても大事だが、一方でとても難しい。常に考えるという習慣だけが自分を創る唯一の道だと私は思う。


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2008年10月07日

孫子の兵法

 先日、私の友人の市会議員さんがフッと漏らしていたことを今日は書いてみようと思う。
事務所に居る時に韓非子を呼んでいると、スタッフから「やっぱり政治家はどうやって人を使ったり利用しようかと考えているんですね。」と揶揄されたらしい。そのことでとても傷ついたとなげいていた。彼は本気で日本を憂えている。そして、政治家としての志もしっかりしている。今どき珍しい政治家です。だからこそ、韓非子や孫子をしっかりと学んでおいて欲しいと私は思う。政治家という公に近い立場であるという特殊性がある。


 もし私達の代表あるいは日本の代表として諸外国の政治家と渡り合って、少なくとも我々の願いは国益を守るためには、したたかに外国の政治家を呑み込んできてほしい。それには孫子や韓非子はどうしても自分のものにしておいてほしい課目と言える。孫子の兵法の本家の中国では、兵法をより一般的にした三十六計という兵法を子供の頃より身に付けさせている。四字熟語にして日常で使ったり、漫画で兵法を説明する本も出ている。このような中で育った中国人はある意味日本の側から見れば実に狡猾だ。
世界とはそういうものだ。

 日本は単一民族で島国育ちだから、とても人を信用し良い社会を築いてきた。これは世界から見ればある意味うらやましい。戦争に敗れて領主が変わっても、領民には大差はない。一方中国は民族自体まで虐げられるまで追いつめられる。アメリカも自らの身を守るために銃を持ち歩いている。そんな日本を取り巻く物騒な世界の国々と対峙しなければならなくなった現代社会では、兵法を学ぶことは当たり前のことであって、決して人目を隠れて学ぶものではない。

 もし兵法を学ぶことが悪であるなら、自衛隊の存在すら悪となる。確かに自衛隊に対しては存在さえも悪という自らが愛する人々が目の前で凌辱されているのを指をくわえて見ていろと言うのだろうか?

 要するに、孫子の兵法や韓非子、自衛隊も全て、「知っているから使う」のか「知っているのと使う使わないは別のこと」と見るのかなどその意味は異なる。少なくとも私はできるならあらゆることに精通しているべきだと思う。それらを理解した上で、どのように使うか、その判断基準がその人の哲学だと思う。

 しっかりとした哲学を持てば、それはちょうど原子力が発電に平和利用され、二酸化炭素の発生の少ないクリーンなエネルギーとして、人々の役に立っているのと同じだ。

 もちろん核燃料廃棄物の問題も一方には有るが、これは地球温暖化とのどちらの問題がより重要なのであって、それを判断することがまさに政治の領域なわけである。

 今の時代汚い政治家が多いからこそ私は立派な政治家になりそうな若者を精一杯応援するのが私達の努めだと思う。

 つくづく頑張って欲しいと思う。


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2008年10月04日

秋ですね。またコラムを始めます。

 以前からこのページのコラムをお読みいただいていた皆様には大変お久しぶりのことです。TOKI-WA-SOHの在り方を含め、ホームページを一新しておりました。その間3ヶ月ほどコラムはお休みになっていました。
 以前は「イワタてつがく」と題して書いておりましたけれども、今回からは「舘主のひとりごと」となりました。と言っても、当の本人には全く違いはなく、つれづれなるままに心に浮かんだ事々をただ書くのみというスタンスは以前のままです。


 10月に入り朝晩はめっきり涼しくなってきた今日、この頃です。なんとなく「てつがく」をするにはぴったりの季節となりました。
今までの3ヶ月の間のことで少し触れておきたいことを今日は書こうと思います。


 ちょうど7月から大阪の吹田で「お母さんの学習塾」という名のお母さんの学びと連帯の教室を始めることとなりました。教育問題を軸に熱心に議員活動をしている友人の吹田市議である神谷議員と一緒に企画しました。最近は核家族がほとんどで、子育てはもっぱらお母さんの役目です。マンションの一室で一日中お子様と向き合って精神的にも肉体的にもいっぱいいっぱいの毎日です。たいていは子育ての経験がありませんから、初めての子育てで、うまくいかないのが一般的です。どうしていいのかわからない中でも子育ては待ったなしです。

 誰でも経験がおありだと思いますが、行き詰まりを打壊する時は、ちょっとした発想の転換とか、誰かのアドバイスで、スーッと開けたりするものです。そしてもうひとつ、同じような悩みを持つお母さんがお互いにアドバイスし合ったり、結婚前のお母さん予備軍の後輩達に貴重な学びを提供されたりと、自分で言うのも何ですが、実りの多い場だと持参しております。

 少しではありますが、お伝えしたいと思います。

「一隅照」という伝教太師(最澄)のお言葉を聞いて、皆さんの照らすべき一隅というものを改めて考えてみましょうというという時間を作りました。
「一隅照」という言葉は皆さんあまりご存じないようでしたので少し説明が必要でした。
以下のような内容です。
 「国にとって大事な物とは何か。それは道心である。道心とは仏道に入り、真の道を求める心で、菩提心ともいう。邪悪を捨て、善・正につこうとする心のことである。道心ある人が国宝となる。だから昔から言われていることだが、金銭・財宝は国宝ではない。一隅を照らすという、家庭や職場など、一人ひとりが自分自身の置かれた場所で精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい貴い国の宝である。一隅を照らす道心ある人をめざそう。」

 皆さんそれぞれに「私の一隅」を発表されました。Aさんは、まだご結婚されていません。現在は会社員をされています。彼女は「今の私の一隅は職場です。その職場の皆が私がそこに居ることで働きやすいと言ってもらえるように努力をしていきます。」とのこと。私達日本人であれば、そう不思議とは思えないことですが、このように言える女性の社員の居る国は、世界では稀だと私は思っています。きっと素敵な奥さん、お母さんになられるでしょう。

 Bさんは婚約者と同居を初められました。「彼がお家に帰ってきた時、何よりくつろげる場所にしておくこと。それから、近所の子供達には、明るく挨拶ができるようになるまで、うるさいほど挨拶をするとのこと。」これまた素敵な一隅照ですね。
女性の一隅照って肩の力がぬけていて、自然体な感じがとてもいいです。

 Cさんは神谷議員のスタッフで独身。「私は神谷議員が目一杯仕事ができるようなお手伝いができることが今の私の一隅照です。」とのこと。やはり議員の人柄にプラス、頼りになるスタッフ。この両方が無ければいけません。

 Dさんは今回が初参加。もうすでに自費を投じて子供達の夏合宿の場の提供をされています。「世の中はもう役人や政治家には任せておけない。市民ひとりひとりが立ち上がって、何か世の中を変えたい。」とのこと。
すでに一隅照がしっかり見えておられるだけでなく、実際に行動に移されておられることが素晴らしい。直感でどうすることが世直しかをつかんでおられます。私もいろいろと今後ご指導いただこうと思いました。

 Eさんは現在お二人の娘さんの子育てまっ最中。いつも生後6ヶ月くらいの次女を抱きながらの聴講です。うれしいことに、ずっと泣くことはほとんどなく一緒に聴いてくれる可愛い赤ちゃん。みんなのアイドルです。赤ちゃんを見ると女性はみんな自分も産みたくなるようですね。Eさんは「私はこのようなお母さんの気づきがある場所の存在を身近なお母さんに是非知らせたい。あまりうまく言えないので、近々出版予定の私の著書を勧めようかと考えています。」とのこと。この場があることを知らせる一隅照。なんて、まさに講師冥利に尽きますね。

 最後はFさん。当日はお昼からの出席でした。こちらの教室に来たかったけれど、学校の花壇整備の仕事がどうしてもあったとのこと。殺風景な学校に花壇ができて、とても学校が花やかになったらしい。学校にお花が多いほど生徒達は優しくなるという相関関係があるらしい。「今の私は、学校の花壇を手入れして、子供達にきれいなお花を見せることが何よりの一隅照なのです。」と発表されました。小さな小さな事かもしれないけれど、ここは私がしっかりやらなきゃいけないと自覚を持って取り組んでおられるお母さん達。私は大きなことや、政治では世の中は本当の意味では良くならないんじゃないかと思い始めています。男という生き物はやれ学閥だの、やれ党だの、やれ派閥だのと群れをなして、大層なことばかりぶち上げて、足元に目をやったら、ごみがいっぱい散らかっているだけで、世の中ちっとも進歩していないのではないかとさえ思ってしまう。先日も石田梅岩先生の法要に参列しました。思想家たる梅岩先生の法要で挨拶に立ったのは行政の長と政治家の先生ばかり。学統を受け継ぎ、ささやかに心学を伝承している人の言葉は皆無。

 加えて参加者で梅岩先生を心酔しているという政治家の先生が、石門心学の読みを「いしもんしんがく」と読む有り様。名誉や肩書きで、いったい何が世の中に寄与できるのか考えさせられる。もちろんダムや道路も必要かもしれません。施設もそうでしょう。しかし、「仏作って魂入れず」のように、入れ物ばかりの行政で果たして良いのですか。お母さんは目立ったり大層なことは言われません。小さくても自分の一隅をしっかり見つめ頑張っておられます。私は日本の未来はお母さんに託されていると思っています。それはお母さんが政治家に立候補することでも、声高に権まりを叫ぶことでもありません。静かですが、確実に自分の一隅を照らし、次世代へつなぐバトンを母親の手で渡す偉大な使命を淡々と行うことだと思っています。私はそんなお母さんの少しでも助けになれたら、それは私の一隅照だと思っています。


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2008年06月30日

本当に大切な事を今一度考えてみよう

 京都が生んだ思想家、石田梅岩先生の思想を今一度現代に伝えようと発起して京都心学塾を建塾した。
 かれこれ3年を超え、毎月1回の講義をして来ました。ところが、学祖石田梅岩先生は著書は2冊だけで、主に人々を前にしての講義が主でした。ですから、現代にはその肉声も残っておらず、どちらかというとお弟子さん達が残されたものの方が多い。
 私が塾生の皆さんに講義をする時いつも壁に突き当たる。話す事が無い、話せない、という理由では無く、果たして講義をすべきなのか?と。石田梅岩先生も決して多くの事を教えておられない。質素、倹約と正直。主にこの3つについてだけ。一般に読書は大切と言われているけれども、ならば、一体どれ位の読書をすればいいのだろう?ビタミンでも摂り過ぎても悪い訳では無いけれど、余った分は体外に排出されるだけ。読書や勉学もやはりそういう側面は十分にあると思う。というのも、学びと実践で一体を成すのであって、学びに加担すると実践が疎かになる。やはり人は実践の中で学び、苦しみ、考える事で本当の智恵が身に付く。
 趣味としての学問や読書は別として、実践哲学としての実論・実学はそろそろ集大成しようと思う。
 今、私が考えている実論・実学は4つある。
 まず1つは強運学。これは人生を強運に生きるには?という人類不変のテーマ、これをイワタ式にまとめようと思っている。次は、国創りは母創りの持論にのっとって、お母さん実学をまとめたいと思っている。それから、今日の日本を生み出す原点としての終戦を昭和維新と位置付け、昭和維新学という実際の証言も元に現代日本式リーダー論をまとめようと思っている。そして最後にそれらを総合した、イワタ式人理学なるものを世に問うてゆこうと考えている。
 こうしてまとめようと考えてコラムを書きながらも、それを見て、これだけでも凄いよなぁと我ながら呆れる。
 強運学の中心的理論に老子の哲学があるが、老子は、第44章「地位と生命と、どちらが大切か。生命と財産と、どちらかが重要か。得ると失うと、どちらが苦痛か。地位に執着し過ぎれば、必ず生命をすり減らす。財産を蓄え過ぎれば、必ずごっそりと失ってしまう。控え目にしてれば辱めを受けない。とどまる事を心得ていれば、危険は無い。いつも安らかに暮らす事が出来る」としている。
 無理せず穏やかな精神で居る事で、本当の自分の力を最も発揮出来る自然体になれると説いている。
 いつも振り返って心したいと思う。


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2008年06月17日

「網の目のお話し」

 最近部下を育てるという事についてアドバイスを求められる事が時折ある。大抵は仕事の覚えが悪い部下をどうしたら良いのか、とか、扱いにくい部下をどうしたらいいのかといった事の悩みが多い。
 まず、基本的な状況を考えると、大学で成績の良い自律心の旺盛な優秀な生徒さんは、殆どが大手企業へ就職を希望し、事実採用されてゆく。我々中小或いは零細と呼ばれる企業へは、就職して働いて頂けるだけで有難いと感謝しなければならないと思っている。だから、困った部下がいるという事は、実は困った事では無く、実は当り前な事だと考えるのが正しいと思う。ただ、この困ったという事は、仕事や思考能力という一面において困った事なのであって、実はこのような人々はとても心優しかったり、正直であったり、個性的であったりと、人間味という事ではずっと素敵な部下なのである。だからこれらの仲間と仕事し続けてゆければ、それは実はとても楽しい事なのです。
 それから、部下が扱いにくいとか、仕事の覚えが悪いという事は、経営者として自分が成長出来るには、これ又とても幸せな環境だという事も、しっかり自覚しておかなければならないと思う。いずれにしても私はこの零細企業の経営者という職業を最近とても気に入っている。そう、最近気に入り出した。昔の私は出来無い社員達もいつもイライラし怒鳴っていた。単に血の気の多いだけのワンマン社長だった。振り返って今はそう思えるけれども、その時の私には、今の私のようにアドバイスを仰ぐ人も無く、羅針盤を持たない航海のようなのもでした。

 話を元に戻そう。組織で仕事をする、部下を育てるという事を考える時、禅の例え話を思い出す。それはこんな話だ。
 野鳥を捕らえるのにカスミ網という目に見えないような糸で編んだ仕掛けをかける。大抵は鳥の通り道に仕掛けるから、真ん中辺りの網の目に首を突っ込んで引っかかる。それを捕えて観賞用の鳥にする。鳥が実際にかかるのは、たくさんある網の目のたった1つだ。そこで禅僧は問う。「ならばたった1つの網の目を仕掛けたらそれで鳥は捕らえられるというのか?」もちろん答えは「No」だ。鳥がかかった網の目は1つでも、やはりその鳥はカスミ網全体で捕ったと考えるのが正しい。私はいつもこの例え話を経営に置き換えて考えている。
 昨近はやった成果主義や能力主義という話は、仕事をカスミ網で見るのでは無く、鳥を捕えた網の目にフォーカスした考え方に思えてならない。
 事実、この成果主義や能力主義をバブル崩壊後導入した企業が多く生まれたが、ここに来て不具合がとても多く噴出しているのが現状だ。よくよく考えれば、判りそうな事だが、俯瞰というか、大局観で見る事の出来無い者にはそう見えてしまうのだろう。
 目立った成果を上げられていなくても、中々仕事の覚えが遅くとも、それら1人1人の会社を愛する仲間が手をつなぎ合っている事が大切なのであって、それ程目立った成果や働きはしなくても良いと私は考えている。
 大体倒産する企業の中には、話題の業種や急成長企業が多く含まれている。例え低空飛行でも、墜落せずに飛び続ける事が出来る事が大切なのであって、むしろ生きてゆく事とか、事業をする事とは元来そういうものじゃないかと思う。私はむしろ、あまり利益が出ない中でも心豊かに心許せる仲間達と仲良く、時に厳しく末永くお互いが助け合える事が大切で、続けていけば、少しずつでも人は成長するし、会社に信用も付く。
 そしてその先に必ず勝負どころが訪れる。焦ってはならない。自分の気持ちの何倍も長く時間をかけて会社は成長させてゆかなければならない。この気持ちが心にゆとりを与え、人間関係を上手く運び、結果的には全て良い結果をもらたすと私は思っている。


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2008年05月16日

智恵はある時、沸騰する。

 日本ではオギャーと生まれて幼稚園に行き、小学校に入学し、中学、高校、大学へと進学するのが一般的だ。しかし、このように勉強を積むシステムは先進国に多く、発展途上国には少ない。私達は20年余りの間、智恵を詰め込む。年令が上がるに従って、専門化してゆき、段々狭い範囲の知識に絞って深く吸収するようになる。そして、その専門分野では、人並み外れた洞察力を獲得する人もいる。ただ、同じように智恵を詰め込んで行ったとしても、皆が深い洞察力を手に入れるとは限らない。
 私は自宅浪人をしていた頃に、その基本的な理論(理由というレベルかも知れないが)を実際に体験している。少し説明しよう。
 私は国公立理科系志望から好きな教科だけに集中したばかりに、私立文系になった事は以前にも記述した。好きな教科とは、世界史と現代国語、それと英語。英語はさほどでもなかったが、世界史と現代国語は、予備校の模試でも上位5位以内に入っていた。出来るから楽しい。楽しいからどんどん学ぶ。そして、ある時不思議な体験をした。模試の英語の問題で、どうしても解らない問題があった。解らないままだが白紙解答は出来無い。追い詰められた私は、得意の世界史の頭を使って英語の問題が解けないものだろうかと考えた。このコラムのをお読みの方には意味不明かも知れませんが、何故か答えが解るのである。ちょうど、何らかの分野で超一流になった人の哲学は、お互いに同じような境地に至るような感覚と言えば良いだろうか…?その時私は思った。
 ある分野において、一定量以上の知識を詰め込んで限界点を超えると、智恵という万能薬に変わると。ちょうど、0度の水に火を炊いて、99度までは大きな変化は無いけれど、100度を超えると沸騰して、液体が全く別の気体に変化し、入れ物に制約されていた運動が、空間を飛んで拡散するような物質の転換に似ている。世の中の超能力というものも、同じように、知識から智恵の転換の先に生まれる、実は当り前な現象だと考えている。ただ、超能力に変わるまでの炊き続ける事が、半端なものでは無いだけだという事だ。比叡山の千日回峰行もそういうものでは無いかと考えている。これだけの荒業は誰にでも出来るものでは無いだろうけれども、それをやり続けた人だけには、ある超越した能力が宿る秘法つまり、智恵の沸騰法を昔の人が考え出したのだと思っている。
 そこで私事のお話なのだが、私はこの求道の分野を広く設定し、炊き続けてみようという、想大な計画を立てた。人生哲学と強運という「人間の意識」という分野において、生きている限り炊き続けてみようと決めた。おそらく私の命がある間には沸騰しないだろうが、次の世代に託すると考えると話は変わる。このような分野で沸騰すると、悩める多くの人々に智恵の泉からその人の悩みに最適な解決法をひょいとつまんでお渡し出来るなんて事が可能だろう。その人の人生と同じ経験を仮にしていないとしても、解決する方法は授けられる。このような広く深く難解な分野に一生を費やして挑もうなぁんて、阿呆な者は殆ど居ないだろう。だからこそ面白いと思う。
 阿呆(アホ)の由来は、中国の皇帝が妃のために造った宮殿が、あまりに大きく、何処まで、そしていつまでで完成するのか皆目見当もつかなかった故事から、「何を考えているのか解らない」とか「桁外れな発想の為に常人では凡そ判別出来無い事」を言う。
 関西人は親しみとある種敬意を込めて(そう思っているのは私だけかも知れないが…。)「アホかおまえは!」とか「アホちゃうかぁ?!」と言う。関西とは、何と超一流な人の多い街なんだろう。実は悩める多くの人々の心を救う超能力とは、アホな事をして人々に笑って貰える能力なんじゃ無いか、なんて思ったりする。「笑う角には福来る」。


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2008年05月14日

♪さぁ、みんなで目を閉じよう♪

 顔瞼下垂症(がんけんかすいしょう)という病気というのか症状というのか、皆さんご存知の方はおられますか?実はこの症状、最近確認されたのだそうです。
 若い頃は一晩ぐっすり眠れますよね。翌朝はスッキリとした気分。ところが年を取ると、夜中には何度も起き、眠りが浅く、疲れが取れない。この原因の1つに、実は瞼の皮膚のたるみにあるという事が判明したのです。瞼は自律神経のオンとオフのスイッチになっているのです。瞼を閉じるとある筋肉が引っ張られてスイッチが切れる。瞼を開けるとスイッチが入る。こういう役目をしている。ところが年を取ると、この瞼が伸びて筋肉も弱り、瞼を閉じた状態でも十分に引っ張り切れずに、目を閉じていても自律神経は起きているのと同じ状態になる。つまり、1日中完全に眠る事が出来無い体になってしまう。若い頃に比べると瞼の皮が伸びたなぁと感じた。目の上下の肉がぷっくりと盛り上がってきたら要注意。それから、伸縮する筋肉は弱いので、長年念入りに目の回りのメイク等をする女性は、この筋肉が弱りこの症状を発症しやすいらしい。
 まずは、鏡で自分の顔をよ~く見てください。たるんでいたらどうするのか。これが又実に簡単なのには驚いた。眉下切開法等で若返りもするし、年寄りでもぐっすり眠れるようになるらしい。西洋医学もたまにはいい事やるもんですね。それではここからが、今日の本題となります。
 目を閉じると、もう1つ変化が起こる。目を閉じると心の目が開く。目を閉じると、直感が働き出す。瞼は知覚と直感のオン/オフのスイッチだという事。特に脳の働きを、司る役目をしている。瞑想をしたり、座禅を組んだりする場合は必ず目を閉じる。私達人間は宇宙のバランスの中に包まれ、そのバランスと同調している状態が生きている状態、バランスを失うと死への階段を登り始める。陰と陽、月と太陽等バランスを失わない事が肝心だ、同じように、現代社会で癒しや瞑想、座禅等が求められるのは、知識や頭脳に傾き過ぎたものを、感覚や魂(ソウル)等を取り入れる事によって、バランスを取り戻そうという人間の本能のような欲求だと言えます。
 自分の人生に詰まったり、仕事での解決策や打開策に詰まったり、いい考えが浮ばないような時、より一層頭をかかえて考え込むのでは無く、又人に相談するのでは無く、瞼をしばし閉じて、自分の知覚を閉じ、直感を解放してみると、全く違う方向から解決の糸口が見つかるかも知れません。私達は目が見えなくなったら、聴覚や触覚の眠っていた可能性を引き出せるようになっている。一方で何かを失うと一方では、それと同等の新たなものを得るようになっている。これを私は「喪失取得の公理」と名付けました。これは逆も又真なりで、「取得喪失の公理」と呼んでいます。何かを失えば、違う新たな何かが得られ、何かを得ると一方で大切な何かを失う。
 だから一方だけに気を取られる、つまりバランスを失った状態になると必ず人は死へ向かう。これを経営学の世界では「成功の復讐」と呼ぶ。人は成功をすると、その成功に酔いしれ、時代が変化しているのに成功の記憶の中に生きてしまい、いつか時代遅れになって死んでゆく。
 江戸から明治に変わり新生した国として、日清戦争、日露戦争、第一世界大戦と日本は成功を収めたにも関わらず、次の時代が新たに情報戦と航空機の時代に移ってしまっているのに、過去の成功の記憶から抜け切れずに、時代遅れの化石のような戦艦大和を建造し、そしてバランスを失った末、戦争に敗れた。歴史を学ぶだけで無く、その学びを体や心に刻み込み自分のものにしてゆかないと、単なる歴史好きの語り部でしかない。歴史オタクはごまんと居るが、これを実生活や実社会において実力にまで自分のものに出来る人が何人居るだろうか?具体的な数字で考えてみたが、1%も居れば上出来じゃないかと思う。実社会では知識の量でも行動の量でも、評価はされない。結果においてのみ人は評価を受ける。経営の世界は厳しいものだ。


