2009年02月23日
かしこくなると馬鹿になる
馬鹿には二種類ある。「生まれついての馬鹿」で、自分もわかっている。馬鹿でいいと腹をくくって一生馬鹿として生きてゆく。これは部をわきまえていると言って、馬鹿(かしこ)という種類になる。
もう一つの馬鹿は、せいぜい20歳くらいまで頑張って勉強する。クラスでもそこそこ勉強が出来ると言われ、事実、そこそこの大学に入学する。ここで「自分は十分賢いんだ。」という虚像を実像と思い込み、以降勉強もしないし、本も読まず、他人の意見に耳を傾けたり、聞こうとしない。
それ以降は馬鹿な人生を歩む。これは(かしこ)馬鹿という種類になる。イソップ物語にこんな話がある。
カニの母子が海辺を散歩していた。母が息子に注意した。「みっともないから、横に這ってはいけませんよ。ちゃんと真っすぐに歩きなさい。」すると息子が答えた。「僕にお説教するなら、まず、お母さんから、真っすぐに歩いてよ。それを見習うから。」
自分は少しも行動ができないのに、知識だけはあるから、他人のことには口出しする。今の世の中は、ほとんどこの手合いが先生と呼ばれて教えを垂れている。
たいてい、これらの先生と呼ばれている連中は、金か権力か色の毒で溶かされる。あの安岡正篤先生にして晩年然り。
書いているうちに少し横道にそれてしまったようだ。戻るとしよう。
部長などに昇進すると50点くらいの部長になるのではない。現実は0点あるいはマイナスの部長となる。
そうなるのだから仕方がない。それが人理学的に言う「人間の能力」なのだ。
そのような努力をしない人間は、その能力のギリギリの範囲内で仕事を与えてあげるのが優しさというものだ。本人は自分の力を過信して不満を述べる場合が多いが・・・。
私は思う。若いうちは、精神的に打ちのめされない範囲であれば、人一倍自己嫌悪であったり、無力感であったりしても良いと思う。私はむしろ、それくらいの若者の方が、謙虚で、前向きに人生を歩み始めると伸びしろは大きいと思う。
どうか悩み多き若者である自分を大切に受け入れて下さい。必ずあなたしか手に入れられないあなたらしい未来があるのですから。
もっと良い方法は、30代半ばくらいまで信頼できる師について人生や哲学を学ぶとなお良いでしょう。
生意気かもしれませんが、どうぞ私を師として慕って来て下さい。1年で明らかに違ったあなたに出逢うことができるでしょう。なぜなら、あなたの知らないあなたを見ることができるから。ただし私からは歩み寄りません。いつの時代も「求めよ、さらば与えられん。」これが世の定理なのですから。
そのような大人が居ることを知らずに、一端(いっぱし)の大人ぶっている若造に数多く出逢う昨近です。
これこそが我が国における資源の労費の最たるものだと思います。私達の日本は資源という資源がほとんどありません。有るのは人財という資源だけなのです。その資源が腐っている。私にはそれを見逃すことができないのです。
どうぞお集まり下さい。毎月の最終土曜日のPM8:00より京都五条英徳舘にて京都心学塾を開講しております。帰りの電車が無ければ、私の別荘にお越し下さい。朝まで語り合いましょう。
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