2009年01月27日
みんなのおかげです。ありがとう
「傲慢」この字をごうまんと読みます。
なんだかとてもこわそうな響きがあると感じませんか?
私なんか、この言葉を聞くと「あー怖い、怖い」なんて気になってしまいます。
「でも・・・。」自分の周りで傲慢な人を探すと、そんなに居ないなぁ、なんて思ったりするのですが、よくよく考えると、実はこの地球上で最も傲慢なのは、私達人類に他なりません。
そう、私自身なのです。
たとえば、普通の水に、「ありがとう」と書いた紙を貼ると、その水は綺麗な結晶になる。
ところが、「ばかやろう」と書いた紙を貼ると、その水は結晶が作れないらしいのです。
たかだか水と思うのは、実は人間の傲慢にすぎないのです。
私達の体は70%~80%くらいは水分なのですから、いつも心で「ばかやろう」とか「殺してやる」なんて思っている人の血は、いったいどんなに壊れたり濁っていたりするのだろうかと思います。
身の周りにあるどんなものにも感謝の気持ちを持って接すると、それらの物も全て波動で感じてくれるのです。
サッカー選手でシュートをするストライカーと呼ばれる人も仲間のおかげで得点できたと思う人と、俺の実力だと思う人とでは将来のその人の伸びにはとても差が生ずるそうです。
なぜなのでしょう。私は二つの理由を考えています。
ひとつは、自分の周りの全ての人、全ての物に感謝の心を持って接し続けていると、周囲の人や物も感謝の波動で応えてくれるようになります。
そのような波動に満ちた場所のことをイヤシロチと言います。
このイヤシロチに身を置くと必ず運気が上がるのです。
ふたつめは、傲慢になる人というのはもともと他の人よりも才能に恵まれているのです。その分大きな成果を上げます。この成果というものは目に見える賞讃というもので「陽徳」と言います。
陽徳は陰徳が形を替えたもので、もともと自分が持っていた徳分です。
そうですね、わかり易く言えば、300万円の貯金を持っていたとします。その貯金は周囲の人からは見えません。陰徳ですから。
その300万円でかっこいいスポーツカーを買って乗っていたらどうでしょう。周りの人からは注目され、かわいい女の子とデートできるかもしれません。これが目に見える陽徳です。
それをひとり占めしてしまうと陰徳が全て失われてしまいますがそのスポーツカーを友人にも貸してあげたらどうでしょう。単純に言えば感謝という陰徳がもらえます。
それと同じように、シュートを決めた栄光を皆のおかげと感謝することは、結局自分のためになるのです。賞讃という陽徳を補い続けないと徳が下がります。その枯渇を招かないように傲慢、それも特にほんの小さな傲慢こそ気をつけたいとしみじみ思います。
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