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2008年05月07日

「東郷平八郎は運の強い男でごわす」

 学校では学ぶ。これ当り前。ならば、会社では?やっぱり会社でも学ぶ。だったら死ぬまで勉強だよ。って分かったような事を言う人がいる。これ間違い。実は学校での学びと会社での学びは全く違う。ちょっと考えてみて下さい。
 考えましたか?学校は机の上だけ。会社は実社会の実戦の場。この違い。「バーカ」こんなの誰でも出来る答えじゃないの。根本的というか、本質的な違いは2つ。まず1つ目。
 授業料は学ぶ側の学生(あるいは親)が支払うが、会社では、授業料(時間給)は教える側の会社が支払う。つまり費用負担の義務は学校と会社では180度異なる。この意味を考えた事がありますか?極論すると学校は1年間の授業料を貰ってしまえば、少なくとも自分達の側の利益は守られる。逆に言うと金さえ貰えば学生の成長は知った事じゃない。だから大学生の勉強はどこか権威的で正論に傾く。これはこれで良いとしても、会社では、社員の成長は即会社の存亡を左右する一大事で、甘い事は言われない。おまけに研修して成長する側が支払う訳では無いので、費用対効果は厳しく求められている。授業料を自分で負担する学校の勉強と同じように考えていたら痛い目に遭う、辛抱強くない社員は入社2~3ヶ月後に早くも落伍し始める。
 それから2つ目の違い。学校では、隣に座っている友人やクラスメートの成績は自分の成績には何ら影響を与えない。つまり、何人の友人に囲まれようともそれらの事は自分の成績には全く無関係である。全校でたった1人東大に合格しても、他の仲間がそれに近い学力である必要は無い。ところが、会社では年商十億の会社を1人で支えられる訳も無く、たった1人の社長が優秀でも、他の社員が怠けていたら、それはダメ会社の烙印を押される。その逆に、社長がボーッとしてても社員皆が優秀なら、その会社は優秀と評価される。会社では自分の能力向上より、仲間の能力を向上させられる能力のある人が素晴らしい。役所はどうもそうでは無いようだが、民間企業ではこのようになる。
 私の会社は幸いな事に社長が明後日の方向を向いていても、社員は今を見つめてしっかり仕事をするから会社は上手く行く。学校では他人に目を向けず、自分しか見えない若者を量産して社会に吐き出して来るから、会社はなかなか雇えない事を知って欲しい。
 突然ですが、日露戦争の大山巌(いわお)大将が私は好きだ。陸軍の乃木大将の真直ぐさも好きだが、この大山の懐の深さも大好きだ。
 彼は奉天大会戦に臨んだ時、作戦の一切を参謀総長の児玉源太郎に任せ自分は司令官室で寝ていた(寝ていたことになっている)。やがて鑑砲射撃が始まり、両軍の砲声が耳をつんざき始めた頃、もっそりと艦板に現れ、「児玉どん。どげんした。今日は朝から大砲の音がやかましか。いったい何ごとでごわすか?」とこの調子である。緊張のあまり肩に力が入って、いつもの力が出せない部下への気配りである。
 もう1つ、大山に逸話がある。日露戦争の日本海海戦を控え、彼は格下の東郷平八郎を連合艦隊司令長官に任命した。当時その任命に対し異論が数多くあった。
 御前会議の後、明治天皇も大山にどうして東郷を連合艦隊司令長官に任命したのか?とお尋ねになった。その問いに対して大山は「東郷平八郎という男、運の強い男でごわす」と答えた。それに対する天皇陛下もやはり偉い。「御意」たったこれだけ。
 これで日本は日露戦争に勝つ為の日本海海戦を手中にしたのだ。つまり、児玉源太郎といい、東郷平八郎といい、陛下から見た大山巌といい、誰を選び任命するのかが、殆ど将たる者の仕事であって、後は信頼して責任を取る覚悟を持つ事。そして常に泰然自若としている事。これだけ。
 実は大山は西郷隆盛の従弟で、西郷さんの顔の下半分は大山の顔と言われている。いずれも薩摩隼人で郷中教育を受けている。西南戦争で薩摩が負けなかったら、儒教的な長州の価値観だけが日本を覆うのでは無く、道家的な薩摩の価値観も残り、とてもバランスの良い国になっていただろう。
 晩年、大山は孫娘に「おじいちゃま、総司令官というのはどんな心がけで戦(いくさ)をするの?」と聞かれた時、「うん、知っちょっても知らんふりをする事だよ」と答えたと聞く。俺が俺がと知識や見識を振り回す現代の知識人・文化人という人種が束になっても、とても及ばない大きさと奥ゆかしさを感じる。
 「大きな人には大きく、小さな人には小さく」、薩摩郷中の教えです。


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2008年05月04日

「お母さんも老子の帝王学を学ぶのは良い事だと思う」

 現代の日本と云う国は西側諸国の一員、つまり資本主義の側の国に属している。これは大東亜戦争で日本がアメリカに負けたからに他ならない。もし、日本がアメリカに勝っていたなら、世界は儒教とキリスト教とマルクス主義の3軸構造になっていたかも知れない。この大東亜戦争を宗教戦争という視点から見るならば、儒教がキリスト教に敗れたとも見られる。儒教はもっぱら支配階級のもの、つまり武士が主として身に付けたもので、キリスト教のようにあまねく行き渡っていたものでは無い。
 昔の大名や将軍には、それぞれ「論語」の先生が付いていた。権力者は、能力の面で優れているだけで無く、道徳的にも優れていなければならないから、新井白石のような学者の側近が居た。論語は、人の上に立つ者に「トップたるものかくあるべし」と教えている。権力者のためのものだ。もう少し訳すなら、「権力者という恵まれた運命の者は、その運命に感謝して、神から授けられた力を民の為に用いよ」という事になる。一方、キリスト教は全く逆で、強い者達が自分勝手に好きにやるための教えだ。そのためには大勢の人々に諦めて貰う必要がある。
 西欧列強が植民地を支配する場合には、必ずと言って良い程、宣教師とキリスト教を先立って送り込む。そしてキリスト教を前もって布教すると共に、現地の情報を本国へ知らせる。恐ろしく政治的色彩を帯びている。教養の主たる内容は「お前達は生まれつき原罪を負っている。だから貧しい生活は仕方が無い。運が悪いせいでは無く、自分自身が悪いのだから我慢をしなければならない。金持ちは原罪を償った人達なのだから、羨む事無く現状に甘んじなさい。その代わり、死んだら天国へ導き救ってあげよう」というものだ。この教えは便利が良い。より多くの人々が納得してくれるのなら、より多くの人々から収奪出来る。
 儒教の国、日本はキリストの国、アメリカに敗れたけれども、全てが失われた訳では無い。今、日本という国は、とんでもない累進課税とセーフティネットにより、下手をすると働いている者よりも生活保護者の方が自由で豊かであったりする程に、マルクスが夢見た共産主義に最も近い国とも言える。
 多くの弱者のために強者は遠慮しなさいという儒教の精神は、しっかり税法には生きている。
 ところで、東洋には実はもう1つの大きな宗教がある。道教というものです。主に儒教が生まれるよりも遥か以前から原初的に民衆の間で信じられていたもので、天文学を起原として、それぞれ土着の風習などが加わり多様化した。それらを1つに大系化したような思想が、老子と荘子を中心とする老荘思想と呼ばれるものだ。
 この老荘思想こそが、現代の世界の行き詰まりを解決に向かわせる思想だと思っている。私はこの思想を「おかあさんの思想」と考えている。お父さんが高くそびえる山だとすると、お母さんは深い谷や海のようなものだと思う。何も言わず流れ来る土砂や雨を受け止め、海へ流し、そして又天に返す。正に母なる地球のような生き方だ。決して目立たず、決して出しゃばらず、しかし、全てを包み込む。不動産の営業をすると分かる。多くの家庭はお父さんと売買の話をする。お母さんは、その間、お茶とお茶菓子をさりげなく持って来て、又楚々と奥へ行かれる。しかし絶対に忘れてはならない。この存在感の無いようなお母さんに気に入られる事無く、営業を成功させる事はまず難しいと思っておいた方が良い。
 大体歴史上に名を残した偉人達というのを私はあまり信用していない。歴史家は殆ど男で、坂本龍馬だの高杉晋作だの、織田信長だの、豊臣秀吉だのって知ったような分析をしている。しかも歴史上の偉人達の90%以上も男達だ。「そんな馬鹿な」私は直感で思う。
 龍馬にしたって、晋作にしたって、お陵やおうのに尻をひっぱたかれて、「あんたなら大丈夫。さぁ行っておいで!!」なんて感じで送り出されたに決まっている。松下幸之助先生にしても、奥様のむめのさんがたいそう怖くて、それで熱心に仕事をしたり、東山の真々庵に籠って思索にふけったりという側面があると聞いた。もしむめのさんがそんな方で無かったら、今日の松下幸之助先生があったかどうかも分かりゃしない。歴史は女性によって創られて来たと言っても過言で無い。
 ただ、形の上で目に見えて出て来なかっただけだ。歴史家は信長だの松陰だの、龍馬だ晋作だと芸能人のように騒ぐのでは無く、本当の歴史を見た上で現代に歴史を活かす智恵を持たないと、単なる表面的な歴史遊びに終始するだろう。
 形は別として、実質上の大きな力を持っているのは、実はお母さんなのだ。このお母さんが賢いかどうかで決まる。政治の世界でも、老荘思想を持った名補佐役が横に居るかどうかで決まる。歴史上では豊臣秀吉と弟秀長、昭和では本田宗一郎と藤澤武夫のような関係だ。
 ところが昔も今も老荘思想をしっかりと教えられる者も教える場所も皆無に近い。かろうじて、京都という都ではこの老荘的文化と教えが残っているようだ。私はビジネスの場で、このようなとんでもない方が、草履に紙袋でやって来たりするのを実際に見て来た。
 日本で個人の納税額一番の斉藤ひとりさんにもそのような匂いを感じる。
 お母さんは体質的にも考え方的にも、とても老荘に向いていると思う。実は私は外見は強面なのだが、性格は全くお母さんなのだ。性格診断テストを受けた時、外見と結果があまりに予想外だったので、私だけが再検査された位だ。私は老荘思想が日本を、そしてひいては世界を救うものあと思っている。その思いから、今年からお母さんの学習塾というものを始める。「お母さんも老子の帝王学を学ぶのは良い事だと思う」。


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2008年05月01日

やっぱり地球は悲鳴をあげる

 今日、衆議院でガソリンの暫定税率の延長が再議決された。全く同じような事を思い出さずにはいられない。それは、消費税を3%から5%に上げた時の事である。バブル崩壊の苦しみの中から、少しだけ光明が見えはじめたその矢先、自分達の国家予算の数字が合わないというだけで、国民にその支払いを押し付けた。それを機に消費マインドが冷え込み、3%であった時の税収さえも下回る不況へ押し戻した。机の上とアゴだけで生きている連中の考えそうな事だ。
 話は少し変わるが、元々参議院は憲法で良識の府として、じっくりと政策を吟味する目的で作られた。ところが自民党一党独裁が長く続き、参議院が御用組合のような状態が長く続いてた。それが今回のねじれ現象で、憲法が元来望んでいた良識の府的な動きが取れ始めた。それによって長年のお手盛り体質が少しずつ暴かれてきた。民主党が衆議院でも多数を取ると、少し話は変わってくるが、今はある意味良い状況かも知れない。
 今回も景気の減速が始まる予兆のある今この時に、このガソリンの値上げは国民経済に与えた影響は大きかった。これによって全体景気が回復すれば、国家財政的には減収ばかりでは無い。消費税の税収分は差し引いて考えられるはずだ。
 ところが道路特定財源という道路のみに特化した目的税で、道路族にとっては、これを死守する事が自分達の利権を温存する唯一の選択肢なのだ。
 いずれにしても誰もが近視眼的な意見が目立つが、現時点における我が国の景気という大局的な部分に与える影響は、ガソリン1リッター30円では済まない。
 多くの自営業者が社員と一丸になって本当に血の滲むような努力で社会を維持しているという、底辺のギリギリの経済的心理状況を無視した今回の再議決の持つ意味はとても大きい。経営者のやる気は政治家には計算出来無い。
 これで壊れる社会がかなり増えるだろう。いや、国家に見捨てられ殺されると言っても過言では無い。結局、その社会の整理と職を失う人々の為に別の国庫からお金を失う。病院の専門医のように、自分の専門の病気だけを診て、看者という人間そのものを診るという事が忘れられたように、自分達政治家や官僚の利権に終始して、国家の大局は見捨てられてゆく。
 ちょうど、先進国のエゴで温暖化が進み、地球が悲鳴をあげているのに、自国の繁栄のみを追い求めている愚かしい現代社会の縮図のように…。


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2008年04月27日

人理学的に考えるとしたら…その答えは…

 私達の生きている社会は人と人とで成り立っている。人と人で成り立っている社会には、人と人との理論や学問がいる。その人に関わる学問という事で、私はそれを「人理学」と称して人々に伝え始めている。
 人理学的視点に立って現状と向き合って改革をしてゆく。すると、そこで働いている人々が活性化しやる気を出す。こういう流れで会社が立ち直る。今日は人理学的アプローチの例を見てゆこうと思う。

 昔の工場はオートメーションと呼ばれ、ベルトコンベアの上を製品の各部品が流れて、担当の組立員は、それぞれのパートの決まり切った組立て作業をただひたすら熟練し、効率を上げる。そういうシステムによって製品を完成させていった。今、「昔の工場」という言葉を使いましたが、私のような工場についての知識があまり無い素人からすると、工場と言えば、未だにオートメーションのような勘違いをしています。このオートメーションという考えは、物理学的なアプローチなのです。人というものが感情を持たないとするならば、この考えはとても理にかなったやり方なのです。ただただ機能的にやってゆくだけでいいのですから。
 ところが、これを人がやるとなると、これは少々やっかいな問題が持ち上がる事となる。人と機械の違いは何でしょうか?
これはもう言うまでもありませんね!人には“感情”があるという事なのです。人は毎日同じ事を繰り返していると、だんだんつまらなくなって効率が落ちてゆきます。機械ではこんな事は起こりません。
そして最後には、俺はこんなところで毎日同じ事をやっていて、一体俺の人生は何なのだろう?俺の人生はこれで良いのだろうか?等と考え込み、いずれ熟練したとしても、辞めてゆくという事が起こる。

 この工場生産方式に人理学的理論からアプローチをして革命を起した人がいる。その人の名前は山田日登志という。人々はその人を工場再建屋と呼ぶ。彼はソニー、キャノン、NECで驚異的な生産改革を成し遂げた。トヨタの育ての親、あの大野耐一の直弟子なのだ。山田日登志が考え導入した生産方式がセル方式と呼ばれる生産方式である。セル方式はそれまでの考え方とは全く異なり、1個の製品を1人、多くとも数人で仕上げる。物理学的にはとても効率が悪いように思われる。ところが、人理学的にはこのセル方式の考え方は正しい。それは1個の製品を自分が作ったという満足感と充実感。それから自分で考えて創意工夫をする喜び。人として生きてゆく上で幸せと感じられる感情がオートメーション方式では無く、セル方式にはある。人は感情の動物だという至極当り前の事が、物理学しか習って来なかった人間には中々こんな当り前にも気付けない。最も、生産者がロボットに替わるなら、次はオートメーション方式の方が有利になるだろう。
 私達も自分を振り返ったら、「お金だけじゃない。喜びが大切」。そういう生き物なのだ。

 昔日本に最初のプロサッカーリーグのJリーグが生まれた時の話です。それぞれのチームはおらが村の地域に根ざした地元リーグ。当然有名なプロ選手は日本以外の国に求めなければならない。しかし、有名な外国のプロ選手は、聞いた事もない日本の、しかも田舎のプロチームに移籍する事は恥のように思っていた。資金も無い、名も無い鹿島という地のチームが、ブラジルのサッカーの神様と呼ばれていたジーコにチームへ来てくれるように頼んだ。誰もが来るはずは無いと思っていた。何故なら、物理学的に考えると、イエスと言える余地が全く無いのだから。しかし、ジーコは鹿島にやって来た。人々の熱い熱い思いと、まだ真っ白な日本のサッカー界に自分は貢献したいというジーコの思いが1つになって。

 人は往々にして理屈に合わない事をする。私の友人にも市役所を辞めて、ボランティア活動に専念している人もいる。又、ベトナムの赤ひげ先生と異名を持つ服部先生は、全額自費でおまけに無報酬で年間1000人の患者さんに手術をしておられる。
 人は理動では無く、感動する生き物なのです。人は物理という理屈では動かないが、人理という理屈なら、理屈では動く。何故なら人理学は感動を科学し、人を科学した理論なのだからです。


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2008年04月26日

父親の使命は生命保険だと思っている

 私が日々コラムを書いているのは、とても私的な理由がある。私の中には「父親生命保険論」という理論があって、誠に勝手な理論ではあるが、「父親は家族に危機が生じた時に全てを独りで引き受け、世の中の誰よりもその危機を乗り越える力を持っている。だから家に居る事は少なく、世の中に出てゆき、いつも自分を磨いている。だから、家族から父親が頼り甲斐があり、偉大に見える機会が少ない事が、実は最も家族として幸せだ」という事。
 家族が幸せであるという事は、父親が死ぬまで、いや、死んでも一体自分達の父は如何ような男であったのかを知る術が無い。生命保険は父の死がもたらす結果のように…。
 そこで、私は、少しずつ時間をかけて、我が子に遺書を書いておこうと考えた。子供が成長して、母の手を離れ、独り社会と向き合った時に、父として子供にしてやれる事、生きていれば幸いだが、私の命は決して長く無い可能性がある。この遺書が子供達にとっての唯一の父親になれる方法だと思った。
 又、私の会社を誰かがもし引き受けて経営をする事があったなら、松下幸之助先生のように創業者の心に触れる事が出来る。少しここで現在の松下について、私的な考えを1つ書いておこうと思う。

 松下幸之助先生がトップに居た時も、何度も大きな危機があった。日本軍の要請で松下造船株式会社と松下飛行機株式会社を設立し、協力をした。この事が国策会社とGHQに睨まれ、解体の圧力がかかった。常務以上の重役が旧軍零会社の役員として公職追放の指定を受けた。
 今日の触れたいのは、昭和4年の大恐慌の事です。松下は、昭和4年5月に新本店・工場も完成し、発展していた。ところがニューヨークの株価暴落に端を発した世界大恐慌が日本にも押し寄せ、日本経済も痛烈な打撃と深刻な混乱に陥った。工場閉鎖や首切りが一般化し、街には失業者があふれ、社会不安が高まった。松下も売り上げが止まり、倉庫が在庫で溢れた。重役は、従業員を半減して窮状打開を提案した。しかし、松下幸之助先生は誰1人解雇する事無く、この窮状を打開した。これで松下は人に温かいと世に知らしめ、社員の志気はいやがおうにも高まった。
 ところがバブルが崩壊し平成の大不況の中、現在の松下は、2001年に大規模なリストラを実行し、成果主義を導入した。あの松下の志を転換した。実はそこから先の出来事を予想していなかった。
 松下をはじめ日本の大企業からリストラされた熟練の技術者達は、成長著しいアジア諸国にその見事な腕を見込まれ再雇用されていったのです。
 今ではアジア諸国ではサムソンブランドが家電ではNo.1で、パナソニックはその後塵を拝している。平成不況は過ぎ去っても、日本の屋台骨のモノづくりはその大きな後遺症からは全く抜け切れずにいる。一体天国の松下幸之助先生はどのような思いで見ておられるのだろう。
 物理学に長けた頭の良い高学歴者の見える世界は、人理学に長けた苦労と智恵の松下幸之助先生には及ぶべくも無い。如何に正論は信念の前には脆いかを私は今の松下に一面を見る。
 最後に「父親生命保険論」には条件が2つある。1つは、自分が一家の経済的大黒柱だというしっかりとした責任感と向上心が必要である。しかし何よりもっと大切なものは女房が夫を信じてそれを許してくれる事だ。夫婦としての縁には2タイプあって、「内型」と「外型」がある。詳しくはまた説明の機会もあろうかと思いますが、外型の縁の夫婦である事が条件だ。よくこの事を知らずに夫が世の中へ飛び出してゆくと、大変な事になる事だけは注意書きとして今日はおしまいにします。


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2008年04月15日

「幸せ」のない国に生まれたかったと思う

 人は誰でも“幸せ”になりたいと思うと信じて疑わないのではないでしょうか。「当たり前じゃないか。今さら…」とお叱りを受けそうです。「でもね。」と私は思う。この世に存在しないものに対しては単語は生まれない。もし世の中が男女の区別が無かったら「人」という単語だけで足りる。男と女という単語は生まれない。もし、この世に「幸せ」というものが無かったら「幸せ」という単語は生まれない。でも、実は全く逆もあって、「不幸」が無くて「幸せ」な状態だけだったら、それは「日常」という単語は生み出せても、「幸せ」という概念は意識にのぼってこない。そう、「幸せ」が日常化している世界では「日常」こそが「幸せ」だという事になる。そんなおとぎ話のような世界は有りはしない。かと思いきや、この地球上には、つい最近まで、或るいは今も存在してるかも知れない。
 分明人と呼ばれるヨーロッパ人が入り込んでくる以前の南米アマゾンのインディオ達は、そんな世界の人々だったのです。彼らの部族には「幸せ」という単語は無い。彼らに何とか通訳をして、「幸せ」と思えるようなものを考えて貰った時の答えがとても素敵だった。敢えてそれらしいものを言うなら、と前置きし「家族みんなが病気をしないで元気な事」かなというのがその答えだった。
 私達文明人には当たり前に思えそうな事が彼らには幸せな事だ。そう!お高く構えて「幸せとは?」なんて問う必要は無いんだと教えられているように私は思った。私達は世の中が複雑になり過ぎて、シンプルな原点を忘れてしまっていると思う。もっと頭を使うのではなく、心を使って原点や本質を感じる自分を大切にしようと思う。
 私が幸せな状態というのは“笑う”という事が普通にある事だと思っている。この“笑う”という単語の語源は「童得」(わらわ・う)と書く。つまり童(わらし)を得るという事です。人は我が子を授かって、我が手に抱き上げると、誰もが例外無くする表情がある。それを人は“笑う”という単語に置き換えた。我が子を抱き上げる時ただ人は幸せなのだ。今、その単語の意味が変わろうとしている。
 我が子を抱き上げても、その子が自分の思い通りに振る舞わなければ敵意を持って殺してしまう親が増えた。本来その子がどうであれ、その子はコウノトリに授かったもので私有物では無い。だから存在そのものを大切に扱う智恵があった。
 子供を自分のものだと思う個人主義の広がりと共に、本来ただただ幸せな親子関係も時として不幸の元凶となる時代となった。やはり、恐ろしい時代になったと思う。


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2008年04月13日

「連帯保証」を文化的にアプローチしまっせ!!

