2009年02月21日

ボンボンのボンはボンクラのボン

 今日もまたボンボンが一人醜態をさらして辞任した。
日本中ボンボンを国のリーダーにしてしまったツケを国民だけが払わされる。小泉、安部、福田、麻生と日本の首相も4代に渡ってボンボンが努めている。

次の予想の与謝野も、石原も小沢も、谷垣も、石破も、等々ほとんどボンボンのオンパレードだ。
公僕である身分にもかかわらず、小泉などは公共の前で自分の次男坊を後釜によろしくなんてやっている。

もうこの国は来るべきところまで来た。自民だ民主だなんて視点じゃなく、ボンボンか否かで論ずるべきだろう。アメリカのブッシュだってどうなったかわかるはずだ。

 それには絶対的な理由がある。
リーダーたる者にはいくつかの絶対的に欠くべからざる要件があるのだが、その中でも最重要とされる要件がボンボンには必ず欠けるというものがあるのだ。

 「野性の勘」だ。これが無いのはほぼ致命傷だ。高学歴でなくとも、「野性の勘」でリーダーになった人物は歴史上数多い。ボンボンがどうして身に付けられないかと言うと、彼らが幼少期を過す場というものの影響による。彼らが幼少期を過す場(環境)には野性が無い。無い所では身に付くはずがない。

それゆえ、今、私達が毎日テレビで見せられているばかばかしい人生劇場が、平気で演じられることとなる。私達国民が怒っているほどに、彼らはそのことを気づいてはいない。

 明らかにそこの「野性の勘」が欠落しているのだ。

 ところが私はこの状況を楽しんでいる。
現在の株価同様、ボンボン達がこれからもどれほどの醜態をさらしてくれるのだろうかと。まさに幕末の腰ぬけ武士が高杉晋作の奇兵隊の前に蹴散らかされたように、いよいよ「野性の勘」を持った野生種が天下を取りに動き始めた予感がする。


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