2009年03月01日

解脱(げだつ)

 皆さんは山岡鉄舟なる人物をご存じでしょうか?
幕末、明治を生きた人物なので私も直接は知らない。

 少し彼の経歴を書いて見ましょう。
天保7年旗本の五男に生まれ、武道、禅、書いずれにも通じた英傑であった。特に有名な史実は、戊辰戦争の折り時の将軍徳川慶喜の意を受け単身江戸に迫る官軍の陣地を突破して、西郷隆盛と直談判をした。その甲斐あって勝海舟と西郷隆盛が会談を行ない、江戸城を無血開城し江戸の町を戦火から免れるための大役を果した。

この際「命も名も金もいらぬ人物こそ始末に困る者はない。」と西郷をもってして感嘆させたと言われている。

 そのような山岡鉄舟について知人の談が残されている。
今日はその事をお話ししましょう。

 鉄舟の門下の者が、「禅を修行するには情欲を絶たねばならぬのですが、先生はどのようにして絶たれたのですか。」と問うた。

鉄舟は答えて、「情欲を絶たぬ間は、いくら禅の修行をしたとしてもみな半途にある。しかし情欲を絶つは一大難事である。おまえはどのようにしてその情欲を絶とうと考える。」と逆に問い直した。

弟子答えて、「一生、婦女を遠ざけ情事を行なわぬをもって絶つつもりです。」と言った。

すると、鉄舟は、「それは断つのではなく抑えると言うのだ。単に臭い物にふたをするだけで、悟りでも何でもない。」
「真に情欲を断ちたく思わば、今よりさらに進んで情欲の海へ飛び込み、しっかりその正体を見よ。」と教えたと言う。

 私はこの逸話が実に興味深い。というのも、鉄舟自ら学んでいる禅宗それ自体は、「女色を遠ざけよ。」と教えている。
ある意味自ら禅の教えを破っているともとれる。

 しかし、私はそのように思わない。禅は対機説法あるいは問答という形が一般的で、相手に合わせて話しをする。鉄舟ほどの人物ではない限り、おそらく女色を遠ざけるのが最善の策だろうし、そのように教えるのが無難であろうと思う。

 しかし、ごく少数、いわゆる傑物と言える人物が居り、その者は鉄舟のような超一流の境地に生きることが出来る。いわゆる「清濁併せ呑むも汚れず。」超然と生き切れる人物なのである。

 しかし、この生き方こそ実は真に本流なのであるが、世の一般人からこれを見ていると不安で心配で気が気でない。まさに達人技に属する。

とは言うものの、医学の世界では当たり前ということにも目を向けて欲しい。多くのワクチンはヴィールスの薄めたものを予防注射して、あらかじめ免疫力をつけておくではないですか。
危険な物事こそ若くてやり直しのきくうちにどんどん飛び込んで行き、早いうちに免疫を付けておけば、それからの長い人生、実に安心して生きられる。

 安岡正篤と言えば知らない人が居ないくらいの師とあおがれている人物であるが、若い頃よりひたすら思想・哲学求道に明け暮れ、若い頃に女色のワクチンを打ち忘れられ、晩節を「ズバリ言う」ことで有名な女性と深い仲になられた。

それ自体、どういうことではないが、当時の安岡先生のお弟子さん達では評価が分かれ、あの安岡先生でさえ晩節を汚したと言ったとか言わなかったとか。

 「解脱」とはそのようなものらしい。私などは、でき得るなら一生解脱せずに死にたいものだと思う。

 しかし、期せずして解脱してしまいそうな予感に包まれる昨今。実に人生とはままならぬものだとつくづく思う。


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