 今、チベットの人権を中国が抑圧しているという事で、世界の人々が北京オリンピックに反対の声をあげています。先日テレビのコメンテーターが、「アメリカはネイティブインディアンと上手く存しているのに、中国は抑圧しか知らない国だ!」と言っていました。「え、何を言うの??」と反抗する気力さえ失う程ですね。そのアメリカがインディアンを武力で抑圧した歴史認識の欠如も甚だしい。中国はチベットとはそこ迄徹底した武力衝突はまだ発生していない。なんて事を思いながらもテレビを観てる自分が居た。
 かと言って、私は中国の“中華思想”や“恨の文化”はあまりいただけない。中華思想はご存知のように、中国こそが世界の中心であり、世界の華であるという思想だ。だから中国は自らの正統性を主張しているだけなのだが、これがどうも世界の人々は気に食わない。例のギョウザの毒物混入の中国側のコメントに怒りをおぼえた方々は多いと思う。しかし、どこ迄も自分達が正しいという考え方の人々には通じないメンタリティーと言える。
 もう1つの“恨(ハン)の文化”は朝鮮でも色濃いのであるが、先祖の受けた恨みは末代迄語り継ぎ決して忘れてはならないという考え方だ。これはちょっと日本人とは相入れないですね。中国では、敵(かたき)の死んだ墓を暴いて恨みを晴らす事が先祖への孝行となる。文化や考え方が違うという事は、とても大きな事なのだ。
 ちょっと生臭い話になったので、ちょっと話題を替えて、又々京都人文化論を書いてみようと思う。
 京都の老舗(しにせ)の御茶屋さん等は、昔は「一見さんお断り」というルールが有りました。これは、御茶屋さんが、相手の事を十分知らないと満足のゆくおもてなしが出来無いから、初めての方はちょっとご遠慮下さいという意味なのですが、京都以外の人々にとっては、「何をお高くとまってるんだ!!」と少々お怒りを買う事になります。
 私達京都人は、会ってみたい相手に、飛び込みで会いに行くという事はまずしません。まず、自分の周辺の人々を辿りながら、目的の人物につながる最短かつ最適な人物を探し出します。そして必ずその人の紹介を取り付けてから会いに行きます。私はこれこそが本当の意味での京都人の「一見さんお断り」の文化だと思っています。
 日本には連帯保証という世界でも稀な民法がありますが、これは古くからの人の招介を取り付ける文化の名残りだと思っています。招介者が有るのと無いのとでは、別人かと思う位京都人の対応は全く異なります。ですから、一度相手の懐に入れたら、その付き合いの深さは又半端では無いのです。そこ迄入り込むのはとても大変です。そんなレベルですから、入り込んでも相手のレベルにこちらも居ないと、時間をかけて疎遠になってゆきます。それは京都の町衆の反骨精神にその理由があります。1200年の文化と思想の中心であったそのレベルの高さと誇りが、中途半端な“権威”による横暴や押し付けを我慢出来無いのです。長い物に巻かれていたら楽なのは分かっているのに、そこで反発してしまう町衆気質があるのです。
 大学でもそれがよく表れています。官の殿堂東京大学と、学の殿堂京都大学。官僚として国家を動かす体制派に属するのでは無く、自分という人間や、自分の感心を極め、人間として研究し続ける事を是とし、結果的に孤高になるのです。
 “善の研究”で有名な哲学者であり、哲学の道の主人公の西田幾太郎教授は、正にそのような好例です。又、滝川事件(※)等でも分かるように、自分の学問を守るためには、権力と戦う事も辞さないような純粋性もあります。この頑なさと純粋性が生み出した京文化や京都ブランドに人々は憧れるのです。ただ、ブランドになると偽ブランドが横行してくるように、「ブランドである事イコール京都である」という本質的軸が、「京都イコールブランドである」という浅薄な連中の考えでずれてゆく今日この頃です。
 くれぐれも偽京都人と偽京都ブランドにはご用心下さい。本物の京都人は取り付きにくい事をくれぐれもお忘れなく…。

(※)日本が国際連盟を脱退した1933年5月、当時の文相鳩山一郎は京都大学法学部教授滝川幸辰の刑法学説をマルクス主義的であるとして休職処分を発令、著書を発禁にした。これに抗議して法学部教官が辞職、学生やジャーナリズムも反対に立った。ファシズムが色濃くなる戦前の日本において、京都大学で起きた学問の自由及び思想弾圧事件。


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2008年04月08日

ラストサムライ

 現代は、お上の名の下に、或いは社会の下に、年功序列、終身雇傭を信じて働いて来た価値観の世代と、個人主義・実力主義の価値観のせめぎ合いの狭間のようだ。我が国だけでは無い。中国も、古い共産主義と資本主義の狭間で国家の統制が取れなくなっている。世界的に見れば、アラブ諸国とアメリカ或いはユーロとドル等、正に時代や価値観の大転換期に差し掛かっている。
 久し振りに『ラストサムライ』のDVDを観た。明治維新後に、古(いにしえ)の国の価値観を武士道の側から美しくも悲しく描いた映画だ。“武士道”精神を持つ渡辺謙演じる勝元の一派が維新政府に立ち向かい、逆賊として最新式の銃火器で全滅させられるラストが壮絶だ。
 しかし、このような古の国の価値観と新しい国の価値観が明治維新という転換点でぶつかったのは、日本のまぎれも無い史実である。そして、その後、文明開化、富国強兵の旗印に近代化を推し進めてゆく。
 正に私の言う美意識の枠組みから経済の枠組みへと日本は転換していった。
 しかし、動物でも一気に絶滅する訳では無く、少しずつ滅んでゆくように“武士道”も又転換点において絶滅した訳では無い。
 今、英徳館の講義所には乃木希典(のぎまれすけ)大将の実筆の書が掛けられている。乃木神社と東郷神社という、2人の軍神をまつる神社があるように、私達日本人からは尊敬された軍人である。ちなみに、二人は戦争では死んでいないので、靖国には当然祀られていない。軍人という職業に就いている人には、まだいくらか武士道が残っていた。私は、ラストサムライとは乃木大将では無いかと思っている。少し乃木大将の事を書こう。
 1849年12月25日(嘉永2年11月11日)生まれ。父は長州の藩士で、江戸の長府藩邸に仕官しており、(今の六本木ヒルズあたり)江戸で生まれる。15歳で元服し、吉田松陰の伯父玉木文之助に師事。1894年には日清戦争、1898年陸軍大将に1904年には日露戦争に従軍する。203高地でのロシア軍との壮絶な戦いは有名。1906年には学習院の院長となり、明治天皇や昭和天皇の教育係として仕えた。明治天皇崩御の後を追って、切腹する。今どき、天皇陛下崩御と共に後を追って死ぬなんて馬鹿馬鹿しくて考えられないでしょう。個人主義、経済優先の時代では、完全に馬鹿だと烙印押されますね。しかし、古の私達の国、日本では、主君の死と共に自らも命を絶つ事は、当たり前で有って、そのような歴史の方が、実は数倍も長く、乃木大将のような死に様を武士の本懐、或いは男子の本懐等とあっぱれと賞讃しこそすれ、馬鹿呼ばわりする者等は殆ど居なかった。
 今の時代には、絶滅しつつある絶滅危惧種の武士道だとしても、そのような美意識による枠組みの価値観で生きた時代があった自分の国の歴史を誇りに思う。映画ラストサムライの監督は外国人だ。しかし、彼らはこの武士道を素晴らしいと感じている。そして、日本の多くの俳優と映画を製作して今の日本人の中にも少なくとも芯の強さと気品を感じる、そしてそれは西洋の俳優には無いとはっきりと言っている。
 日本には武士道があった。これは憧れでも創像でも無い。史実なのです。その事を日本人として生まれ誇りに思う。たったそれだけの事なのです。難しい理屈をこねる必要は私には有りません。勝ち負けや利潤とは違う価値観をつくり上げた私達の祖先を素晴らしいと思う。誰もが自分の両親や祖父母、祖先をつまらない人間だと思う人はいないでしょう。勿論、現代社会の価値観を私は否定しません。
 ただ言いたい事は、私達日本人だけが、現代社会の価値観と武士道という価値観を比較して、どちらかを選べる立場と血を持っているという豊かさなのです。
 形を変えれば、現代建築と京町家のどちらを選ぶか、どちらを美しいと思うかという事と私は違わないとも思っている。随分京町家も壊されて数が少なくなりました。せっかくアメリカ軍の好意で京都だけは空襲しないで残していただいたにもかかわらず。人の心を知らないとでも言えるでしょう。勿論、時代と共に朽ちてもゆきます。でも、町家を残す事で、次世代の若者が、現代建築と町家を選択する豊さは残せると思う。
 幸せとは選択肢の多い人生の事だと私は常々思っている。私は武士道を残し、伝えてゆこうと決めている。
 それが未来の日本の豊かさになると思うから。


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2008年03月31日

「エイプリル・フール」

 明日は4月1日。欧米では嘘をついても良い日なのだ。つまり、本来嘘はいけない事だけれど、例外として4月1日があるという事らしい。嘘にも例外規定があるようだ。
 今日も正論について又こだわってみよう。
 「人には嘘をついてはいけません!」というのが正論だと人は言うでしょう。今も「もちろん」というささやきが聞こえてきた。「でも!」と私は思う。所詮、「嘘をついてはいけない!!!」は正論だと思う。つまり、人間社会においては、必ずしも嘘をつく事が間違いでは無い事が多々ある。
 例えば、末期の癌患者に全て有りのまま正しい病状を伝える事が、その人の為に必ずなるのだろうか?私はそうは思わない。或いは、別段自分の趣味では無くとも「とてもそのお洋服素敵ですね。お似合いですね~」と言う事は世の中の潤滑油だ。こんな事を書くと「何を細かい事を言っている!!」とお叱りを受けるかも知れない。
 それなら、天下分け目の関ヶ原の合戦に臨むに先立ち、豊臣方の主だった武将に書状を送り、寝返るようにうながしておいて、天下を取った暁には、彼等を皆葬り去った徳川家康は、天下を取って征夷大将軍として君臨したでは無いのか?
 そもそも、正論、正論という輩は、知識人であっても知恵者では無い。ジャンケンを見ると良い。ジャンケンには3つの選択肢がある。1つは勝ち、1つは負け、そして後1つはあいこ。これが世の中というものだ。物理学の及ばない人理の世界には、引き分けもある。いや、もっと言うなら、「負けるが勝ち」という選択肢もある。
 我国は日中戦争の折り、毛沢東率いる八路軍にこの戦術を仕掛けられて負けている。毛沢東はわざと追いつめられるように西安まで後退し、地の理と背水の陣による志気の高揚をもって、後の戦局を有利に転換した。語録、「優れた全戦計画が無ければ初戦の勝利も勝利では無い」と喝破(かっぱ)している。
 知恵者は、その局面で正しいの正しく無いのとそんな事に気を奪われず、大局観を持って全体を見据えている。賢人曰く、「仏の嘘を方便と言い、武将のうそを知略と言い、商人の嘘を駆け引きと言う」
 昨今、器の大きな人物が、殊の外少なくなった。勝ち組だの負け組等と言ってきゅうきゅうしている人種には、凡そ「負けるが勝ち」なんて世界観は、死んでも理解出来るものでは無いだろう。私の人生は、殆ど連戦連敗で負け組だ。
 「負けるが勝ち」は私の負け惜しみなのだ。ハッハッハッ


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2008年03月30日

意見の一致は急いで求めてはいけない

 4月1日からガソリンが25円値下がる。ご存知のように、衆議院と参議院での最大与党が異なるねじれ国会が生み出した現象だ。そもそも参議院選挙で国民が今の自民党に「No!」を突き付けた結果であり、このねじれは正に民意の表れなのだ。だからこそ長年に渡って隠ぺいされて来た自民党の横暴が白日の元に暴き出されたのである。
 「混乱は困る、困る」と自民党の幹事長はしきりに言うが、困らなければ次のより良い政治やより良い世の中を考えるきっかけが生まれないのであって、困った事が生じる時こそ、自己変革の好機だという事は経営者の世界では当たり前の事なのだ。そうやって移り変わる時代に合わせて経営の舵取りをして来たものだ。
 私ははっきりと断言する。政治家のレベルが経営者よりも遥かに遥かに低いから、企業は良くなっても国が良くなる兆しは全く無いのだ。しかしそれも仕方無い。たった独りで志を立て「先生、先生」と呼ばれて成立する政治家には到達出来るのは「正論」の域だ。正論をぶつけ合って一歩も引かない自民と民主の論戦を見れば明白だ。
 最近とても多くなった松下政経塾出身という政治家に出逢うようになったが、彼等も本質が分かっちゃいない。「え?何が本質かって?」「政治家のあんたらの元締め、大親分は松下幸之助という一経営者だって事」つまり、立派な経営者が、政治家を育てるっていうこの師弟関係の上下を忘れてしまってる。だから歳入を超えた歳出なんて予算を何年にも渡って組み続けても、自分は「先生」と呼ばれて全く平気なのだ。武士道の国のなれの果てをここに見る。亡国の日本。もっともっと混乱するがいい。
 成果を上げる者は意図的に意見の不一致を作り上げる。そうする事によって、もっともらしい間違っている意見や不完全な意見によってだまされる事を防ぐ。そして最後にその意見の不一致の原因を突き止める。あまり上手くは無いが、朝まで生テレビの田原氏はこの手法をよくあからさまに用いて議論の不整合や深まりを出そうとしている。よく観るといい。そもそも意見が一致する事が重要なのでは無く、どの深度で一致するか、つまり「認識レベルの深度」が重要なのだ。そして意見が食い違うという事は「深度差」があるという事と同義なのだ。国民は一時的な混乱は我慢するから、今こそ深いレベルの話し合いをして本質的解決を導き出して欲しいと思っている。思っているけど無理でしょう。
 混乱を恐れる者は自らの信念が軟弱であり、自らの実力に本当に自信の無い頭だけの先生が正論という道具を用いて臭いものに蓋をする。本当に力のある者は正論では無く「実論」を吐き、そして自ら混乱を生み出し、病気の原因を洗い出し、より良い解決策で混乱を収拾する。これが出来る者は、今を生きる者にしか身に付かない。
 所詮、机の上での勉強は実践では殆ど役に立たない。新米の士官学校出の士官と、歴戦の軍人たる軍曹を思い浮かべれば分かるだろう。
 松下幸之助先生は尋常小学校4年生が最終学歴だ。


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2008年03月27日

「正論」という事についてもう一度

 このコラムでも予想した通り、橋本さんが大阪府の知事となり、又自民党が民主党の追求に、旧来の既得特権を守りきれなくなってきた。徳川幕府が幕末維新であっけなく解体されたように、今、日本は大きく動き始めている。結果的には歴史上のキーマンや事件によって変革されてゆくのだが、そのエネルギーは時代とその民衆の意思という目に見えない、地下水流のような力だと思う。
 この国の人々の意思は、明らかに旧体制や役所の在り方に「ノー」と言っている。
 そんな中で、正に「正論」を引っさげて大阪府知事になった橋本さんは民意そのものだと思う。そんな橋本知事が、今大阪府議会等で苦しい対応を迫られている。まず、タレント弁護士時代に書いた著書の内容が、軍備止む無し的な内容であった事について質問された時に、「私は、今は24時間365日公人であり、私人の時の自分の意見についてはノーコメント」と、立場の変化を理由に突っぱねた。今度は、24時間365日公人であるという事につて、それでは、「今テレビに出演しているのは、全て公人となるが故に、全てノーギャラですね」と質問されて返答に苦しむという事となった。私は、「正論」と言う事は大切だけれども、それ程その事に評価はしない。「正論」を言うだけで世の中全て正しくなるのなら、政治家は皆大学教授や評論家から選べば良い。
 そもそも、正論は手段であって、より良い社会を作る事が目的である。今の若い政治家や高学歴の連中にはこの違いが分かっていない。それは、多くの思いや価値観の違い、その他諸々のものを1つにして、望むべき目標に連れてゆく、その力量、つまり「結果を出せる人間力」が無い。
 正論を吐く事をさせるのは見識だが、結果を出すという現実力は胆識からしか生まれない。そもそも正論を吐く事で成長が止まる人間には、教授や弁護士、タレントなど、ピンで生きてきた連中に多い。何故なら、彼等は仲間をまとめる苦労をしなくて良いから。
 肩書きのある人間や高学歴なだけの人間より、夫婦で商店をやってきたり、中小企業のオーナー等、肌感覚で世の中と向き合ってきた人には「うん、うん。何となく分かるよ」という感じで理解される。所謂世の中は「正論」だけでは動かない。
 物理学で世の中を考えると、「正論」さえ組み立てればそれで必ず上手く動く。ところが、世の中の理(ことわり)は、人理学(※)をもってしか計れない。世の中を動かしてゆくのは、正論では無く、「人情の機微」、「人柄」、「魅力」、「情がある」、このような事柄に精通し、その目的に向かってこれらを上手く発揮しながら一歩ずつ一歩ずつ時間をかけて進んでゆく。そういう人だけが結果を出せる。そのような人こそリーダーと呼ぶに相応しい。

 それでも私は、橋本知事が好きだ。本当に頑張って欲しいと思う。林英臣政経塾にも、橋本知事のような立派な若者がたくさん集まっている。しかし、彼らも主として志を立て政治家を目指したり、現職であったり、ピンで生きている。正論は吐けるがまだまだ青臭い。橋本知事に指南役があればなぁとつくづく思う。
 私は、志を持った素晴らしい若者が少ないのでは無く、多くの幕末の志士を育て導いた指南役こそが、今、この時代に不足していると感じている。もしも、そのような王道政治家を育てる指南役を見つけられたら、それはとても貴重な事だと思う。
 私は、いつも言っている事がある。「正論」を吐くな。「実論」を吐け、と。この「実論」というのは、私の造語であるが…。
 ※(注)「人理学」という言葉も私の造語のひとつです。


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2008年03月25日

宗教家と思想家を定義しようと思う

 昨晩もまた尋ねられた。「あのー、お仕事は何をされているのですか?」と、いろいろと答えると、「メインのお仕事は何ですか?」と又尋ねられる。
 大人の世界でお互いを知ろうとするのに、相手の職業を知る事はとても大切な事のようだ。とても曖昧な書き方をしているのは、私も大人であるにも関わらず、私の場合には相手の職業は殆ど気にならないからだ。この際、職業として敢えて答えるとするなら、経営者というものが概ね正しい返答じゃ無いかと思っている。
 ところがこれよりやっかいな質問が、「思想家って何ですか?」という質問だ。
 私は、最終的には思想家として世の中の役に立って死にたいと心に決めている。ところがこの話をすると、ほぼ100%返ってくる質問が、「宗教家と思想家とはどう違うのですか?」という質問なのです。とても明らかな事は、世間の人々にとって、「宗教家と思想家の区別が出来ていない」という事だ。ちょうど良い機会なので、この際自分の考える宗教家と思想家の定義をここにしておこうと思う。

 皆さんは“天国泥棒”という言葉をご存知でしょうか?或いは“善人なおもて往生す。いわんや悪人をや”という言葉をご存知でしょうか?この2つの言葉に宗教の特徴がよく表れている。
 “天国泥棒”とは。小さい頃から両親に手を引かれ、毎日曜日ごとに教会のミサに行う熱心なキリスト教徒がいる。死ぬまでの間、何十年もそれはそれは敬虔(けいけん)に祈り清貧に生きる。このような人々は死ぬと天国へ行く。成る程別に異存は無い。
 ところが、キリスト教の教えでは、懺悔(ざんげ)をして悔いを改めれば、例外無く神に救われるとする。従って、小さい頃からミサにも行かず、不貞、放蕩の限りを尽くしても、死の間際にそれを悔いて、教会へ行って神父の前懺悔をすると、全てが許され、天国に行けるという事になる。これでは長年真面目に信仰してきた信者から見ると、とても不公平に感じる。まるで後から来て天国を盗んでいったように見える。この不公平感を西洋では“天国泥棒”と呼ぶ。
 又、“善人なおもて往生す。いわんや悪人をや”というのは、浄土真宗の開祖親鸞上人の言葉で、「世の中の悪人と言われる人は、自ら悪事を働いて、厳しい罰を受け、それを人々に身をもって教えているのだから、やはりこのような悪人と呼ばれる人々にも天国へ往生出来る」と、まぁそんな事を言っているのである。加賀の一向衆は、この教えを曲解して「どうせ悪人も天国に行けるなら、どちらでもいいのだ」と考えて、かなり一揆の名のもとに、かなり傍若無人な事を成したらしい。
 これらから分かるように、極論すると、宗教は、「真面目にコツコツと生きた者の魂もヤクザ者の魂も、等しく救済する」という事になる。宗教家は、1つ1つの魂の救済こそが大目的であって、それぞれ一個の魂の救済によって、人間界全体で不公平が起こっても、そんな事を知った事じゃない。これを憲法でも信仰の自由として保護もしている。
 オウム真理教等は、そこに属する人々の心の平穏は保たれても、外の社会についての思慮が全く欠けているから、暴走すると、多くの人々を傷付けるという事も起こり得る。宗教は歴史上このような災禍を数多く生み出して来たし、今この時点でも生み出し続けている。
 一方思想家は、人々が死ぬまで生きる人間界において、他人同士が平穏に暮らしてゆくにはどのように考え行動したら善いか、その事に示唆を与えて導くのです。思想家は一個の魂の救済では無く、理に生きる貧減社会を救い、平穏を生み出そうとするのです。だからこそ、宗教よりも一部の過激な思想は社会から分離されているのです。
 日本国憲法でも政治と宗教を分離していますが、それは社会全体を見ない宗教家の視点で、社会を見る政治に口を挟むと世の中がおかしくなるからなのです、ところが、ここのところがしっかりと政治家にすら理解していないから、ある政党は殆どそこのところが明確に分離出来ていなかったり、ある政党の大物の母親がある宗教の大物で、その集票力をバックにしている、というような事も多々あります。 まあ、いずれも人間がやる事ですがら理屈通りにいかないのも事実です。
 世に宗教家や信興宗教家は多いのですが、評論家は居ても真の思想家はとても数少ない。この事実が世の中を混乱させるとても大きな一因だと私は思っている。
 思想家と政治家の関係は陰陽五行の研究者である陰明師と、その理論を人々に伝える占い師のような関係に似ていると思っている、ところが、陰明学が廃れて、占い師達が都合よい解釈をして世の中を惑しているように、思想家がいなくなって、政治家が自分達の党利党略のみに固執して、国家を省みなくってこの国は久しい。 


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2008年03月24日

老子第81章「信言美ならず、美言信ならず」

 日本の国技相撲道。その頂点に立つ横綱には、強さだけで無く、横綱としての品格や風格が求められる。例え全勝で優勝したとしても、一応必ず横綱審議会というものがあって、必ずそこで一度横綱に相応しいかどうかの審議がなされるのもその為だ。
 しかし、その審議する判断基準が何なのかと問われると、はなはだ曖昧なのが現状だと思う。それは、相撲が、相撲道という道から逸れ、興業という要素が強くなってからおかしくなった。それは、丁度、テレビがお茶の間に普及し始めた頃と軌を一にしている。
 昔の日本精神が薄れ、資本の理論がはびこるに従って、「道」の思想は薄れていった。しかし、以前は、人々の心の中にその基準はあった。今日はその事について触れてみようと思う。

 「われ未だ木鶏たりえず」という双葉山の言葉をご存知だろうか。明治45年大分県に生まれる。相撲界に昭和2年に入門し、昭和12年に横綱となる。双葉山は、相撲界の連勝記録を150年ぶりに塗り替えた。その記録というのは、昭和14年安芸ノ海に破れるまで69連勝したものだ。そして、その双葉山が安芸ノ海に破れた時に漏らした言葉が、「われ未だ木鶏たりえず」という言葉なのだ。双葉山は、横綱としての目ざすべき境地を「木鶏(もっけい)」に置いていた事が伺える。つまり、相撲道という道を極めた先には、木鶏のような横綱がそこにいるという事であり、そのために日々精進する者こそが横綱たり得ると考えられていた事が読み取られる。昔はこういう心構えを日本では教える師が居たのだとつくづく感心させられる。今の日本は寂しいと嘆きたくないけれど、つい口に出してしまう。微力ながらも少しでも私は深い人生哲学や帝王学伝えてゆこうと思う。

 まずは、この「木鶏」の境地について説明しなければならない。

 それは、こんな話である。
 昔、紀悄子という闘鶏飼いの名人が、王様から一羽の鶏の訓練をおおせつかった。10日ほど経って、王様が様子をたずねた。
「どうだ。もう使えるのではないかな」
紀■子が答えるには、
「いや、まだでございます。今はやみくもに殺気だって、しきりに敵を求めています」
それから10日たって王様がたずねた。
「もうそろそろではないか」
紀■子が答えた。
「いや、まだでございます。他の鶏の鳴き声を聞いたり、気配を感じたりしますと、とたんに闘志をみなぎらせます」
また10日たって王様がたずねると、
「いや、まだでございます。他の鶏の姿を見ると、睨み付けたり、いきりたったりします」
さらに10日たって王様がたずねると、ようやくこんな返事が返ってきた。
「もうよろしゅうございましょう。側で他の鶏がいくら鳴いて挑んでも、いっこうに動ずる気配がありません。まるで木彫りの鶏のようです。これこそ徳が充満している証拠。こうなれば、しめたもの。どんな鶏でもかないません。この姿を見ただけで、みんな尻尾を巻いて逃げ出していくでしょう」

 どうですか?双葉山の目指していた境地が少しは理解していただけたでしょうか。理解出来る事と、実践出来る事は、とても大きな違いがありますが、でも知らなければ目指す事も無いのですから、まずお勉強をして、そういう境地があるという事を知らなければならないと思うのです。

 老子第81章も又、この木鶏の境地に似たものを我々に教えてくれています。
 「信言美ならず、美言信ならず」
 真実の言葉は飾り気がない。飾り気のある言葉は真実では無い。明知の人は物知りでは無い。物知りは明知に欠けている。立派な人物は多弁では無い。多弁な人物は本物では無い。「道」を体得した人物は溜め込まない。人に分け与える事によって、いよいよ豊かになる。天は万物を損なわず、ひたすら恵みを与える。「道」を体得した人物も、人と争わず、ひらすら人の為に尽くす。
 老子の語る境地は、正に東洋の英知で有り、西洋の人間にはなかなか理解出来無い。
 ところが近年、西洋の進んだ知識人や文化人がこの東洋の英知に注目し、本家の中国や日本では忘れられていっているとは、本当に皮肉な事だとつくづく思う。老子ほどの帝王学は何処にも無い。
 私は老子にぞっこん惚れている。


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2008年03月23日

指導者は信念によって立つのであって、正論に因るものでは無いのだ。

 「正論」って一体何なんだろうとつくづく思う。若い政治家の諸君と話をしていると、よくこの問題に突き当たる。正論を通すのが政治家だと考えているんじゃ無いかと思う。自らの正論を突き通さずして何か政治家として生きる意味が有るのかという位の勢いだ。
 私は、実はこの正論というものが、実はとしても曲者だと思っている。今の日銀総裁の人事について、日銀の独立性という正論で旧大蔵省或いは財務省経験者採用には、民主党は頑として反対している。或いは、京都市長選挙でも、三党相乗りの市役所という内部候補に厳しい改革等出来無い、という正論で、若い政治家が市長に立候補した。私はやはり違和感がある。
 その違和感というのは、政治家としての考慮の深さに疑問を持つからだ。そもそも、政治の目的は信念に基づいた世界を創るという事。そんな正論と信念の区別が付いていないように思うからだ。正論はあくまで、信念を実現するための一要素でしか無い。ところが、人間というものは、正論だと強く信じている事に反論や質問を受けると、自分という人格に攻撃を受けているような勘違いをする。実は、正論なんてものは元々この世には存在しない。
 正論は時代によって、いくらでも変化する。ソビエトを見れば解る。中国だってそうだ。あれ程多くの若者が夢を描いて命懸けで勝ち取ろうとした共産主義のなれの果てだ。日本やアメリカだってそうだ。誰がベトナム戦争やイラン・イラク戦争を正論だと信じているのだろう。日本は戦前の正論と戦後の正論は真逆だ。
 戦後民主主義の名の元に、全てを葬り去った末が今の日本の姿だ。正論によって物事を進める事は必ず失敗をする。信念を持ちながら、時代最適を考え、実行する事が私の正論だ。おっと、私も同じ種類の人間みたいだ。気を付けなきゃ。
 もう1つは、正論という論の裏付けになる考え方が、現代では、もう殆ど物理的に拠っているという事が、正論を危うくしている原因だ。中国の帝王学老子では、帝王(現代で言えばリーダーになるのだが)には四段階有ると言っている。そもそも最近の若者は、昔の日本のように、中国思想や帝王学を殆ど学ばずに世の中に出ていってしまう。これはとても忌忌しき(ゆゆしき)事なのだが。戦後日教組中心の教育が蔓延し、このような思想が排除されてしまったから仕方が無い。だから懐の深い人間が成熟する迄に、正論を振りかざさず、インテリの横行が広がってしまう。正論ばかりで人間味の無い上司にはほとほと皆愛想をつかしている癖に…。ちょっと間が抜けていても、人間味のある温かい人が慕われるのは人理学的な正論だ。つまり、物理学では非の打ちどころの無い論が正論なのだが、人理学的では、少しの逃げ道や愛嬌のある論が正論なのだ。若い間は人間はとかく正論と連呼しがちだ。
 おっと、老子のリーダー四段階からかなり横道を逸れちゃいましたね。老子曰く、指導者として最高なのは「部下から存在する事さえ意識されない指導者」、次は「部下から敬愛される指導者」、三番目は「部下から恐れられる指導者」、最悪なのは「部下に馬鹿にされる指導者」と言っている。もし、この老子の帝王学を知らないと、「部下から敬愛される指導者」を最善と考え、そこで成長が止まる。だいたい、欧米の帝王学を学んでいる奴はここで止まるね。だから、私が超一流について話をしても殆どポカンと口を開けている。私はそれを一流止まりと称している。
 そんな時、分り易い様に、次のように言う。「タイガー・ウッズにさえもコーチがいるんだよ」って。アレクサンダー大王にだって、帝王学の先生としてアリストテレスが付いていたと言われている。
 つまり、帝王学とは、帝王学自身では無く、思想家にあるという事だ。だからこそ、帝王となっても、師から学ぶのが帝王なのだ。ゴルフをすれば誰よりも強いはずのタイガー・ウッズでさえ、独りでは無いのだ。
 物理学的に言えば「世界最高のプレーヤーに対してアドバイス出来る人間等居ない」という正論になるだろうが、人間界ではちとそうはいかないんだな。だったら、日本最高のプロ野球監督は、王さんか長嶋さんで決定とかって話になるんだからね。
 つくづく思想という世界は奥が深いと思う。あんまりハマり過ぎると、私のように経営者としては障害がある。でも、「自分が無知であるという事に気付いている分、あなた達よりも賢い」と言ったソクラテスの哲理はグッと心にしみ渡る。
 正論と信念を混同しない事。帝王の最高は、実は、空気のような人。こんな事を知る事で又人生が深まる。今の中国は好きじゃないけど、中国思想はつくづく面白いと思う。


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2008年03月18日

「これしか出来無い」わ・た・し

 最近、自民党の総裁福田首相の支持率がかなり下がっていますね。元々決断力なんて殆ど無く、調整力のみの人であるのにも関わらず、一国のリーダーになって、おまけにねじれ状態の日本の舵取りを任された訳ですから、無理も無いかも知れません。勢い巷ではリーダー待望論なんてものが沸き起こる。
 ちょっと待って下さいよ。「リーダー出て来い。リーダー出て来い!!」と言いますが、そもそも人間は1人1人確固たるリーダーなんじゃないですかね。え?俺は学生だ。俺は平社員だ。俺は下積みだ。だからリーダーなんかじゃない。そんな顔で人々は生きていますね。でもね、私は言いたい。是非言いたい。あなたは、あなた自身の人生劇場の脚本家であり、プロデューサーであり、監督であり、ましてや主演者なんですよ。あなたはあなたの人生のたった1人のリーダーですよ。
 職人と呼ばれる世界で永年生きて来た人や、或いは若い頃からずーっとその仕事しかして来なかった人は、「俺はこれしか出来ないから」という特徴的な言葉を吐く事が多い。10代の頃に自分が何たるかも分からないままに飛び込んだ世界、その世界こそが自分がこの世で唯一目指していた世界だったと言い切れますか?その上で、「俺はこれしか出来無い」と言い切っているのでしょうか?
 昔、テレビのコマーシャルで高倉健が「不器用ですから…」とポツリと言うのがありました。正直カッコイイなぁと思った。しかし現実の世界はそんなに甘く無い事を大人になるにつれて知る。私の世代になると、若い頃の勢いが衰えて、人生に迷う日々に思い悩んだ末に、最後は自分の可能性を「俺はこれしか出来ない」という言葉で葬り去ってゆく。そんな晩年。
 そんな時、私は思う。この人は「これしか出来ない」のでは無く、「これしか出来ない自分にしている」と。人間の多くは“楽をして生きてゆけたら”を願う生き物らしい。1つの事にすがりついて他のものをシャットアウトして生きるのは、実は精神的にも頭脳的にもとても楽なのです。
 最終的には人間は自分の得意分野に集中すべきものなのですが、それは“これしか”という生き方ではなく、“これだけ”という生き方を指します。この言葉の違いと意味の違いの大きさに気付いて欲しい。
 人は生まれてから、悩み・考え・学び、自分のこの世での生の意味を探る。そしてその探り当てた先の生き方を「一隅照」と言う。つまり「俺はこれだけをやる」という生き様です。
 自分の人生が不満だったり、成功が見込めないなんて人間は、自分の人生劇場においてリーダーシップを発揮していないからに他ならない。まともに自分の人生すら主役をどう演じるかを真剣に考えもせず、ただ何となく今日を生きている。こういう人間は不平不満を言う資格がない。ところが現実社会ではこの資格のない奴が一番不平不満を言う。
 最後にフランスの高名な政治家ポアン・カレの言葉を伝えたいと思う。
「全てを疑うか、全てを信じるかは、2つとも都合がよい解決法である。どちらも我々は反省しないで済むからである」
 特定の宗教や特定の思想に取付かれた様な人々にこのような様を見る。或いは、マスコミの報道をそのまま疑いもなく流し込んでいる大衆。恐ろしい時代になったとつくづく思う。


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2008年03月15日

「カリスマを勝手に考察してみる」

 カリスマ。これはドイツ語です。私はドイツ語は落第しました。だから、私がカリスマを考察する事はある意味、無茶な挑戦かもしれません。という訳で、今日の私のコラムはとても難解、意味不明になるかも知れないという事を先に断って責任を軽くしようと思っています。もっとも“カリスマ性”とは、なんて聞かれて、「はい、それは」、なんてスラスラ答えられる人がそうそう居るとも思えないですけれどね。
 さてさて、カリスマを辞書(大辞林)を引くと、【神から授けられた超自然的・超人間的・非日常的な資質・能力】と定義されています。どうです。この説明で分かりましたか?
 大抵は、分かんないですよね。カリスマ性って人生においての成功を、結構左右する要素のように思う訳なのですが。
 そこで、私は勝手にカリスマを定義してみようと思ったのです。私はカリスマ性とは、【その人自身に内在する非常に強い人格と才覚を言葉(有声語+無声語)を用いて、最高度に他者へ伝えられる能力を持っている事】と定義しました。
 “言葉”には、自分の頭の中にある考えを(これを五知という)という形を持たないものを、外部に表現するための手段としての道具として“言語”があります。これを有声語と名付けました。この有声語の受信機は頭脳です。もう1つ、自分の心の中にある感情や、精神性(五感)という形を持たないものを外部に形を持って表現する手段としての道具の身体表現語があります。これを無声語と名付ける事にしました。例えば、“親が子供をしっかりと抱きしめる”という事は、“愛しい”という気持ちを表現している無声語なのです。そして抱きしめられた相手にも、愛しいという気持ちが芽生えていれば、それは意味を伝え合う会話と言えるでしょう。
 言葉とは、正確さを受け持つ言語だけで無く、重量感や霊力を持つ言霊、この言語と言霊を合わせたものを言葉と称している事を忘れてはいけないと思います。
 言霊は、その人の思いや愛、経験など、言葉の“重み”を担うという役割があると思います。
 今、私達は科学が発達し、その科学万能の上に築かれた教育制度の中で幼少期を過ごして来ましたから、無意識の内に“正確性重視”の価値観になりがちです。多くの出来事を善悪良否の判別に反応し、その中にある“本心”に意識が向けられにくくなってしまった。人々の思いという一滴から今日の社会が生まれたにもかかわらず、形となった目に見える社会に意識が奪われ、人々の本心が忘れ去られてはいないでしょうか?
 心に愛のある人と愛のない人が、同じ「愛してるよ」という言語を発したとしても「愛してるよ」という言語の同一性に意味が奪われ、同じように理解したばかりに騙されるという事はよくあります。
 又、心は何となく違和感があっても、それを抑圧するだけの意識を持つが故に、人々は言葉の意味によって誘導され不幸になったとも言えます。言葉には、正確性と重量感があるという事をもう一度しっかり認識しましょう。
 言葉は、その性格さ故に人々に“感心”を提供する事が出来、重量感ゆえに人々に“感動”を与える事が出来る。
 私的に勝手にまとめますと、「人々は五知と五感にしっかり響く言葉を投げかけられる人が、人々から感心と感動を持って受け入れられ、尊敬されるようになり、時間と人数の増加と共に、それらがカリスマ性へと昇華してゆく。」


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●3月20日よりTOKI-WA-SOHにおいて、創造社デザイン専門学校在校生卒業生達による作品展覧会が行なわれます。是非お越しください。
展覧会詳細はこちら迄→http://command-j.x0.com/command-j/

2008年03月14日

新説「捨てる神あれば拾う神あり」

 人々は、もうどうしようも無く困り果てた時、神頼みをする。「神様、仏様、お釈迦様」等と口にする事がある。どうも困った時にも頼れる人はまだ3人居るという事なのだろうか?或いはこのようにも解釈出来るかも知れない→「仏陀、釈迦、釈迦牟尼」、これはある1人の聖人の呼称の違いであって、あくまでも「一聖人」という事である。
 仏陀は生き物の頂点に位置する者という意味であり、釈迦は悟りを開いた者という意味で、釈迦牟尼とは教えを説く人、或いは仏教の開祖というような意味と促えれば良いのではないだろうか。同じ1人の聖人であっても呼称が異なる場合もあるので、くれぐれも自分は誰かにすがりたいのかを明確にしてお願いしないと、内野フライをショートとレフトが譲り合って、誰も捕球出来ないなんてつまらない事も起こりかねないのでは無いだろうか?等と意味のあるような無いような事を書いているのは、昨日徹夜をして、今日は早くに寝ようと床に入ったのに、ちっとも眠れなくて、ボーッとする頭で思い浮かんだ事をツラツラ書いている事に由縁するのかも知れない。
 キリスト教だったかどうか忘れたのだけれども「天は自ら助くる者を助く」という言葉がある。私は実は常々思っている事なのだが、むやみやたらに追い詰められたら神頼みをするのでは無く、少なくとも、神様が救いの手を差し伸べてやろうとお考えになるに値する努力を影日向なくコツコツしている者にしか、神様は救いの手を差し伸べないのでは無いかと考えている。そのように考えると、「天は自ら助くる者を助く」という言葉にも合点が行くというものだ。「神に縋るな、神に縋るならその前に縋るに値する資格を持て」さしずめこういう事を1つの真理とでも言うのだろうか?
 もう1ひとつ、私が考えた神にまつわる真理らしきものがある。それは、「捨てる神あれば、拾う神あり」ということわざである。
 以前は私はこの解釈には、捨てる神様も居れば拾う神様も居る。つまり神様には正反2種類の神様がいるという事を言い表わしたことわざだと解釈していた。ところが、社会に出て、多くの経験をし、また多くの人々を観察する中で、どうもこの解釈ではしっくりこないと実感するに至った。
 例えば、倒産会社の社長でも2種類ある。
 自分や家族が生きてゆく財産はせっせと隠して、時期を見て倒産する。いわゆる計画倒産というヤツだ。これは銀行のお金をまんまとセシメて、何食わぬ顔で生きている。これが結構多い。このような人は、捨て切っていない倒産だと思う。一方、私財まで投げ打って、必死に頑張った末に力尽きて倒産する社長も居る (だろう)。こういう社長は捨てる神に憑かれたというか、捨てる神の手が差し伸べられたというか、現象的には前者の社長よりも遥かに悲惨で苦しいように見える。否、事実本当に厳しく苦しいと思う。しかし、この捨てる神に憑かれた人だけが…、もう一度言おう、捨てる神に憑かれた人だけが、次ぎに拾う神に憑かれる。つまり、捨てる神と拾う神は別々の神でありながらも、決して1人では何も新しいものが産み出せない。正に、私達の新しい命の誕生は、父と母の2つの性が協業して、初めて生み出される生命の誕生と軌を1つにしているでは無いか。そのような、1人の人間の再生の原理を言い表わした真理だとIWATAは解釈したのです。
 DNAは、その種が生命の危機に瀕したときに変異を遂げるように、1個の人間は捨てる神の手によって、とことん捨てさせられた時に変異を遂げるのだろう。この事は、とても私に深く考えさせると共に、確固たる哲学を創り上げるひとつの「気づき」でもある。


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2008年03月11日

「ネズミの嫁入り」

 全日本の女子バレーの柳本監督が言っていた。「全日本の女子バレーで1つのまとまったチームにするのは並大抵では有りません。というのも、1人1人の選手は、それぞれ所属しているチームからの選抜で、それぞれは有る意味、そのチーム毎の女王様達だから、選手自身はプライドが高く、支配的な性質を持っている」私は、この話を聞いて成る程と思った。個人の能力とチームとしての能力は、必ずしも個人の能力にチームの人数を掛けたものと等しくない例は枚挙にいとま無い。
 このようなものの最たる姿を政治の世界に私は見ます。少なくとも政治家(屋)になると決意した原点は、どうしても改めたい世の中に対して、自分自身居ても立っても居られずに、「えい!」という勢いで立候補する訳です。ある意味、誰かから頼まれてというより、自意識過剰という覚悟が有るのは明らかです。少なくとも既にこの原点に支配、或いは影響力というものが、普通の人よりもかなり強いという萌芽が見てとれる。
 そのような人々が、何度も苦しい選挙戦を勝ち抜いて、代議士や首長等になると、かなり確信的な自己や政治信念を形成する。
 特に政治家(屋)が陥り易いのは、選挙において多数票を得た事による。「自分の意見を多くの人々が支持している」と思い込む。しかし、私から言うと、所詮オラが村の多数意見であって、オラが村の常識(日本)は日本全体(世界)の非常識なんて事はいくらでも有る。そもそもこの“意見”というものについて深く考えているのだろうかと考えさせられる事が多々有る。
 まず、その人が持っている意見は、その人の過去の思考の積み重ね、或いは過去の思考の結果でしかないとの認識が無い。もし、違った家庭や環境、学校や友人と過ごしたとして、今と全く同じ意見や価値観を持ち合わせていただろうか。私は断言出来る。絶対に違った意見を持つようになると。つまり、意見とは「その人独自の思考プロセスや環境を通じて生み出された、あくまで想定でしか無い」という事なのです。
 ところが、時流に乗ったり、上手く事が運んでゆくと、その想定たる意見と自分を重ね合わせるようになり、その意見こそ自分自身であると錯覚し始める。意見に自分の姿を重ね合わせた場合、人はそれを無意識の内に守ろうとしてしまう。
 意見に異議を唱えられると、まるで自分自身が攻撃されたかのように感じるのである。このように自分の意見を真実であるかのように錯覚している者は、異なった意見の者に激しい攻撃を行うようになる。政治家(屋)を見ればわかる。
 はっきり言おう。自民が正しいか、民主が正しいのか、そのような事を私達は知りたいのでは、無い。「より良い日本を創る」ただこの1点において政治家 (屋)に託しているに過ぎない。にも関わらず、単なる自民の想定、或いは民主の想定や背景を成すだけに過ぎないものに自我を同一視して、是が非でも正当化しようと口角泡を飛ばしている政治家(屋)の姿に、常識有る国民はそっぽを向いている事に気付いていない。
 顧客(国民)のニーズに無頓着で生き残れるビジネス(政党)等有り得ない事は明白で有る。自民も民主も未来の政権与党たり得ない事は私には明らかだ。
 これからは、意見を持ちつつも、その意見を飛び出せる“禅の心”のような感覚が必要とされている。そして、実はヨーロッパの国々は、既にその事に気付き始めている。
 禅の心を持つ日本は、今正に“灯台元暗し”“青い鳥を求めて”或いは“ネズミの嫁入り”の状態に私は思える。


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2008年03月05日

三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。

 今、小栗旬とういう若者が「旬」らしい。若者という言葉を使ったのは、私が彼が歌手なのかタレントなのか俳優なのかを知らないからです。でもルックスはやっぱりカッコイイ。その若さとこのカッコ良さ。これはこの年齢でしか有り得ないし、やはりこれを「旬」と言うのだろう。皆さんはこの「旬」という言葉をご存知かと思いますが、改めてちょっとこの「旬」の話しをしたいと思う。

「旬」1.魚・野菜・果物等の最も味の良い時期 2.物事を行う最も良い時期

 …と辞書には書かれています。何事にも一番栄養や力量が充満する時があるという事ですね。ところが、最近は科学というか技術というのか、人工という力によって、本来の時期では無い時にも手に入れる事が出来るようになって、「旬」という季節感がとても薄れました。
 未だにそれを日本人が強く意識しているのが桜の開花でしょう。寒い冬が過ぎ、少し暖かくなった春先に、満身の力を込めて一斉に咲き誇る桜に、日本人は喜び酔いしれる。この時期に咲くからこそ、桜はこれだけ多くの人々を感動させる事が出来るのでしょう。桜は咲くべき時期を何故か知っているのです。
 例えば、1日も早く桜を見たいと温室に入れて人工的に日照を調整する事で、開花させる事も出来るでしょう。そんな風な人工的に開花させた桜をリアルに想像してみて下さい。どんな想いがあなたに去来するのでしょうか?私には珍しいかも知れないけれど、やっぱり肌寒い早春にこそ、桜は大きな感動を運んでくれるのでは無いでしょうか?
 実は私達人間も、元来は天然の生物であるという、極めて原始的な事実が存在しているのです。現代社会では、車やテレビ、携帯電話、エアコン等の分明の利器によって、その事を意識する事は殆ど皆無のように生活してきます。前にも「魅力」というソフトパワーについて書きましたが、この「魅力」と「旬」は、とても密接な関係が有ります。私達も生物である以上、必ず旬があるはずです。又、職業や学習をするという特殊性からも、人間としての総合的な旬というのも有ると思うのです。
 実はこの「旬」について、2500年前に既に孔子が「男子たるもの、三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして行く秋の…」というような内容の事を言っています。これは正しく男子たるものの「旬」を表現した言葉に相当するでしょう。
 最も、肉体を使うスポーツマンの旬等は当てはまりませんが、技量、人格、そして何より判断力、決断力が旬を迎えるのは、40代から60代と科学的にも証明されました。実は、経営者や政治家が一番円熟するのはこの辺りの年代なのです。
 ところが、多くの有権者は堕落した老獪な政治家に飽き飽きして、若くて新鮮な政治家に投票しがちです。でも私は敢えて、政治家は40代以上が適している職業だと断言します。
 まぁ、政治家の話は別として今日の話題は、「私の旬はいつなのだろうか?」という事なのです。
 例えば、主役でも出番を間違えて出て来たら、それはどんな悲劇でも一瞬に喜劇になり、白けてしまいます。私の人生劇場の主役としての、私の出番をきちんと意識して、出るべき時迄しっかりと実力を蓄え、出番が来たら颯爽と主役を演じ、観客をうなされる、これが「旬」を意識した人生のシナリオだと思うのです。
 「旬」を考えず、子供の性格や好き嫌いを考慮せずに、ただ世間がそうしてるからとの理由で塾へ通わせ、「勉強しなさい勉強しなさい」というやり方は、人間が天然の生物である原点を忘れた育て方に他ならない、と私は思います。
 自分の「旬」はいつなのだろう。その時私はどんな風な自分になっているのだろう。周りの人々にどんな感動を届ける事が出来るのだろう。想像してみてもいいじゃないですか。しかも「旬」は考えるだけでは無く、感じる事で観えて来る世界。賢いだけでは分からない。素直さも無いと。
 「素直の十段になりなさい」松下幸之助先生のお言葉です。


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2008年03月04日

学習と体得の関係を知ろう

 私はいつも「何の為に」を一番に考えます。
 今、この行為をする事は、自分にとってどのような意味を持つのだろうか、或はどのような結果を生み出すのだろうと考えながら行動すると、とても良い結果に結び付く事は言う迄も有りません。ところが、毎日同じような生活がパターン化すると、ついつい上記の問い掛け無しに過ごせるものだから、初めは意味を持つ行為で在っても、時と共に変化してしまっているのにも関わらず、形骸化した行為だけが以前のままの形で残るという、そのような事が時代の流れが速い昨今、まま見受けられます。
 民間の企業なら経済原理によって淘汰され、倒産する事で新陳代謝してしてゆくので有るが、役所や官庁にはこの経済原理が及ばないため、形骸化したやり方を何の疑問も無く踏襲し続ける事に因って、社会からどんどん乗離してゆく。
 人間が真っ当に生きてゆくには試練が大切なのに、世の中の賢いと言われている人種程、その試練から遠ざかろう遠ざかろうとする傾向が有る。これは社会的にはとっても資源(人的)の無駄使いなのに…と私は考えている。
 さてさて、今日は「学習」と「体得」の関係を説明する事で「何の為に」をちょっと考えてみたいと思う。
 まず、「学習」という言葉についてお話します。「学」という字の語源は「真似ぶ」と云います。これは両親や先生、身近な先輩に教えを請いながら、その人達のように自分もやってみよう、成ってみようと試み、まずはその人達の真似をする、これが学ぶという事の意味です。
 次に「習」という言葉の語源ですが、「習」という字は「羽が白い」と書きますね。羽が白いという事は、ヒナ鳥を指します。ヒナ鳥は初めは飛べません。巣から親鳥の飛ぶ姿をじっと見つめています。
そして自分も飛ぼうと何度も何度も羽ばたきの練習をします。つまり、この「習」は、真似をした行動を何度も何度も、実際に繰り返し練習するという事なのです。
 現代の教育における学習は、上記の「学」「習」という言葉の語源に沿った指導が成されているでしょうか????どうも暗記等知識に偏重し、実際に体を使って繰り返し練習し、得た知識が使えるようになるという事が軽視されているように思えてなりません。
 学習するという事は、それのみで完結するのでは無く、本来は体得レベルに迄持って行って、初めてその意味が完結するのです。そもそも学習レベルと体得レベルでは、その差に大きな開きが有ります。
 初めて自転車に乗ろうと思った時、どうしてこんなものが乗れるんだろうと不思議な位でしたよね(私は未だに一輪車なんて乗れないし、バック転も出来無いです)。ところが、自転車の場合、いずれ体得の域に達すると、両手を離したりケータイで話しながらでも乗れるようになります。 
 体得のコツは、ヒナ鳥が親鳥を見て自分も飛べると信じているように、人が自転車に乗っているのを見て自分もやれば出来ると信じるように、どんなに立派で及びもつかないように思える人を見ても、「自分には無理だ」と自分にレッテルを貼らない事。 
 時間をかけて何度も何度も失敗しても尚、いずれ自分にも出来るという信念を持つ力が何より大切です。


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2008年03月03日

ペンギンはお寒いのがお好きです

 北海道の旭川の動物園が大人気ですね。これは、行動展示という、今迄の動物園には無い見せ方が人気の理由らしい。
 旭川動物園ではペンギンや白熊がイキイキとしています。その理由は旭川の冬は寒いから。寒いからが理由なんですよ。僕なんか寒いのは苦手だから、寒い程元気になるなんて考えられない。これが私の常識。でも彼らの常識は違う。彼らの常識は寒い方が嬉しい。
 でも世界は広い。もっと過酷な環境が好きな生物というか植物がある。エル・ウィッチャーという名の植物。
 アフリカにナミブ砂漠という所があります。そこは何10年に1度だけしか雨が降らない灼熱の大地だなのです。エル・ウィッチャーはその地において、 100年(何と100年、100年ですよ!!)でたったの1cm程しか成長しない。あるいは気候が厳し過ぎて成長出来無いのかも知れない。じゃあ何でそんな所を生息地に選んだんや!という話ですよね。でも誰もが過酷すぎて近付きもしないナミブ砂漠こそが、唯一生き延びられる故郷であるという事も一方の事実です。
 世間の人は、大抵次のように言います。「そんなに無理したら体を壊すよ…」「そんなに働いていても何の得もないよ…」「何事も程々にね…」等々。でもね、同じ私達人間でも、イヌイットはアアマゾンに行ったら熱くて死んじゃうかも知れないし、アマゾンのインディオがイヌイットの住む北極に行ったら死んじゃうかも知れない。
 僕は、公務員になったら死んじゃう。本当に自分的には死んでしまう。ただ、公務員が楽だからという理由だけで、どんな性格の人も安住の地だと考えるのは短絡的過ぎる考えだと思う。自分という人間はどんな環境で生きる事がもっとも輝くかという事は、自分自身でよくよく考えたり感じたりしないといけない。でないと、本当の自分を生かしきれないで死んでしまう。
 僕は安易な人生だと死んでしまうけど、経営者という厳しい気候だと、生き生きと輝くような気がする。人は厳しい環境でだけ、生き生き輝ける属性の人だっているはずだ。
 この自分の属性を知るためには、親の言う事や世の中の常識を一旦棚上げして、自分の心や性向に目を向け、真面目に考えないといけない。
 少し暖かくなって、春めいてきた今日この頃。新しい社会へ出て行く若者のみなさんが、自分の生き場所をうまく見つけられる事を心から願う。それが日本の輝きにつながるのだから。

ペンギンは極寒の南極でしか生きられない
白熊は極寒の北極でしか生きられない
多くの生物にとっては「絶望」の地であるというのに…
あなたはペンギン人間かもしれない?
あなたは白熊人間かもしれない?
誰もが心地よく感じる温帯が、
実はあなたの死を意味するかもしれない
もっと自分を見つめよう


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2008年03月01日

「DNAは危機が大好きかも…」

 私達も生物である以上、進化メカニズムとは無縁でいられません。進化というと大抵はダーウィンの進化論を思い浮かべられるでしょう。彼によると種は環境に晒され続ける事によって、その環境に最も適する体へ時間をかけて変化して行ったと考えました。
 つまり、種は神の創造物であるという考えに一石を投ずる事により、当時の教会から迫害を受けました。
 ところが近年では、進化は遺伝子のDNAの突然変異の積み重ねが進化であるという、突然変異説が主流となってきました。
 つまり、徐々に環境に合わせて順応してゆくのが進化では無く、環境の急激な変化によって、生命の危機に頻ずる場合に、一瞬で遺伝子情報を変化させ、対応して行こうとするのです。

「生物は、生命を脅かす危機をバネに、一気に進化をするという特性を持っている」

 もう少し先の言葉を、実例を用いて検証してきたいと思います。
 地球が約35~40億年前、爆発を繰り返し、大気中は硫黄や窒素化合物で満たされ、爆発時のチリや灰で覆われ、太陽が差し込まないそんな地球でした。そんな地球でも、窒素を栄養分とする原始生命体が生まれました。現在の地球でも、海底深く熱水が噴き出す熱水鉱床の周りでは、まだ、この原始生命体を荒い出す事ができます。窒素を栄養として、多くの原始生命体が生まれましたが、次第に爆発も始まり、大気のチリも消え、太陽光が地上に差すようになると、今度は太陽光と窒素を栄養として酸素を吐き出す新しい生命体のケイ藻類が海で大繁殖しました。
 本来、地球の大気中になかった酸素が増え、原始生命体にとってはそれが猛威で、多くの原始生命体が危機に頻しました。そんな中、私達の先祖は、酸素に対し耐性を持った原始生命体が現れ、耐性を持たない、今日ミトコンドリアと称される生命体が、その耐性を持つ、今日で言う細胞の中へ飛び込む事によって、猛威の酸素から身を守り、全く新しい1個の生命体へ突然に変化しました。
 これが、私達人類の進化のスタートです。
 そしてもう1つ。人類の進化の中での大きな生命の進化が30万年前のアトラス山脈のしゅう曲による、東アフリカのサバンナ化であります。地盤変動が生ずる前は、アフリカ大陸全体が偏西風により大西洋から湿気に富んだ風の恵みを受け、いたる所が密林でした。
 密林では木から木へ移動するだけで必要な植物は十分手に入り、樹上生活のみで一生を終える事が出来ました。しかし、アトラス山脈ができ、山脈より東へは偏西風が届かなくなり、東アフリカは、サバンナ化しました。木から木へは一度地上に降り、歩いて次の木まで行かなければなりませんでした。歩かなければ死ぬ以外にありませんでした。
 生命の危機に頻した先祖のサルは生きるために二足歩行する道を選びました。このように、本来人間も、生命の危機に頻する事だけが種としての進化を遂げる事のできる原因となれるのです。
 今日に生きる私達も決して例外であるはずもありません。例えば、1995年1月17日の阪神大震災。多くの生命が一瞬にして失われた中、生き残った人々に大きな人生の変化が生まれ始めました。例えば、『60歳からのティーショット(NHK出版)』の作者は、生きるという意味を見つめ直し、残りの人生を好きなゴルフに賭けてみようと一念発起。60歳でゴルフのプロテストを受け、見事合格しました。彼は、生命の危機がなければ、自分は決してプロなんかになれなかったと述懐しています。又、第二次世界大戦後の焼け野原から、今日の日本を支える企業の創始者が多く現れたのも、廃という現実と向かい合った中から自ら鍛え、精神を進化させたからに他なりません。
 そこでイワタは考えました。
 向上し進化するためには、自ら生命体の危機に追い込む、それも日々追い込む事です。そうする事によって、加速度的に自分は進化していけるのだという事なのです。
 今、世の中は戦後60年間の高度成長期の何も生命の危機を感じない人類史上、希有な時代を経験しました。その60年間の遅れにより、日本は、欧米はもとよりアジア諸国からも置き去りにされようとしています。
 リストラ、倒産、多額の債券による国際財政の危機。楽しい宴の後、私達の周りは一気に生命の危機で満たされ始めました。
 正に、自らを生命の危機へと追い込める力を持った私達こそが、これからの時代のリーダーシップをとっていくのです。
 これは、精神論では無く、科学より導き出された動かしようの無い事なのです。


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2008年02月28日

「移り香」という事が言われなくなって久しい

 昔、豊臣秀吉が狩りに出掛けたその帰りに、茶屋に立ち寄った。茶屋の主人と独りの小僧がいた。秀吉一行を見た小僧は注文を聞く迄も無く、奥へ行ってお茶を持ってきた。喉が渇いていた秀吉達は、冷めてはいるがそのお茶を飲んで咽を潤した。
 すると、しばらくして又小僧が熱いお茶を持って現れた。秀吉は、「おい、小僧、先程のお茶は冷めておったが、今度の茶は熱い茶だが、それは一体どういう訳か?」と問うと、小僧曰く、「お侍さんは狩りに行かれ、咽がお渇きのようにお見受けしました。お茶をきちんと煎れるより、まずは渇きを癒して頂こうとお出ししました。そしてその間に湯を沸かしておりましたので…」と答えた。秀吉は「何と感心な小僧!!」と言って、茶屋の主人に向かって、その場でその小僧を小姓にと申し出て、貰い受けた。この小僧こそ、後の石田三成であった。秀吉は身分に捕われず、優秀な小僧を数多く召しかかえ小姓とした。それらが後年秀吉の天下の中枢を任っていったのである。日本にはこの小姓という制度や師匠に弟子入りする徒弟制度、又小さい頃より奉公に出される丁稚等、社会には多くの大人の智恵を授かる賢い方法があった。
 昔から「移り香」という言葉があります。いつも一流のものや一流の事、そして一流の人々と交わっていると、本人は全く意識する事は無くても、自然とその臭いがその人にも移る、という事の表現だ。今風に言うなら「類は友を呼ぶ」のような反対語のような…。
 自ら進んで一流の人物(本当は超一流がお勧めですが、これは殆ど見当たらない)と交わる事によって、自分も一流の人々の類となってゆく。
 他にも良い悪いは別として、今日は民主主義/個性尊重の時代。父親や母親が子供に敬語を使ったり、ペット迄同じような扱いをする事もある時代です。
 私は今が良くない、昔が良かったなんて事を言うつもりはさらさらありません。今はある意味、とてもヒューマニズムに満ちた時代でもあるし、又昔も違った意味でヒューマニズムに溢れていた。どちらかという両極端な選択をしている時代は、まだ未熟さの残る教養だと思う。是々非々として、しっかりと良否を見極める力が必要。
 そんな意味で今日は昔は良かったというお話をしたい。

 今の自分を変えたい。新しい自分を創りたいと多くの人々が思っている。その方法として自分で本を買ったり学んだりしながら努力をする。ただ、この方法では殆どの人が失敗する。何故なら辛い、しんどいから、日々の仕事に埋没してゆく。
 自分で発奮努力して運命を切り拓くのも良いが、一方、他者に寄生するように、他者の力を借りて自分を創るのも昔は前述のように一般的だった。私は若い内は他者の力を借りて自分を育てる方が良いと思う。自分で十分力が付いたと思ってから、独り立ちした方が人格形成はスムーズだと思う。
 隣人愛に溢れた先人の元に身を預け、心を託して働き、ともに進歩発展する事は賢いやり方だと思う。
 この方法のポイントは、自分は身を預けている人の一部だ。その人の一部であるという謙虚な気持ちを持ち続ける事だ。その人のために働くという事は、即ち自分のために働くのと同じであると考える。 人はこのように思って働くと気持ちのブレーキが無くなり、全力が出し切れる。決して小賢しい智恵を出したり、目先の利益に気を取られ迷ってはならない。他者によって自己成長を促進しようと決意いたら、昨日迄の自己はきっぱりと捨てる位の心意気で飛び込む。過去の習慣や感情、癖等を引きずっては上手く行かない。もしそれが出来ないというのなら、仕方が無い。成功の確立は少ないけれども、他者をアテにせず、自分改革の厳しい道を独りで歩むしかない。
 例えば、痩せようと思ったら、食べる量を減らす方が良い。同じだけ食べて、その分運動を多めにする等と理屈を付けるより、きっぱりと決心する方が良い。畑の雑草を引き抜かないで、野菜にだけ肥料を多くやる事を考えると分かりやすい。
 ただ、ダイエット等は簡単だが、今どき自分を捨てて身を預けられうような、そんな人物に出会う事は、もっともっと難しい、自己変革よりも難しい道なのかも知れない。


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2008年02月25日

春は上司の学び返しの時期です

 子供を見れば親が判る。何故なら子供は、親や家族に応じた育ち方をするものだから。私達はオギャーと生まれて母親に抱かれる迄のほんの数分、ほんの数分の間だけは、誰の影響も受けない無垢な自分(本然の自生)だった。違う親や家族に囲まれて育っていたら今の自分は存在しただろうか?
 同じように、部下を見れば上司が判り、社員を見れば社長が判る。悲しいかなこれは真実である。
 人が勝手に1人で育つ事はまず無い。親が子を、上司が部下を、社長が社員を育てたように育っている。いや、そんなはずは無い。うちの子は反抗ばかりしている。社員や幹部は社長の思いを少しも理解していないと嘆く親や社長はたくさんいる。それでも敢えて言おう。やっぱりそうしたのは、あなただと。
 意味も無く反発する事は無い。あなたそのものが存在がするから、反発出来るという事に気付いていない。
 相手がそうしているのは、自分がそうして来たからだという事を素直に受け入れよう。明日より良い人間関係を築きたいと思うならば。
 それならば、まず、自分が変わろう。他人に変わって欲しいと願うなら、願う前に自分を変える努力をしよう。
 難しい理屈なんて要らない。私達は“理動”という言葉を持たない。そう、人は理屈では動かない。人は“感動”しなければ、動く事も変わる事も無い。
 まず、人を育てたければ、自分が育つ姿を見せる事である。何も恥ずかしい事じゃない。親は子供によって育てられる方が遥かに大きい。そうして親は親、子供は子供として育ってゆく。
 上司と部下のより良い関係を築くのは、社員が一番無垢な時期、つまり新入社員が入社する春が最適なのです。
 今迄のあなたを知らない社員となら、きっと今より良い人間関係が築けると思う。


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2008年02月22日

キング・オブ・パワー

 日本の“魅力”のコラムで投げかけたままになっていた問いについて、その答えを書いてみようと思います。
 まず、話はハーブから始まります。モーリス・メッセゲが選ぶオンリーワン・ハ-ブは…、はい、それは皆さんの予想とは違って-、結論から言いますと…、ハーブの中で最も広い効能を持つという、日本でもお馴染みの…、ハーブというよりもずっとアジア的な…、ジャジャーン、それは~、“に・ん・に・く”。はい、“に・ん・に・く”。所謂イングリッシュ的に言うと“ガーリック”です。世界中で料理に多く使われている“にんにく”。それは人類の歴史の中で見い出した智恵というヤツなんでしょうね。
 では、人間的にとっても大事な「キング・オブ・パワー」と言えば何でしょうか?これについては各々の皆様のご見解がおありでしょうから、ここからは私の考えるキング・オブ・パワーという事で読み進めて下さいね。
 実はこそのコラムの題名に既に解答をしていたのです。
 題名、日本の“魅力”。そう魅力という力なのです。魅力があれば有名にもなれるし、指導者にもなれるし、選挙に立候補して政治家にもなれる。皆さん難しく考えて生き過ぎているのでは無いでしょうか。でも一般的には魅力を力とは考えない人が殆どですね。魅力のある人を目指そう。それで必要十分と私は考えています。でも、魅力を身に付けよう!なんて唐突に言われても何が何やら見当がつかないでしょ。私も最初はそうだったのです。でも天性のものなんて安易な解決をしたくない私は、それから魅力を科学し始めたのです。もちろん、私の言う科学というのは“人理学”という私が唱える新たな分野の学問ですが。これは、京都というものを理解するのにも役立つ手法だと思います。
 それは、漠然とした概念を各要素に因数分解して、その相関図を俯瞰(ふかん)するという事です。
 まず、人に限らず、生命というものは、そもそもDNAというものを持っている。それは種としてのものでもあり、個としてのものでもあります。
 このDNAというものが“自我”というものと言えます。そもそも自我というものがなければ存在自体の意義が疑われます。 
 次にそれらの自我を生きている間に主張するだけで無く、生殖活動、所謂“性”というものでもって、その自我というものを次世代に伝えている。本来生命体というものは、この“自我”というものと“性”というものを兼ね備える事によって足りるのですが、人類だけは、やっかいな事にと言おうか、幸いにしてと言おうか、“欲”というものまで持ってしまった。学習欲だとか、自己実現欲等という本当にやっかないな欲を持ってしまった。
 私達は、自我と性と欲の三者を持った地球上で唯一の存在として、今を生きているというこの自覚。
 生物は自我と性だけで、それぞれとても単純に機能していた。ところが、人間は欲というものを併せ持つようになったばかりに、とても複雑さは言うまでもないのですが、より一層困った事に、人間の雌、あっと失礼、女性というお方は、発情期というものを失う事に成功されました。おかげで、自我の伝承という為にあった性というものが、欲と結びついて、とても複雑化してしまいました。まさに、現代はこの複雑化した性欲の反乱と言わんばかりの様相です。また、自我というものが欲と結びついて権力や金銭欲、名誉欲等と、こちらも複雑怪奇な様相を呈する事となりました。
 しかし、これらの自我・性・欲の3つが人間を生かしているのも又、一方の事実です。
 人間の器量とか、魅力と呼ばれるその人の“味わい”というものは、素晴らしいフランス料理のように、その3者が絶妙なバランスで調理してある事が、魅力そのものなのです。
 この自我というものを個性と言い換え、性を色気と言い換え、欲を夢と言い換えてもう一度魅力を見直してみよう。
 私がこの因数分解したものをその人なりに再構築すれば、それが本当に人々から受け入れられる魅力になるのだろうか?確かにこの要素を組み立てる事で、それぞれの人の個性は出来上がる。それでも十分と考える事も良いでしょう。しかし、いつの世もその登場を人々に願われる人物、あるいは大物、合わせて“大人物”と呼ばれる人の魅力にはなり得ないと断言する。
 その人の魅力の全ての要素に、必ず内包されていなければならないDNAがあるのです。それが“愛”というDNAなのです。少し誤解があるといけませんので、この“愛”というDNAも“隣人愛”あるいは“人類愛”という“愛”でなければなりません。このDNAを持つ事で、その人の人格というものは、何とも言えないその人なりの魅力への昇華してゆき、いずれあの人は“人物”あるいは“大人物”と呼ばれるようになってゆくと言えるのです。
※「強運指南」藤木相元一部参照
 あらゆる“力”の中で“魅力”こそが最高の力である。“魅力”という“力”をもってしか“人気”という“気”を生み出せない。“気”を生み出せない限りは、全ての事象を生み出す“良好な場”を生み出す事は出来無い。

 万物の霊長と言われる人間だけに欲が存在する。自我と性と欲の三者を持った地球上で唯一の存在と言える。魅力とはこの三者の独自性と、その根元に存在する愛の種類により良くも悪くもなる。


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2008年02月16日

日本の魅力

 今世界中で、日本がブームだという事です。寿司、鉄板焼、天津甘栗、歌舞伎、化粧品、アニメ、マンガ、空手…挙げると有り過ぎて手間なので、止めておきますね。あ、そうそう。世界であれだけ肉食の国があるのに、しゃぶしゃぶがあるのは日本だけなんです。「オーワンダフル!」。
 日本人はとても自分を虐めるのが好きな人達です。学力が落ちた。世界で18位。世界って何カ国あるんでしたっけ?家族のため、嫌な仕事も我慢しているお父さん。ちょっと聞いてみたいのですが、家族のみんなが一度でも自分を犠牲にして迄、家族のためにってお父さんにお願いした事ありましたか?単に自虐的な生き方だけなんじゃないでしょうか。
 日本という国で言えば、まるで自虐のオンパレード。やれ北欧ではどうだとか、やれ欧米ではとか、日本の戦争責任に至っては、全く自虐一色。
 英国人は北米インディオを推定5000万人、鉄砲で殺してアメリカを建国したと言われているし、スペインに至っては、一説では中南米インディオ1億人を、斧や弓などで原始的な武器で相手の顔を見ての殺戮をして、略奪した“金”で繁栄を謳歌したんですよ。よっぽど北米と南米にホロコースト記念館を建てるべきですよ。
 中国だってそうですよ。最初に戦争をしかけたのは元ですよ。中華思想とか何だか知らないけど、日本が従わないなら武力でなんて、馬しか乗った事ない連中が慣れない船に迄乗って、日本を属国にしようとやって来たのですよ。よっぽど、そっちの方が言いがかりだって言うの。そんな事は昔の事だから。じゃあ東大亜戦争だって昔だい。アメリカだってそうですよ。鎖国なんて、とっても平和的な一国の平和を、わざわざ、それも大西洋経由で日本までやって来て、大砲をぶっ放すぞとか何とか脅して、開国させておいて、ちょっと日本が優秀で西洋に追い付いていて、清やロシアを破ったら、一斉にジャパンバッシング。だったら静かにしていた日を、わざわざ力ずくで開国させんなよって言うもんだ。日本人は元来平和を好む優しい民族なんだから。
 イギリスの歴史家トインビーは、「日本だけで1つの文明圏を成している」。アメリカの歴史学者ハンテントンは「西欧キリスト教文明」「イスラム文明」「ロシア正教文明」「ヒンズー文明」「中華文明」と世界を七大文明に分類している。彼は、日本を考える時、国単位で捉えられる日本独自文明説に立っている。やっぱり西洋の連中の中にも、ちょっとはまともな人間もいるんだなって思いますね。
 西洋主義の現実世界、世界は平和で豊かになりましたか?そんな事見りや分かるでしょ。何でそんな西洋が立派だなんて今だに舶来信仰してるんですか?
 それから今の日本ブーム。どれをとっても人々に笑顔が溢れるものばかりでしょ。日本のトヨタ車だってそうですよ。世界の人々がハッピーになれる多くのものが、日本にはあって、それを感知した外国人客が日本に来たり、日本ブームの火付け役をしているのです。
 常々私は日本のリーダーシップの在り方は、「自国が独自の文明で幸せに繁栄をしている。それを外国人がわざわざ教えを乞いに来る」これが日本のリーダーシップの在り方なんだと説いている。欧米のように自らの教義(キリスト教)や正義を世界に押し付けるようなリーダーシップがリーダーシップなんかじゃないのです。
 「人間界における最強のパワーを1つあげなさい」と言う質問を私は塾生によくします。いろんな答えがありますよ。あなたも考えてください。その1つのパワーこそがキングだというもの。
 フランスの漢方医のような、ハーブの大家モーリス・メッセゲにある記者がインタビューしました。
「メッセゲさん。もしあなたが、たったひとつのハーブしか選べないとしたら、何をお選びになりますか?」
 私の質問と同じ趣旨ですね。さあ、メッセゲは何と答えたのでしょうか?
 ……また来週。


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2008年02月06日

「学ぶ」という事。「考える」という事。

-「知行合一結果」岩田哲-

 「学ぶ」とは語源は「真似ぶ」(まねぶ)とされています。これは先達が見い出し確立したものを頂き、真似をする事が出来るようになるという意味です。主に基本となるべきものであり、最初に覚え守るべき事と考えていいと思うのです。私は「学ぶ」という事を「靴を履く」事と定義しました。
 この広い地球上には、足の裏に刺さるとげが無数にあります。それらのとげを全て取り除く事などできません。また、地球上にある全ての棘(とげ)から足を守るために、この大地の全てを覆ってしまう事も不可能です。しかし、自分の足を守る為にしっかりした靴を履いたなら、例えどこを歩こうとも、もう棘が足に刺さる事はなく、この地上にある棘を全て取り除いたのと同じ事になるのです。
 これと同じように、この世界には、私達の心をかき乱す様々な問題や困難が無数にあります。そして、私達に賞を与える生き物もたくさんいます。これらの外面的な問題をすべて取り除く事など到底できる事ではありません。
 この身に降りかかって来る様々な困難から身を守る為のものが、私は「学ぶ」であると考えています。
 「学ぶ」事が進むと、少しずつ少しずつ、確実に「自己成長」してゆきます。この自己成長は、靴に置き換えるならば、砂漠でも米の中も、岩場も、困難な地球上の箇所を踏破できる優れた靴を履いている事に等しいのです。まずは能力の高い自分を作る為に必要な事。それが「学ぶ」と定義する事が出来ます。
 次に、どうして困難な箇所も踏破出来る靴が必要となるのでしょうか?それは、誰もが行っていないような極地というべき自分の目的地に到達するために必要なのです。何の一歩も踏み出さず、じっとその場で足踏みをしている人にとっては、そのような高性能な靴は全く必要ではありません。人は新しい未来を切り開くという“夢”の為に、そのような学びが必要なのです。
 私はよく「夢を持つな」と教えます。始めはみんな「え!」という顔をします。そこで、「夢を持つな。まず、夢を持つ前に夢を持つ資格を取れ。」と言います。このような事を言うと、結論反論めいたものも頂きますが、自動車の運転のライセンスを持たずに車を買う人を見たら変だと感じるでしょう。子供がスーパーカーに憧れ、その親が免許の無い子供に買い与えたら笑うでしょう。
 ところが、こと夢の話になると、何故か大人は無責任に「夢を持て」とか「夢は大事やぞ」と言います。
 これは勉強もそれ程していない者に素晴らしい企画を出せ!!と、迫っているようなもんだと思うんですよね。
 まず大人は夢の大切さを語る前に、その資格を取る事の大切さを子供に教えるという事を自覚すべきだと私は考えています。 
 少し横道にそれながらも、私が次に定義する「考える」という事見えてきたと思います。
 「考える」という事は、「学び」という「靴」を履いて、自分が決めた“目的地”つまり“夢”に行き着くための方法を見い出す事だと言えます。
 ここでコロンブスの卵のような発想の転換が起こるのです。最も効率的に夢を実現させる方法は、夢を咲きにしっかりと決めて、それに必要な、必要最小限の学びをする。これが重要。人生は長くない。この短い人生で何かを成し遂げようとするならば、このように考えなければと深く反省している私なのです。
「学び」…自己成長する為
「考える」…未来を切り開く為
 そして全ては、行動し、結果を出す為にある。


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2008年02月05日

「初一念」

-「まずはそう思わなしようおまへんな。」松下幸之助-

 「初一念」は確か松下幸之助先生の言葉だったと思う。「初一念」とは、物事に取りかかる以前に、自分は「何のために」そうしようとしたのか、という事。この「何のために」という事を、京セラの稲森和夫は「動機善なりや、私心無かりしかや」として、その「何のために」を自分なりに反芻して、世の為、人の為私利私欲ではないという事を何度も自問した上で、その事業に着手してきたという。
 私はこの「初一念」という言葉を聞くと、最近研究がとても進んだ、所謂DNA(遺伝子)を思い出します。全ての生命はこのDNAの設計した通りになってゆく。サルにはサルの、人には人の。これは、最初の細胞に埋め込まれたDNAを、細胞分裂のたびに次々と複製してゆく過程の末に、1個の生命体が生まれる仕組みになっています。
 「初一念」とは、“この何か物事に挑戦し、成し遂げようと考えた一番最初に、宿していなければないらない、その人の想い”と定義できるでしょう。原因と結果の法則というものがあるそうですが、最初の原因に、結果が委ねられるという意味において、この初一念というべきものは大変重要なものだと言えます。
 DNAの仕組みは、通常私達が意識しなくても、日々恒常的に新陳代謝し、細胞がDNAどおりに入れ替わってゆきます。そのようなDNAにおいても、時にそのDNAに異変が起こり、本来とは違った一念を持ったDNAが増殖し始める事があります。これを癌細胞と呼んでいます。この癌細胞が一定異常に増殖すると、その生命は奪われてしまうのです。
 「初一念」も、まず、その初めにおいて、その一念がどのような動機によるものなのかは十二分に検討されなければなりませんが、人間の「初一念」の強さというものは、DNAのように恒常的に同じDNAを内包して増殖するものでは無く、ともすると、時が経過したり、増殖が多く繰り返される過程で、癌よりも遥かにその歪みが生じやすい性質のものなのです。イスラム教のラマダンでは有りませんが、1年に何度か、自分の今立っている位置から初一念を振り返って、その内容に変異が起こっていないかどうかを、本当にしっかりとやり続けなければ、本当に知らぬ間に異変が増殖している事となります。
 これは何も自分にだけは当てはまる事では無く、組織においては特にあらゆる社員、あらゆる部署において異変は次々と起こるものなのです。
 そういう意味において、企業においては理念(初一念)をいつも社員全員が自覚し、一挙手一投足全てが理念に則ったものになるよう企業風土を育ててゆく事が、その企業の成否を決めると私は考えています。
 人DNAが人間になる肉体的な種とするならば、「初一念」はその人が、人物となる精神的な種と言えるでしょう。そして、「理念」はその会社が社会における活躍すべき種となるものです。
 「最初に無いものは最後まで無い」林英臣先生のお言葉です。


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2008年01月30日

当たり前の事だけど、出来事には因果がある

 前回、「出来事にはそもそも色が無い」という事を書きましたが、今回は、「出来事には、そもそも原因と因果が有る」という事を書いてみようと思います。一般的にはこの原因と結果の関係を因果律と称し、仏教においては特に、この因果を強く意識しています。
 世の中で熱心に説かれている成功方則や経営理論等、成果を目論んでいる事における理論は、全てこの因果律の解明に集約されると言えます。何かを目標として行動を起そうと考えた時、強く意識する様にすると良いと思う。
 まず、目標を立てる。そして今、その目標を達成する為に、どんな原因を生み出せば良いかをしっかり考える、という様に。
 もっと単純化して私は考えます。それは「因を読み切れば結果が見える」という事です。一般には、顎を上げて目標をしっかりと見据えて歩もうとするでしょうけれども、それをやめて、ただ足元を見つめ、その足元を善なる因にする最大の努力を行うと、もっと力の集中が出来るのでは無いでしょうか。出来るだけ力を分散しないで、集中するに越した事は無いと思うのです。ただ、現代においては、因果律の多くが解明されていませんし、それぞれの分野で単発的には解明されていても、因果律という視点においてその解明を総合化する試みも、十分には成されていないと思います。
 例えば因果律研究所という様なものを作って、世の中の出来事を分類してみるなんて試みは、とても人間社会で進歩的な事になるのでは無いでしょうか?少なくともその裏付けも十分に分からない予言や、占い等というものに、世の中の多くの人々が惑わされる不幸からは解放されると思うのですが…。
 この因果律を考える際に、気を付けなければならない事があります。それは原因というものを構成するものに3つの要素があるという事です。
 1つは人に起因する原因、そして環境(社会)に起因する原因、もう1つは時代に起因する原因、この3つの因があり、それぞれが複合的に作用して、因果律を生み出しているのです。
 私もこの因果律についてもう少し注意して、その因果律の例を集め、検討し、集大成する試みをするなら未来に対してかなり正確な予測が出来るでしょう。これは、なかなか興味をそそる学問分野だと思います。今後に乞うご期待下さい。


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2008年01月29日

喪失取得の理(取得喪失の理)

 センター入試も始まり、いよいよ受験シーズン到来ですね。受験生の皆様は追い込みの勉強で必死ですよね。そんな時、胸に去来するものは、もっと早くからしっかりやっておけば良かった、という後悔の念。周りの皆は自信満々に見えて不安になる自分。今になって思いますが、誰しも例外なく本気で勉強を始める期間って、やっぱり追い詰められてギリギリになってからしか、ないんじゃないだろうか。
 実は、生命は、生存の極限に追い込まれて、始めて進化を促されるという性質を持っているからなのです。皆さんも学校の理科の時間に、動物の細胞の図というのを見られた事がおありだと思います。あの細胞膜の中に小さなホクロみたいに入っているミトコンドリアって奴。奴は実は40数億年だか40億年前だか知らないけれど、それ位に昔には単独の、所謂単細胞生命として、1匹で海の中で生きていたらしい。
 地球の大気を覆っていたガスやホコリがだんだん収まって、地球に太陽の光が差し込む様になって来ると、海ではこの太陽光を栄養にして繁殖する緑藻類というものが海で生まれた。彼らは光合成という術を使ってNO2(窒素酸化物)と太陽光とから栄養と酸素を吐き出し始めたらしい。それ迄硝酸や硫黄しか無かった地球では、それらを取り込む原始生命の体の星でした。
 今でこそ、酸素が無いと動物は生きられない様に進化しましたが、太古の地球では、原始生命体にとっては酸素は劇物、所謂毒物で、この酸素に触れてバタバタと死んでいったのだそうです。
 ある者は海底深くマグマの熱水が吹き上げ酸素の殆ど無い場所で生き残ったり、又ある者は酸素に対して耐性を持ったり、そしてミトコンドリアは、酸素の耐性が無かったので、耐性のある別の生物の体内に飛び込む事で酸素から身を守ったのです。つまり、父と母、精子と卵子との結合とは、この原始の生命の起源の記憶、そのものなのです。
 生命は、長い長い時間の中、時折襲ってくる生命の危機に遭遇する度に、突然異変(ミラクル)を繰り返し、そして進化していったのです。
 この事実から、奇跡や進化という望ましい事柄は、生命や何らかの危機の裏返しだという事が分かります。あたかも1枚のコインの表と裏のように、別々の事柄では無く、形を買えた同一の事柄だと言えます。
 もう1つの例をお話しましょう。例えば何かの事故か病気で目が見えなくなったとしましょう。最初はとても戸惑いますが、少しずつ視覚を失ったおかげというか、代わりに、聴覚と触覚がその不足を補うために発達を開始します。視覚を失ったという一方で、鋭い聴覚と触覚を得る事になるのです。
 また、サバン症候群と呼ばれる一部の人々は、頭の一部に損傷を持つが故に、ある特殊な分野に超人的な能力を発揮します。ダスティン・ホフマン主演の『レインマン』という映画がサバン症候群の人を描いた作品です。
 人間に限らず、生命として今日まで生存してきた種には、潜在的な能力がほとんど眠ったままになっています。それは“火事場のバカ力”の様に極度に追い詰められないと目を覚ます事は無いのです。
 私はこの理論に基づいて、あらゆる意味で自分を追い込もうと考えました。それが私という種の飛躍的進歩へとつながると確信しているからなのです。この重圧を繰り返している内に、それがあたかも快感とは言わない迄も、平常心を乱すものとはならない様になってきます。
 あのイチローも、2007念の後半当たりから、自分自身と戦ってきた野球人生だった。ところが、2007年の後半当たりから、自分との戦いではなくなり、ライバル(敵)との戦いに変わったと、テレビ番組で述懐していました。彼は、この自分との戦いという重圧の世界を超え、次の階段へ足を踏み入れたのでしょう。イチローと比べるのは不遜かもしれませんが、今、正に私もイチローと同じ境地です。
 脱サラをして17年、昨年『経営者大学卒業論文』と題して、自分の経営者もどきを総括したのと同じ年のイチローの言葉は、とても私の胸に響いてきました。大局的な視野で見るならば、喪失に見える事が実は取得であり、取得であると見える事が実は喪失であるという事は真理です。要するに、視点をどこに置くかによって、その事柄には意味が生まれてゆきます。起きた事柄自体に色がある訳では無く、その事柄に受け手の気持ちという色が塗られた時、その事柄には、色が与えられるのです。
 ある人にとっては暗い色に、ある人にとっては明るいパステルの色に。実は世の中の出来事には色がない。その出来事に色を着け、意味をつけるのは、各々の個人の価値観でしかないという事に、今一度気付いて欲しいと思います。

2008年01月28日

「我は哲理をするように罰せられている」

 最近私はよく強度の頭痛に見舞われます。よく言えば、考える事への集中力が高まったからとも、言えるのですが、悪く言うと足りない脳ミソで考えようとするから、頭はオーバーヒートしてるとも言えます。
 肩が凝るとキューと詰まって来る様に、脳ミソ自体がキューと固く凝ってくる感じがあるのです。脳ミソも極度に緊張と緩和を繰り返しているのでしょうね。きっと。どうも肩凝りも頭痛も十分な睡眠と休養で回復するのでしょう。
 この考える、という事が多いのは、今に始まった訳では無く、幼少の頃からそんな子供でした。いつも自分の理屈というものを持っていて、それが両親とぶつかり、いつも可愛くない子供とレッテルを押されていました。よく両親が「阿呆な子ほど可愛いというけど、ほんまやなぁ…」と呟いていました。私は私らしく一生懸命に生きていただけだったのに。
 高校生のある日、世界史の授業でデカルトの言葉に出逢った瞬間に、私はハタと膝を叩きました。その言葉は、「我は哲理をするように罰せられている」と書かれていたのです。あ!デカルトも前世の因縁か何かで、物事をどうしても、哲学的に考えてしまう性向が自分でもどうしようも無かったんだ。な~んだ。そうなんだ。私と一緒じゃん。そう思った瞬間とても心が軽くなったのを今でも覚えています。それからは、悩む事なく心おきなく悩む(考え込む)自分を肯定する様になったのです。
 命というものは「カオスの縁」において最も活発化するという事も解明されてきました。又、松下幸之助先生も自分には学が無いという事をプラスに転化する為に、誰よりも物事を深く考えられたという事も知りました。次の様なエピソードがあるのでご紹介しましょう。
 松下幸之助先生は西宮の自宅とは別に、京都東山南禅寺の近くに真々庵という和風の別荘を持っておられた。こちらへ避難し、愛しい人の胸の中でゆっくり自分を解放されておられたとか…。私も一度林先生に尋ねた事があります。
 「私の尊敬する松下幸之助先生も京都に愛しい人が居られたと聞いていますが、そもそも歴史上でこんな人がいない英雄というのはいるのでしょうか?」と林英臣政経塾主宰の林先生に尋ねた所、先生は「おそらくこの世から英雄はいなくなるでしょうね…」とのお答え。やはり。イロは英雄を好むのだ。という事は、今の政治家諸氏は、この表向きの建前と本音の現実の狭間で、たいそう苦慮している事でしょう。私の後輩の民主党の細野豪志君も、豪志の名の通り、豪快に1 発かましてしまいましたね。
 話がかなり反れたので元に戻しましょう。この真々庵の庭の手入れをしていて、松下幸之助先生が気付いた事。数日間所用で真々庵を留守にして帰って庭を見ると、あちこちに雑草が生えている。その雑草を抜きながら、経営も人の心も、いつもの様にすぐに不平不満や、手抜きが生じてくると気付いたというのです。松下哲学とは、まさに、日々の小さな出来事や自然を全て師として、それぞれの出来事に秘む真理を探求しよう、という心掛けから生まれた松下幸之助先生の、日々の気付きの集大成です。
 私はこの松下哲学をもらったその上で、自分の気付きを上積みして、次世代へと引き継いでゆきたいのです。
 日本の国技、相撲道では横綱に胸を借りて強くなった力士が、横綱へ対する恩返しとは、本場所の土俵で横綱を土俵に投げ飛ばして、土をつける事だとされています。今は既製の概念やシステムに取り込まれ、それを超えようという若者が少ない時代です。1人1人が小粒になった様に思うのは、私だけでしょうか?
 先達に学び、先達を超えて恩返しをする。それ位の気概を持って欲しいものです。私は石田梅岩先生、松下幸之助先生に学び、超える事で恩返しをしたいと思っています。私の名前は「岩田哲」と、お二人には無い、正に哲学の申し子たる名前が付けられているのです。「我は哲理をするように罰せられている」の名言は、私の為にあると勝手に思い込んでいる目出たい奴なのです。


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2008年01月27日

雪が溶けたら、さぁ、何になるのかな?

 寒さが厳しくなり、日本列島の殆どは雪模様の今日この頃ですね。さて、ここで問題です。
 「雪が溶けたら何になる?」
 …別に私はナゾナゾを始めようという訳では有りません。「雪が溶けたら何になる?」と尋ねられて、あなたは即座にどの様な答が頭に思い浮かびましたか? 「水になる」と浮かびましたか?大抵の方はその様な答が浮かぶらしいです。でも、こんな答え方をした人もいたと思うのです→「春になる」…何となく素敵な感じがしませんか?前者は科学的なアプローチ、後者は情緒的なアプローチの様に感じます。
 現代の私達は科学が発達し、科学万能の上に築かれた教育制度の中で幼少期を過ごして来ましたから、自分でも意識する事無く、「正確性重視」の脳へと偏った形成をさせられてしまっているのです。物事を考える時、バランスの良さって大切だと思うのですが、そのバランスを取るという自意識が形成される以前に、周囲の大人達に因ってバランスを欠いた自分に育てられている事を認識出来無いのは、卵から孵ったカルガモのヒナが生まれて最初に目の前で動くものを母親として刷り込まれて、飼育係を母親と認識し、飼育係の子供と思い込むのと同じです。
 世の中には、法に触れていなければ良いとか、損得が判断材料になる等、多くの出来事を善悪良否で判断し、人々の最も原初的な根元としての「本心」を意識する事に目が向けられなくなって久しいです。つまり人々は出来事を心で判断する前に、前頭葉がシャリシャリ出て来て、頭で判断するようになっている事や、表層的な部分を見ているだけって事に気付けなくなっているのです。何となく違和感を感じるのだけれど、理屈は通っているなんて事を感じた事は有るでしょう。頭で判断する典型は、言葉の問題に顕著です。愛の有る人と愛の無い人が、同じ様に「愛してるよ」という言葉を発したとしても、「愛してるよ」という言葉は同じですから、前頭葉は言葉の同一性に意識を奪われてしまい、同じ様に受け取ってしまいがちです。心は何と無く違うよと信号を発しているのに、それを抑圧するだけの意識を持つが故に人々は不幸になりました。現代は賢いというかずる賢い人が出世する世の中になりましたから、甘い言葉はとても便利な道具として、今日よく用いられています。大切なのはバランスです。「五知」に偏った自分のバランスを取り戻すには「五感」を意識する必要が有ります。
 今日は「五知」と「五感」を説明して、コラムを終わりたいと思います。
 まず「五知」とは「読む」「書く」「算じる」「覚える」「まとめる」という5つの知識の総称です。主にこれは頭というものを使って物事を知るものです。余談になりますが、この「五知」を使って未来を推察する事を「予測」と称しています。次に「五感」ですが、これは「見る」「聞く」「触る」「味わう」「嗅ぐ」という5つの能力の総称です。これはどちらかというと「勘」「第六感」という様な感覚を使って物事を知るものです。
 「五知」と「五感」両方を使って未来を推察する事を「予知」と称しています。「予測」とは天気予報、「予言」とは占い、「予知」とは経営という様に私は理解しています。以上の分類法から導き出される様に、最も正確なのが「予測」、最もいい加減なのが「予言」、その間に有る最も人間らしいダイナミズムを持つ領域が「予知」と言えるでしょう。
 正にこの「予知」の領域こそが人理学(私が名付けたもので物理学と対する、人を解明する学問の事)の真髄で有るのです。


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2008年01月26日

知恵の人、松下幸之助先生

 昔の松下電気は、今の様に家電量販店というところで松下の製品を売る事はなかった。最も、そういう量販店自体存在しなかったのも事実ですが、当時は、ナショナルショップという販売協力店でのみ商品を販売していた。私は、倒産した店や所有者が亡くなった家の中の、いわゆる不要品というものを処分する事を時々依頼されます。その中から価値のある古物を買い取る事も同時に頼まれます。
 例えば…ある時、天王山の戦いで豊臣秀吉に負け、落ち延びる途中に竹槍で明智光秀が殺された場所の近くの、倒産したナショナルショップの古物の買い取り依頼が有りました。3階の屋根裏に山の様に積まれたゴミの山でした。そのゴミの山の中を丁寧に探していた時の事です。額に入って「力斗向上(りきとうこうじょう)」と書かれた色紙が出ていました。横には松下幸之助と書いてありました。これは松下幸之助先生が、ナショナルショップの店主に自ら書き贈ったものだったのです。しかし、私には、松下幸之助先生が、私に対し「“力斗向上”の精神で、私の後を継いで下さいよ」という思いで書かれたものだと確信できました。
 石田梅岩先生を学び、松下幸之助先生を学び、今時代を超えて師弟の契りを頂いたものと、それはそれは感銘を受けました。孔子の没後約100年後に現れた孟子によって、その思想がより完成させられた様に、私は松下幸之助先生から託されたものと確信したのです。今、その色紙は五條楽園英徳館に飾られ、私達を見守っています。その色紙と奇跡的な出来事からほどなくして、これを超えられる様な奇跡に巡りあう事となったのです。それはある講演会の席でした。その方のお話を聞くのは2度目の事でした。1度目は岐阜で“織田信長”を、2度目は京都で“日蓮”についてでした。その日蓮のご講演の後、何と、その講師の先生は私の隣の席にお座りになったのです。それが松下幸之助先生から国手(こくしゅ)となる約束を交わされた、松下政経塾1期生の林英臣先生でした。私はその機会に、中国の故事「伯楽天」にちなんで「真の駿馬は野に在りや。現代を伯楽たる林先生は如何に…」の様な生意気な質問をさせて頂きました。それを聞いた林先生は「“伯楽が見い出し王葬(おうもう)が育てる。”か…」と、つぶやかれたまま、じっと腕組みをしたまま黙ってしまわれました。私はこのお姿に尋常ならぬ縁を感じ、私だけのある仏縁を調べる法を使って、林先生と私のご縁を試してみる事にしました。結果は、現在五條英徳館において行動を供にする事となった事が全てです。
 もう1つ、10数年来行き来が途絶えていた知人が、急に私を訪ねて来ました。そして、藤木相元という方の名前を告げて帰りました。そして、その後、その藤木先生の講演会というものの案内が届きました。これも縁かも知れないと感じ、まずその方の著書に触れようと書店へ行きました。そして買い求めた1冊に、松下幸之助先生との因縁を知る事となったのです。
 藤木先生は阪急電鉄の創始者で、宝塚歌劇団の創設者でもある小林一三翁と親交があり、ある時、有馬温泉で小林翁の計らいで松下幸之助先生を招招された。その時のエピソードの一節です。
 松下翁は「知ってまっしゃろ。ワテは小学校4年生しか出てまへんねん。学問はおまへん。知識もおまへんなあ。これは悔しい事でっせ。小林さんの様な高等教育を受けてまへんねん…」小林翁は慶應義塾大学を卒業後、三井銀行に入り、その後箕面有馬電軌(のちの阪急電鉄)の設立に参加したという十分な学歴を持った人でした。「何を言われます。知識というのはお金で買えます。しかし、松下さん、知恵というものはお金では買えません。松下さんの知恵は松下さん1 人のものです。これからの時代は知恵が知識を使う事が大事だと思います。これからの平和な時代は、知恵が知識を使う時代です。恐ろしい戦争は知識が始めた事です。知識が世の中を牛耳ると世の中が傲慢になります。知恵者が知識を使うという事が正しい順所なのです(『強運指南』藤木相元より)。」この日以後、この藤木氏の運は一気に開けていったそうです。
 私は、この様な事から、自分(あるいは私達)の天命は、知識偏長の世の中に、「智恵の大切さを知らせる」その役割を担っているものと自覚するに至ったのです。
 この「智恵の大切さ」を知らしめてゆく、第1歩として、林英臣政経塾天命講座が開かれて3年目。そして、今年の3月より新たに寄宿制の京都2世塾(定員 2名)が、この五條英徳館にて新たに開講される事となりました。林先生と私は石田梅岩先生、そしてその系譜にある松下幸之助先生の遺志を受け継ぎ、本当に松下幸之助先生が伝えたかった“思い”を次世代に伝えて行きたいと心から願う今日この頃です。


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2008年01月24日

吾唯足知(われただたるをしる)

 最近は下水道が発達し、汲み取りのバキュームカーのあの田舎の香水の臭いをめっきり嗅がなくなりましたね。あの強烈な人間臭、あれが私達の体から排出されたモノの臭いという現実から人を遠避けました。確かにあれの臭いはきつい。これが人間の体の中にあるなんて…。
 それから、おじいちゃん、おばあちゃんが死んでゆく過程を、子や孫が日々に看取るという事も無くなりましたね。家族に下の世話をして貰いながら、早くお迎えが来て欲しいと、ただただ祈る老人の姿を目に焼きつける場を現代は奪ってしまった様です。奇麗なモノだけを見て、汚いモノには蓋をする。文化の進歩は、環境も、現実も、そして人間そのものの存在自体にも、“臭い”生き方を許さない様な世の中になった気がします。
 戦後は民主主義が導入され、個性の尊重が叫ばれ、どんどん個人主義になってきました。ところが日本という国は、1300年程「和をもって尊しとなす」という大和の精神が息づいた国でした。そこへ個人主義がミックスされたものですから、とても中途半端な個性が花開いた様に思います。
 例えば、破れた様なジーンズ、金髪、ずり落ちたズボン。確かに多くの中からは浮き上がっている個性と言えば言えるかも知れませんが、実際、日々町中でも見かけるレベルの個性ですね。世間で言われている個性と言うものは「人並みは嫌だけど、孤立するのはもっと嫌。要するに内から沸き出してくる自分らしい個性では無く、周囲と比較した上で、これ位がちょうど良い」という様な、いわゆる自分にとってのハマリ役を探して演じているに過ぎないレベルの個性の様な気がします。
 ワガママは「周囲に受け入れられないその人の性癖」個性は「周囲に好ましく受け入れられるその人の性癖」と私は定義しています。大体この範疇で皆さん収まってしまうのですが、中に、この上を行く“臭い”生き方をする人がいます。あまりこういう人はテレビには出演出来ませんから、めっきり触れる機会が減りましたね。というのも、局のイメージとか番組コードに引っ掛かったりして、扱いにくいですから。
 私達は、この世に自分が生まれた意味について考えを巡らす時、「自分らしい人生とは?」「自分らしいとは?」と無意識に問いかけて無いでしょうか。多くの人が“自分らしい”を探している様に見えます。“自らしい人”というのは、儒教的“らしい”の到達点の様に思います。そして、日本が儒教的な国だからこそ、この様な生き方を模索して疑わないのでしょう。
 私は、“異彩を放つ”という存在感や独特の気を発している様な人を目指したいと思っています。それは、その人が“臭い”生き方をして来た到達点の様に思うからなのです。その“臭い”事こそが、その人の命の輝きに感応した結果だと思います。個性的とか“らしい”を超えた存在感がそこに生まれ出ずる事となるのです。
 この“臭い”生き方は、老子的な深い深い探求の後に、自ら天命を大悟するという過程を経て身に付く場合、そして生まれながらに、正に天然的に、何の心配も無く天真爛漫に生きた結果のどちらかだと思われるのです。老子はこの様な生き方を豊かな生き方だとしています。出来無い事だらけの魅力いっぱいの人には、多くの人々が集まって、その人の出来無い所を支えて、盛り上げ様としてくれる。結果、却って、少しばかり個性的で賢い人より、人生が豊かになると言っています。こんな考え方、した事ありました?素敵でしょ。
 その人“臭い”という事は、人から一目置かれる生き方で、自分“らしい”を超えて自分“臭い”生き方を貫く先に達する境地です。
 自分の命を思いっきり輝かせる、それ以上でもそれ以下でもない自分を、しっかりと覚悟した胆が出来上がると、その人の潔さがその人の“存在感”となり“気”が発せられるのです。
 ただ、日本は圧倒的に常識人の国、和の社会ですから、なかなか受け入れて貰えない。でも、受け入れて貰う為に生きているんじゃないんだ、としっかり胆に銘じて、自分臭く生きて欲しいと思う。上手く話せなくたって良いじゃないか。熱く語ろう。上手く書けなくても良いじゃないか。熱く書こう。上手く生きなくったって良いじゃないか。自分臭く熱く生きよう。自分の魂を納得させたれるのは他人じゃない。自分自身。「この人が好き!」、だからそばに居たい。そんな男になれたら良いな。


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2008年01月22日

イロ、英雄を好む

 私塾、京都心学塾五誓の中に「常に現象から本質へ目を向ける」という誓句があります。この言葉は、かれこれ15~6年前に、無門流空手の創始者、富樫先生に教えて貰いました。無門流空手の富樫先生というより、『空手バカ一代』に出てくる極真空手の強者で山隠りをしていた、あの富樫選手と言った方が多くの方は「ハイ、ハイ」とお分かりになられるのでは無いでしょうか。富樫先生は何しろ男前、しかも自信に溢れているから、立居振舞いが堂々としておられる。にも関わらず、少しも威張ったところが無い。正直惚れちゃったね。しかし、先生の凄い所はそれだけじゃ無い。“国家百年の大計”という日本の立て直しを自ら目論み、哲学的にそれを考え構築されているところが凄い。『空手カシコ一代』って感じだなあ。その先生が教えて下さったのが、“現象から本質へ”という言葉でした。その時の説明に引用されたお話をします。
 “車を速く走らせる”という命題が有ったとします。この命題に対して、アメリカ人は「スピードが出るなら、大きなエンジンが必要だ。形は一番速い乗り物、ロケットに似せたら良い」という現象論的アプローチをし、出来上がった代物がアメ車という、俗に言う車速です。一方ドイツ人は「スピードを出すためには、空気抵抗を下げながらも安定した走りにする形状を見つけ出さなければならない。そして出来上がった空力ボディにベストな組み合わせのエンジンを選び出す」という本質論的アプローチをして、出来上がったドイツ車は、今や世界を席巻するに至りました。この様に目に見える現象的なものに囚われるのでは無く、その裏に秘む本質をしっかりと見抜く目を持たねばならないとおっしゃっていました。
 次にそれぞれ実力が伯仲している有段者の空手家2人を対峠させ、真剣勝負を見せて下さいました。それはただ一定の距離で見合いながら、身じろぎもしない時間が過ぎてゆくものでした。先生曰く、本当の真剣勝負で実力が伯仲した者なら、その理由を知らずに見た人は、2人が向かい合ってじっと立っていると見えると教えて下さいました。つまり、現象的には見合って立っていると見えるのです。
 私はその日からいつもお頭の中で「現象から本質へ、現象から本質へ…」と唱える様になりました。どの様にしたら本質が見える目と脳が手に入るのだろう。その訓練を重ねてきました。昨年12月に掲載した「悲しきスケベ親父に贈る」のコラムはまさに「現象から本質へ」という視点で分析したものです。親父達がスケベなのでは無く、人間の女性が発情期を失ったが故に、常時発情しなければならなくなった人間の男性達の悲哀の現れという姿こそが本質的なものなのです。
 同じ様な視点から見たものに、親しい先生から教えて頂いたもので、“英雄、イロを好む”という言葉がありますが、「岩田君、あれは間違いだよ」女性の本質から考えると、無意識の内により強い子孫を残そうという意志が働いて、真実は“イロ、英雄を好む。”が正しい。イロが英雄を好んだ結果、英雄がイロを好んだ様に現象的には見えるのだと教えて頂いた。
 「う~ん。なるほど、“イロ、英雄を好む。”かぁ…」


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2008年01月21日

お布施についてのお話

 皆さんはお布施というと、いつもお坊さんに包むお金というイメージがありますね。これは3種類有るお布施の中の、物で行うお布施の1種でしか有りません。お布施というものはもっともっと数多く有るのです。そして、お布施を世の中に対して、いっぱい、いっぱいしている人は、その貯まった量に応じてどんどん運が強くなったり、友人に恵まれるという仕組みになっています。この目に見えて運が強くなる迄には、とてもとても長く、たくさんのお布施を積まないといけないのです。でも、これをやるしかないのです。少しでも若い内からこれを知って、しっかりと毎日を過ごす人の事を「大器晩成」と言うのです。私はその様に解釈しています。
 さて、お布施には、財の有るのと無いのとで2種類あります。自分の畑で採れた野菜をご近所にあげるとか、里帰りした時のお土産をあげるとか、お坊さんにお金を包んで渡す等は財のお布施になります。その様な財を持たない人でも出来るお布施を、仏教では主に「無財の七布施」と言っております。

 「無財の七布施」とは…
1.眼施(げんせ)優しい愛情の有る目で相手を見る
2.和顔悦色施(わがんえつじきせ)穏やかで微笑みを讃える顔でいる
3.言辞施(げんじせ)一言一言に注意を払い、思いやりのある言葉をかける
4.身施(しんせ)自らの身体を使って相手に尽くす事
5.心施(しんせ)相手に対する思いやりの心配り・気配り
6.床座施(しょうざせ)場所や席を人に譲る
7.房舎施(ぼうしゃせ)身の回りを綺麗にする。

 相手の人に小さくても居場所を提供する、電車で席を譲る等、私は実はこの無財の七布施というものは社会で生きてゆくには、特に気を付けなければならない重要な事だと思っています。学歴や頭脳明晰な事(うさぎ)より、無罪の七布施を毎日どれだけ積んだか(カメ)という事の方が、実はとても晩年には大きな成果に結びつくと考えています。いつも人と会う時にこの七布施を心掛けていると、相手の人は、みんな好意を持って下さいますし、良い噂や情報をもたらせて下さいます。
 仕事における一番大切な情報というものは、人を通じてしか決してやって来ません。年を取れば取る程、お互い社会的にも地位が上がっているので、もたらされる情報も大きなものになります。何より、神様からのご褒美は、お布施をした人にしか与えられないのです。
 次にお布施の分類は、種類分けすると3種類あります。ひとつは物施(ぶっせ)物やお金でするもの、次に体施(たいせ)自らの身体を使ってするもの、最後に法施(ほうせ)物事の道理や道徳、気付きを人に与える事です。これも私の考えなのですが、この物施・体施・法施の順で、陰徳の貯まる量が大きくなるのです。ですから、生きている内により多くの陰徳を貯めようと決心するならば、物施より体施、体施より法施を多くしなければなりません。ところが、この法施を出来る様になる為には、多くの学びと多くの経験を積まなければなりませんので、そう簡単には出来ないのも事実です。だからこそ、若い内は「無財の七布施」をしっかりと意識して、毎日自然に出来る自分になれる様に努力するのが大切だと言えるのです。政治や仕組みで世の中を平和にするのも大切ですが、この「無財の七布施」を1人でも多くの人が心掛け、自分の身の回りを明るく照らす事こそが、正に「一隅を照らす」事になるのです。その和が明るく平和な世の中になると考えるのは私だけなのでしょうか…?


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2008年01月20日

ちょっと陰徳の事についてお話しましょう

 福澤諭吉先生の“心訓(こころのおしえ)”というのが有ります。ご存知でしょうか?英徳館の事務所にも額に入れて掲示しています。私はこの“心訓”に初めて出会った時から、この訓え通りに生きようと心に決めました。昔の人のように堅苦しく無く、とても自然に私の心の中に染み渡りました。今でも何度も何度も読みます。名画を何度観ても飽きない様に、いつも新鮮に心に染み渡ります。この“心訓”については、又改めて触れようと思っています。
 今日はその“心訓”全7条の第5条「世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕し決して恩に着せない事です」を紹介したいのです。これは、正に、今日の話題の“陰徳”の大切さを福澤諭吉先生が述べた事に他ならないからです。
 陰徳とは広辞苑によると、「人に知られぬ様に施す恩徳」と有ります。ここで大切なのは「人に知られぬ」という事です。これは何もわざわざ隠れて良い事をしなさいという事ではありません。私が解釈する所、日常、あたかも相手に全く気付かれる事なく、ごく自然にさり気なく成される事と理解しています。殆どその人の性質と言える位に当たり前に成されている事が重要だと思います。
 この陰徳と説明するのに、お金に例えると分かり易いでしょう。例えば、洋服が欲しい、車が欲しい、美味しいものを食べたい等、個別に異なる欲望で有っても、お金という1つのもので解決できます。貯金を取り崩して、その欲望に見合う対価を支払えばその欲望は満たされる。一方で、欲望に見合う対価を満たしただけの額の貯金が失われる。ちょうど、この貯金にあたるものが陰徳だと思っていただければ分かり易いでしょう。
 ただ、陰徳はお金よりももっと広い範囲の欲望をも満たす事が出来るその元手と考えて下さい。例えば、有名になりたい、選挙で当選したい、良い縁に恵まれたい等、お金では解決出来無いもの迄も、陰
徳を取り崩せば手に入れる事が出来るのです。この陰徳を取り崩す事によって得られるものを総称して「陽徳」と言うのです。ところが、今の世の中では、この仕組み、あるいはこの理論を知らない人が実に多い。というのも、これを教える親や、道徳の時間が敗戦後めっきり少なくなってしまったからなのです。
 この事が恐ろしいのは、陰徳が十分貯められていない若者が有名になったり、ベンチャー企業のオーナーになったりする事なのです。何故恐ろしいのかと言うと、陰徳を全く意識せずに陽徳を追い求めてしまっているからなのです。
 陽徳と陰徳の負の差が大きい、つまり陰徳の借徳(借金)が多い人生ですから、多くの人生上の問題が発生するのも止むを得ません。ただ、陰徳は世代を超える力がありますから、例外的に先祖の貯めた陰徳の食いつぶしで、本人の積善なくても障りが起きない場合もあるにはあります。これとても、食いつぶした先はトラブルが発生します。船場吉兆や赤福にそれを見い出します。
 このトラブルに見舞われているにもかかわらず、根本的解決として陰徳からのアプローチを試みている様には到底思えません。多くは破産をしたり、人を騙したり、新興宗教に入信し自分を騙したりと、人々は迷路に迷い込んでいます。
 陰徳を積む方法はただただ機会ある毎に、相手や世の中に対して、布施業を行う事に尽きます。それ以外に方法はありません。
 お布施というと、お坊さんの法事にするお礼で、お金であると思っている人が殆どでしょう。これはほんの一面で、布施の本質では有りません。では、陰徳と布施の関係についてですが、又明日お話したいと思います。


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2008年01月17日

心学のススメ

 私は京都心学塾という私塾を主宰しています。元々の源流は、江戸時代、今から240年程前に、石田梅岩先生が商人の身で在りながら自ら身に付けた生活哲学を世の為に広めようと、40歳過ぎて一念発起し、今の烏丸御池近くの借家で、町人に語り始めたのが最初です。当時、学問や哲学等は、武士階級だけが正式に学ぶ習慣があっただけで、町人は学とは縁遠かったのです。その様な町人に対し、「席銭相要り申さず」つまり、全くの無料でお話しましょうという事で始められた。
 その要締は“正直である”という事と“倹約”という事に尽きる。今日「もったいない」という日本語は、世界的に知れ渡りましたが、この倹約の思想がその源流なのです。『都鄙問答(とひもんどう)』と『倹約斉家論(けんやくさいかろん)』の二著を残されています。
 この心学の何が凄いかと言いますと、幕末に、私塾・藩授併せてこの石門心学門下に公称150余りあったという事です。一説には180になろうと言われておりますのが、これはとんでもない数と、とんでもない影響力を我が国に与えたのです。しかし、その説く所が生活哲学であり、あまりに今の日本人(正確には戦前迄の)に当たり前の血となっているので、気付かない程私達の血肉となっているのです。
 例えばおこずかいを貰った子供が貯金をしますね。別に私達日本人は何とも思わない。しかし、これは世界の常識では異常な子供達なのです。この貯金をする習慣のある子供を持つ国は世界で2カ国と言われています。1つは日本、もうひとつは日本精神を輸入した国、つまり台湾です。知っておられましたか?
 その石門心学を講義する塾が今では京都では絶え、大阪と東京の2ケ所となっていました。私は、石田梅岩先生のご生家を訪ね、現当主の石田二郎先生にお願いし、京都で心学を名乗るお許しを頂きました。石田梅岩先生、松下幸之助先生と同じく、商人として生きてゆく中から身に付けたイワタ哲学を、京都五條の地から誇りたいと思ったのです。形ある遺産だけが京都ではありません。
 この石門心学は、伝えていかなければならない不易の学なのです。又、大切な大切な日本精神の核となる哲学なのです。もう一度私は世の中に石門心学の存在を知らしめたいと思うのです。
 この広い地球には、足の裏に刺さる刺が無数にあります。それらの刺を全て取り除く事など出来ません。地球上にある全ての刺から足を守る為に、この大地の全てを覆ってしまう事も不可能のです。しかし、自分の足を守るためにしっかりした靴を履いたなら、何処を歩こうとも、もう刺が足に刺さる事無く、地上の刺を全て取り除いたのと同じ事になるのです。
 心学はこの靴の様に、世の中で生きる為に自分を守る靴になる事が目的なのです。“当たり前だけれど絶対に大切な事。”これが中心となる哲学です。そう言う意味では、あんまり驚く様な知識や考え方は話しません。あくまで人としての当たり前に主眼を置いてます。
 釈尊も「私達は自分自身が煩悩という他の力に支配されている。」という事を知らなければならないとおっしゃっておられます。
 煩悩の中でも、特に主要なものが貧(とん)【執着】、瞋(じん)【怒り】、痴(ち)【無知】の3つの煩悩で、これらは私達の命を脅かす毒の様なもので、特に三毒と呼ばれています。その中でも諸悪の根源となっているものが無知の心で、この無知の心だけは、全ての煩悩の中に行き渡って存在しています。ここで言う無知とは、単に物を知らないという事による混乱した状態だけでなく、全てのものの究極の有り様を理解せず、それに対して間違った考えを持っている心の事を差しているのです。
 少しでもこの無知から脱却するためには、自らすすんで智慧を求める心を持たなければなりません。私達の体の行い、言葉の行い、心の行い、全ての行いは智慧の泉から湧き、流れたそれぞれの川なのですから。全てはこの智慧の泉そのものにこそ、その根源が宿るのです。人は生まれただけでは、雄と雌でしか在りません。智慧を学び自ら考える事を通してしか、男または女、そしていずれ人物になる、という事は有り得ないと言えるでしょう。

京都心学塾 開催日程
1月26日(土曜日)PM8:00~12:00
遠方の方は宿泊して貰えます。全て無料。開催は毎月第4土曜日です。ご興味の有る方は、どうぞお気軽にお越し下さい。場所は英徳館2階講義所。地図はホームページ内のTOKI-WA-SOH MAPと同じ。入口も同じです。


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2008年01月06日

“積極的すなおさ”とユダヤの思想

日本人もユダヤ人も世界中でも稀な、勤勉で向上心の旺盛な民族だとされてきました。ところが、実際の世界の中で両民族の立場や活躍の場を見ると、明らかな違いがあります。
 日本人は政治や外交はからっきし苦手で、製造業という技術練磨の分野において顕著な活躍をしています。これは“学び上手”から来る伝承力に拠るもの。“学ぶ”の語源は“真似ぶ”から来ており、いかに先達の教えを正確に受け継ぐかという点が問われます。
 松下幸之助先生も“すなおの十段”になりなさいとおっしゃっていましたが、それは製造業という職種においてはかなり有効なメッセージであります。何故なら、日本人 に“すなおさ”ってどのような事なのかを問うと、辞書には以下の様に書かれていました。
 1.ありのままで、かざらないさま。
 2.さからわないさま。従順。
 これが、日本人の中にある観念であり、私はこれを“消極的 すなおさ”と定義しています。日本民族は“消極的すなおさ”に優れた民 と考えています。
 一方、ユダヤ人は、政治・経済・外交というリーダーシップの分野と科学(社会科学)における研究分野で顕著な活躍をしています。これは、“教え上手”からくる創造力に拠るものです。彼らはユダヤ人とその教義においては大変忠実である(すなお)が、その解釈においては、個々に委ねられるという側面を持っています。
 では、少しユダヤ人について触れてみましょう。
 「全世界に1300万人いるとされているユダヤ人。その割合は世界人口の0.2%にすぎないが、彼らは有史以来、数多くの創造的な人材を生み出し、世界の歴史を動かしてきました。例えばノーベル賞1つとっても、1901年から2006年の受賞者の23%がユダヤ人であります。又、米国のユダヤ人は人口の 2%に過ぎないのに、富豪の上位400家族のうち23%を占めています。何故、この民族はこれ程多くの成功者や天才を輩出出来たのか?
 そのカギは思想(ユダヤ教)にある。その中でも、特筆すべきものに「教義」と「安息日」があります。
 まず、彼らは幼い頃から徹底してユダヤ教の教義を学ばされる。ユダヤ教はキリスト教の様に“祈る”宗教では無く、1人1人が“学ぶ”宗教である。信じる事と学ぶ事の間には大きな差があります。単
に祈るだけでは、宗教は実生活に生かせない。聖典に書かれた考えを自分なりに消化、発展させてこそ、生活に役立てる事が出来るのです。
 子供の頃から「タルムード」などの教典を何度も繰り返し読み、又聞かされます。学習において最も基本となる暗記を、子供のうちからしっかりと身に付けさせます。勿論勉学は習うだけでは不十分で、自分なりに解釈して初めて力となります。則ち、思考力を養わなければならないのです。思考力を付ける最も効果的な方法は、常に自分なりの疑問点を持つ事。そこで子供は、とにかく質問する事をしつけられる。自分なりに考え意見を持たないと質問は出来ないので、子供は自然に“考える事”を身に付ける様になる。そして男子が13歳になると「バール・ミツヴァ」という儀式が行われます。
 少年は、この日会衆の前に立って、ユダヤ教の戒律が記された“トラ”の一節を朗読し、その教えについて自分なりの解説を加え無ければならない。自分なりの解釈を行うためには、かなりの学習が必要であります。ユダヤでは受け身の学習は歓迎されない。彼らは「バール・ミツヴァ」の儀式に象徴される様に、教典を自分の力で解釈し、そこから新しいものを創造する事が真の学習であるとします。
 次に「安息日」についてですが、その習慣は日本人の生活とは全く異なるものです。日本人は休日というと、疲れやストレスを発散するための効果を期待します。従って、休日にはゴルフや旅行等“外”に向けた活動をしがち。一方、ユダヤ人は逆。休日には家にいて家族と過ごす。そして何より“自分”と過ごす。休日は、静かに自分を見つめ直すための時間なのです。
 ユダヤ教では、“内省”する事の重要性を教え続けて来ました。人間は内省無しに成長する事はあり得無いのです。反省し、自分の課題を見つけ、それ を解決してゆく事で伸びてゆける。」(加瀬英明著「ユダヤの訓え 大物になる勉強法」参照)
 “すなおさ”を掘り下げて、“消極的すなおさ”と“積極的すなおさ”に分類し、その類型として日本人とユダヤ人を当てはめたのは、私が最初である。これについては、松下幸之助先生も十分明確にされていなかったと考えています。
 私達日本人は漠然と“素直”と言えば“消極的すなおさ”を発揮し、伝承に長所を発揮して来ましたが、これからの日本、中でも指導者となる超エリート集団においては、絶対的に重点を置いて“積極的すなおさ”を身に付けなければなりません。そのために、まず、1人1人の中の“すなおさ”の概念を“学び上手” から“考え上手”なものに転換する必要があります。自分の中に入って来たものについて“是は是、非は非”としてはっきりと峻別し、“是なるもの”はしっかりと腑に落とし込むという、しっかりとした“積極的すなおさ”を発揮して欲しいのです。


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2008年01月01日

「タテイト」について今一度考える

 新しい年になり、いよいよ私は50歳という節目を迎えます。
 「陰徳を積む」「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、この2つの言葉を胸に、49年を過ごして来ました。明日をも知れない命で、その2つの言葉で生きようとしていたある日、「そんな事を思案している内に死んでしもたら元も子も無くなるんじゃないの?」と問われ、迷う事無く「もし長生きしてしもた時、後悔するのが嫌だから!!」と答えたのが、まるで昨日の様です。心では唱えていても現実の自分はどれだけ鍛えられたのだろうかと今更ながらに思います。「少年老い易く学成り難し」正にこの心境です。
 そんな私では有りますが、いよいよ僅かばかりの陰徳を取り崩して、「陽徳に変える」「疾風怒濤(しっぷうどとう)という2つの言葉で、人生の完成期に突入をしようと決意をする所存で有ります。どうやら私はこの年迄生かされてしまった様です。
 「何のために生かされたか?」の問いがあるとすれば「タテイトの大切さをもう一度世の中に伝えるため」というのが私の答です。
 正に「今がその時」で有るという事を私に告げたのが「船場吉兆」の食材偽装事件でした。まずは『吉兆味ばなし』より引用します、以下↓
 「吉兆というのは日本料理店として、当代その右に出るものはない。第一等の店です。もちろん、名前だけの通った店は、あちらこちらにもたくさんあるし、あるいは日本料理のうちでも、すし、天ぷら、うなぎ、どじょう、すっぽんなど、専門の店にはそれぞれ見事な店もあるとして、日本料理全体を通して、ぼくは吉兆を天下第一等の店というのです。湯木貞一さんが、大阪の新町にはじめて吉兆ののれんを掛けたのは昭和5年、今から78年前の30歳の秋でした。湯木貞一という1人の人間の、その鋭い感覚と、それを生かしきる技術の深さを、ぼくはかねがね、あの星ヶ岡茶寮の北大路魯山人とならべて考えています。そして、魯山人はむしろ陶器に才を発揮したが、料理はあるいは吉兆がまさっているとおもっているのですその道一筋、などと誰でも心やすく言いますが、この湯木さんぐらい、それがぴったりとする人を知りません。まるで金太郎あめのように、味のことしか、料理のことしか出てこないのです」
 上記の様な初代の料理に対する「熱い思い」を受け継いだ子弟によって、吉兆グループは今日に至ったのです。これが初代の「熱い思い」を受け継いで来た78年の時を超えた「吉兆のタテイト」そのものなのです。
 昭和20年8月15日に終戦を迎え、日本の歴史の「タテイト」があちこちで寸断されたのです。戦後約60年の今日、最も「タテイト」をその根幹に受け継いで来たであろう「吉兆」「赤福餅」に迄この「タテイト」の切断が明らかになったという事を今一度重く受け止めなければならないと思います。もう、これは「吉兆」だけの問題では無く、日本の根幹に関わる問題なのです。メディアのニュース番組に出演している浅はかな太鼓持ち又はテレビ芸者的な評論家達は、これを「食の安全が脅かされている」と問題提起しています。この様な現象の上辺のみを見て評論する人間が幅を効かせている事自体も同根の極みなのです。
 昨年の秋を騒がせたこの吉兆の事件は、根幹となるタテイトの大切さを忘れ、資本主義の論理がまかり通った結果と言えます。東京中心、経済中心で物事が運ばれて行くと、末はどの様になるか、今、その終着駅に着いて、行き場を失った膿があちらこちらで噴出し始めたところでしょう。
 「伝統軽視」「資本重視」「年金問題」「食の安全」「家庭内暴力」「荒れる学校」「ニート」「引きこもり」「孤独死」「地球温暖化」…よく分からないけれど、とにかく今起こっている問題の根本は、他の国が資本主義の論理で他の国の「タテイト」を蹂躙(じゅうりん)している事に起因している。単に評論家は現状の問題に対して警鐘を鳴らすだけしか無い。今の世の中に真に求められているのは、現状の問題に対して根本的解決策を講じられる思想家と、その志しを持って実現する政治家で有るのです。
 私もその1つの解決策として今年はこの「タテイト」の重要性を伝承する「京都二世塾」をここ五條の地から起こして行く事を決めました。京都中心、文化中心の発信には正に最適な場所なのです。
 元旦という事で、ちょっとばかり改まった文章になりましたが、このブログをお読みくださっております皆様、旧年中は本当にお世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。今年は倍旧のお引き立ての程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


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2007年12月24日

英徳館とパヴァロッティー

TOKI-WA-SOHの隣の棟が英徳館だという事は、このブログをお読み下さっている読者の皆さんはご存知でしょう。英徳館はTOKI-WA- SOHの「洋」に対して和と云う対比を見せています。それは1つの真理を表現するもので、男女、陰陽、静と動、表裏等と呼ばれるものです。北側の表玄関から入って来られたお客様は、タイル張りにステンドグラスそして鮮やかなテントという洋風モダンな外見から中に入り、如何にもという洋風階段や「カフェー (ノスタルジックなあのイメージ)」という風情のレトロカフェに出会い、内装を眺めるごとに「カワイイー!!!」と叫ばれるのが常です。そして奥に進むと結界を越えるが如く、大きな階段箪笥が目に飛び込み、石畳の「はしり」に高い高い吹き抜け(類焼を防ぐための火走り)、2階は江戸時代にタイムスリップした様な講義所。そして留めは庭のある応接間。ざっと全体の構成はこんな風になっています。
 今日はその中でも庭付きに応接間に対する思いを書いてみようかと思います。入口の建具は山吹色の紬を貼った襖の引き違い。その襖に細工の格子があって、部屋の中に灯りが点灯していると、格子から柔らかな光が外に漏れるのです。又、襖を閉めると2枚の引き戸の格子窓が1つになる工夫が成されているのです。そして和室なのに板張りという設え。これは李朝家具らしき明治時代の唐木の応接セットをどうしても置きたかったからです。この家具は昔事業に成功されたお爺様が洋酒棚とその応接セットを買われたそうで、螺鈿細工の見事さには「素晴らしい」としか言い様が無く、現代の価格に換算しても
一体幾らするのか分からない代物。応接間のデザインコンセプトは応接セット有りき、から始まった。しかし英徳館は純和風。これが曲者。実は純和風とは、伝統の技法と高級な材料、そして「侘び」「寂び」をお決まりのポイントに使えば、はっきり言って趣味の良さとか、文化人になれる。私、コレ、大嫌い。熟れて完成して後の伸びシロが有る様には感じられ無い。サッカー選手三浦“カズ”和良の様にどんどん若手に追い抜かされて、過去の栄光も色褪せても、いつ迄もいつ迄も「現役」にこだわって生涯その意志を貫く脂っ濃さの中に生命の輝きを感じるのです。中田選手の対極の様なカズらしさ。私の周りに居る人々も私は毒を吐き続ける姿を楽しんでいる。その内面を建物で表現すると考えた時、「安土桃山時代」と「幕末・明治」が思い浮かびました。以前に私の別宅において「豊臣秀吉は成り金趣味か粋人かを検証する」をテーマに自分の居間を「聚楽第」と同じ様に朱と金箔で造りました。そしてその中に身を置き、時の天下人に思い馳せてみました。「成る程、こんな気持ちになるのか」と。
 「侘び」「寂び」千利休以降。それ以前の和風とは一体?金閣寺は否や?それこそいろんな思いが交錯し始めました。今で言う和風は金閣寺には当てはまらないし、安土桃山文化もやはり同じ事が言える。しかし私達日本人が生きているこの国の歴史の中には、確かに存在した時代の好みや様式美。ならば歴史上に存在したもの全てが和風じゃないか。私自身もやはり日本そのもの…。
 かの様に上記事項を考え抜いて造ったのが、応接間という訳なのです。今迄の時代を否定し、新しい時代が生まれようとする狭間のエネルギーが充満している、そしていずれ大きく爆発するそのエネルギーが溢れた様式美。それが金閣寺で有り、安土桃山城で有り、無隣庵でありましょう。
 そして現代、正に大きく変わろうとする歴史の胎動期に、ここから勇躍するであろう若き志士達に思いを馳せて、私は「英徳館(そしてTOKI-WA- SOH)」を造りました。環境という場の力を借りて、ここに集う未来の指導者諸君やクリエイターに精一杯のエネルギーを送りたいと思います。
 今英徳館のBGMにパヴァロッティーを流しています。織田信長がポルトガル製のコスチュームを身に纏い、地球儀を廻しながら葡萄酒を飲んでいたあの頃、伊藤博文や山県有朋が無隣庵で日露戦争開戦を協議したあの時、確かに紛れも無く日本の時代一幕で有り、彼らも又、紛れも無く日本人で有った。ワ私は郷愁にも似た感情を伴いつつも、新たな希望を見い出しています。


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2007年12月20日

「明日地球が滅ぶとしてもそれでも私はリンゴの木を植える」

この言葉は西洋の誰かが残した言葉らしい。あなたはこの言葉に向き合った今、どんな思いが去来していますか?今日は正直あんまり説明したくありません。ただ、こんな素敵な言葉があるんですよ。と、お伝えした気持ちで一杯なのです…。とは言っても、そこはその~、能書きたれの私としては、何か書かないと気が済まないのですよね。ま、それも私のスタイルという事でご容赦下さい。
 今、私のスタイルと言いましたが、この言葉には、その人の人生における美学があるのです。どんなに人生の瀬戸際に立たされようと、私はこうするという美学が…。もう少し言うならば、まず先に死を考えた末にその人なりに生み出された生き方と言えます。生き方の様式美とは、実は生きてゆく事によって磨かれるのではなく、死に方を決めた後に、その死に向かって着実に今日を生きて行った、その積み重力の上にしか確立されないものだと思っています。死を覚悟した胆力を持ってしか、その人にしかない様式美は生まれない。そしてこのようにして生み出されてきた様式美だけが、人を心の底から感動させる何ものかを持ち得るのです。以上
…という事で終わってしまうと、この辺りまでは、ま、結構名のある知識人と呼ばれる人なら書く事はできます。やはり、私としましては、もうひと押ししなければ腹の虫がおさまらないという事で、この様式美を生み出す真犯人をあばいてみせようと思います。
 私は人の能力、特に思考能力ってあんまり差はないのじゃないかと思っているのです。京都は1200年の都の歴史があったから、今この評価があるのであって、京都人が偉いというより、1200年のタテイトが偉いのだと思うのです。そうでしょ。1年で京都と同じものを創れって言われたら誰だって「そんなの無理~。」って答えますよね。ところが、「1200年あげるから、どっかの田舎に創ってごらん。」なんて言えば、「ヨッシャ、一丁やったろか。」なんて思う人もいるでしょう。そうなんです。個々の人の能力より、考える、計画するその時間軸の設定を一体どれくらいにするのか、という事を意識する人は、滅多に、ほとんど、皆目、稀に、とにかくそれくらい居ないのです。だいたい無意識のうちに世間並みの時間軸を採用し、あたかもそれが正しいかのように解釈し、物知り顔でしゃべってるのです。だから、時間軸の長い発想で勝負してくる人間には勝てっこないのです。能力差ではなく「時間軸差」なのです。だから昔から「桁違い」だとか「貫目が違う」とか「間尺に合わない」などと言うように、人間の器の違いを数量単位で表してしますね。松下幸之助先生は「志とは、自分が生きている間に実現できない目標に向かって懸命けで努力する心だ。」とおっしゃったそうです。
 どうです、この時間軸の発想。この時間軸をして、松下翁を生んだ唯一の理由だと私は断言する。これがイワタ式評価なのです。今どきこれほどの時間軸で物を考えられるリーダーや政治家はおるかな?おっと、私のまわりには林先生を筆頭に、おるわ、おるわ(ちょっと大げさかも…。)やっぱり類は友を呼ぶのだという事で、今日はモンブランの筆を置きます。


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2007年12月18日

行幸(ぎょうこう)と東京都(ひがしきょうと)

今私が住んでいる京都は、昔は“京”と言ったそうです。都があった所を“京”と言い、政治と文化の中心で、何より天皇がお住まいのお家、つまり“御所”がありました、否“御所”があるというのが正しい。と言う事は、その名が示す通り、政治と文化の中心の象徴として、現在もなお京都にあるという事になる。ところが東京にも御所と名が付く所があり、主に天皇陛下はそこにお住まいになっておられます。しかし、しかしですよ、現在のお住まいは東京都(ひがしきょうと)にある“東宮御所”であって、全て東にある別荘、あるいは東にある京都の出先という名称になっているのです。もし、今の東京都が中心であるとするなら、名称は京都と西京都であらねばなりません。結論を申し上げます。明治天皇は江戸の東宮御所へ行かれる時には、公に「行幸」と言って旅立たれました。「行幸」とは、天皇が外出される事を表す言葉なのです。
 従って現在も天皇陛下のお家は京都にあって、外出中というのが正式な見解なのです。最近はこの「行幸」は一般家庭にも広がっているようで、私も“行幸”2年の身の上です。
 ま、そんな事はさておいて、皇室御用達の多くの老舗は、しばらくすればお戻りになろうと、京都に残りました。ところが、この行幸はどうも長そうだと感じた『とらや』の当代は、東京にも『とらや』を移し、皇室の用に立とうと考えました。それからは『とらや』さんは繁盛して今や『とらや』は東京の老舗と勘違いするような人々の方が多いような逆転現象になりました。
 私は別に歴史的事実を書いたに過ぎず、東京VS大阪のように“アンチ”という訳ではありませんので誤解なきよう。もし誤解があるとするなら“東京都”を「ひがしきょうと」と読まないで「とうきょうと」と読むあなたの認識であるとお教えして今の筆を置きます。


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2007年12月14日

世の中の大きな流れは変わり始めている

今日はちょっと時事問題的な事に触れてみようと思う。次回は「ああ!悲しきスケベ親父」という俗っぽい内容でいこうと思います。あんまり俗っぽいのが続くと、私の本質が誤解されると困りますから。
 昨日と今日のテレビで、タレントの橋本弁護士が大阪府知事選に出馬するという話題でもちきりです。少し前ですが、タレントの“そのまんま東”こと東国原氏が知事選に立候補した時、世間の評価は今以上に厳しかったように思う。ところが彼のひたむきな姿と、知事に当選してからの活躍において、宮崎県民のみならず、全国にその支持層を、まさに「アッ!」と言う間に拡げました。
 “流れは変わり始めている。”橋本知事は誕生するでしょう。確かに戦後レジームの変革を推し進めようとして属議員達に押し戻された安部元首相の例はあっても、大きな流れの方向は確かに変わり始めている。あれほどテレビをにぎわせた麻生氏の名前も最近は全く聞かれません。まさに怖いくらいの速さで価値感が急速に変容している時代である。戦後を代表する大企業や老舗が消費者を偽って逮捕され、その企業が企業を飲み込んだりする時代を誰が想像できただろう。
 天と地がひっくり返る過程では、誰もが混乱する。くるくる変わる目先の出来事に振り回され、一過性の感情に踊らされる。人々は浮き草のように漂い、知らず知らずのうちに濁流に飲み込まれる。そして新しい時代になった暁には英雄と賞讃していた者が戦犯となり、反逆者として投獄されていた者が権力者となる。つまり、今自分は正しいと思っていても、正しいからこそ戦犯になってしまいかねないという悲劇が起こる。だからこそ、われわれは移り気な世相の犠牲にならぬように、より大きな、歴史的な視点でこれからの生き方を決めなければならない。ちょうど、激流の表面で小さな流れがぶつかり合い、水しぶきが上がる。しかし川底では、大きな流れが緩やかに続いている。その底流を体で感じる事が大切なのである。
 私は若手地方議員とその予備軍の諸君の助教なるものを拝命しておりますが、ここに集う若者議員の熱意と清廉さは立派なものです。そして、彼らの背後で彼らを送り出した多くの有権者の見識に、今は少数でも必ず絶対多数となる確信がある。この先端の変化の流れに気付く者はほとんどいない。
 高杉普作が、「立ち上がるならば今月今宵。正月明ければ誰も来る」と言って1人で立ち上がったように、流れが変わって誰もが気付いて立ち上がるような男では政治家は務まらない。
 ちょっと話はそれてしまいますが、小学校で金魚を飼い、落語にはまり、中学校で錦鯉を飼い、高校で盆栽とビンテージバイクにはまり、大学で骨董に目覚め、今は骨董商と町家のリノベーションをやっている私を、友人や知人達は冷ややかな目で“若年寄”と仇名しました。
 しかし、メンデルも言っていたように「見ていてごらん。いつか私の時代が来る」と信じ、来年50歳を迎えようとしています。いよいよ時代が私に出番を与えたようだ。映画『ALWAYS-三丁目の夕日-』以降、明らかに時代はノスタルジーへ振れている。そこには、人と人の温もりと、手仕事の温もりがある。 “俺の時代だ!”以上

参考文献 神田昌典著「人生の旋律」


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