2008年06月30日

本当に大切な事を今一度考えてみよう

 京都が生んだ思想家、石田梅岩先生の思想を今一度現代に伝えようと発起して京都心学塾を建塾した。
 かれこれ3年を超え、毎月1回の講義をして来ました。ところが、学祖石田梅岩先生は著書は2冊だけで、主に人々を前にしての講義が主でした。ですから、現代にはその肉声も残っておらず、どちらかというとお弟子さん達が残されたものの方が多い。
 私が塾生の皆さんに講義をする時いつも壁に突き当たる。話す事が無い、話せない、という理由では無く、果たして講義をすべきなのか?と。石田梅岩先生も決して多くの事を教えておられない。質素、倹約と正直。主にこの3つについてだけ。一般に読書は大切と言われているけれども、ならば、一体どれ位の読書をすればいいのだろう?ビタミンでも摂り過ぎても悪い訳では無いけれど、余った分は体外に排出されるだけ。読書や勉学もやはりそういう側面は十分にあると思う。というのも、学びと実践で一体を成すのであって、学びに加担すると実践が疎かになる。やはり人は実践の中で学び、苦しみ、考える事で本当の智恵が身に付く。
 趣味としての学問や読書は別として、実践哲学としての実論・実学はそろそろ集大成しようと思う。
 今、私が考えている実論・実学は4つある。
 まず1つは強運学。これは人生を強運に生きるには?という人類不変のテーマ、これをイワタ式にまとめようと思っている。次は、国創りは母創りの持論にのっとって、お母さん実学をまとめたいと思っている。それから、今日の日本を生み出す原点としての終戦を昭和維新と位置付け、昭和維新学という実際の証言も元に現代日本式リーダー論をまとめようと思っている。そして最後にそれらを総合した、イワタ式人理学なるものを世に問うてゆこうと考えている。
 こうしてまとめようと考えてコラムを書きながらも、それを見て、これだけでも凄いよなぁと我ながら呆れる。
 強運学の中心的理論に老子の哲学があるが、老子は、第44章「地位と生命と、どちらが大切か。生命と財産と、どちらかが重要か。得ると失うと、どちらが苦痛か。地位に執着し過ぎれば、必ず生命をすり減らす。財産を蓄え過ぎれば、必ずごっそりと失ってしまう。控え目にしてれば辱めを受けない。とどまる事を心得ていれば、危険は無い。いつも安らかに暮らす事が出来る」としている。
 無理せず穏やかな精神で居る事で、本当の自分の力を最も発揮出来る自然体になれると説いている。
 いつも振り返って心したいと思う。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年06月24日

ホーム&アウェイ

 最近TOKI-WA-SOHにはめっきり来訪者が増えた。これは人気という人々の気が集まってくる事を意味するのだからとても喜ばしい事である。一方、受け付けの方を雇う資格も無い状態の亭主は、ポットの水を足したり、お茶の葉を替えたり、灰皿のタバコを捨てたり、コーヒーの豆を挽いたり、お話をしたり、後片付けをしたり、スリッパを揃えたり、観葉植物の世話をしたり、庭の植木の剪定をしたり、来訪者へのお礼状を書いたりと、それはもう忙しいのなんのって。殆ど正にバタバタして時間に追われている。これは私が亭主、所謂ホストなのだから仕方がない。一方、来訪者とはゲスト、ホストとゲストの呼び方が違うように、立場が違う。これはきちんと区別して理解するのが礼儀というものだ。
 昨日の日本対バレーンのサッカーで、ロスタイムで日本が1点取った力も、ホームだったらとも言えなくもない。日本が初めてワールドカップに出場出来る権利をほぼ手中にしながら、ロスタイムに1点を取られ、ワールドカップ初出場の夢が散ったあの「ドーハの悲劇」はやはりアウェイでのロスタイムに起こった。もしもあれがホームだったら、カズはワールドカップに出場出来ていたかも知れない。出させてあげたかったと今のカズを見ていて思う。
 私達の子供の頃と違って、今の若者は、いろいろな所へ気軽に出かけて行っている分、「晴れと褻(け) 」の区別が無い。だから、他人様のお宅を訪問する時の礼儀がきちんと出来てない人が多い。これは年輩の人でも結構多い。
 お金持ちだとか仕事が出来るだとか、有名だとかは別として、この辺りの手順をちゃんと踏めない人は、東京ならいざ知らず、京都ではこの位では京都の一流どころのおメガネにはかなわない。
 京都人は、細かい事が実はとてもひっかかる人達なのだ。と言うよりも、細かい事こそ実はとても大事な事で、これが出来る人でなければ、次の中位の話さえも投げかけて貰えない。ましてや大きな商談等、とてもとても有り付けないと思った方が良い。
 わざわざ私がこんな事を書くには察しの良い読者なら、とっくにお見通しのはず。そう、そのような、所謂無礼な事をよく見かけるからなのだ。
 今日も、私がある方とお茶を飲みながら会話ししている最中に、途切れを待つのでもなく、「すみませんが…」と断りを入れるでもなく、自分の都合で話に割って入る無礼者に出逢った。こういう人には京都人はとてもぞんざいな対応をする。覚えておいた方がよい。儲かる相手とか、人脈がどうのという観点ではなく、美しいかどうか、相応しいかどうかで決める。ぞんざいな態度を取られた方は、「京都人は~」と言う前にご自分の態度を見つめ直す事をお勧めする。
 私にとっては、お金はそれ程までの意味を持たない。自分を卑下して金持ちになるなら、美しいまま飢え死にする。経営者には実は不向きな性質だと思う。
 最後に、ビジネスにおいてホームとアウェイで戦い方(営業)を変えられる人は、仕事が出来る人だと思う。そんな事も考えずに仕事をしてきた人、このコラムを読んでめっちゃ得しましたね。こちらこそお読み頂きありがとうございました。これからも末永くよろしくお願い致します。

2008年06月17日

「網の目のお話し」

 最近部下を育てるという事についてアドバイスを求められる事が時折ある。大抵は仕事の覚えが悪い部下をどうしたら良いのか、とか、扱いにくい部下をどうしたらいいのかといった事の悩みが多い。
 まず、基本的な状況を考えると、大学で成績の良い自律心の旺盛な優秀な生徒さんは、殆どが大手企業へ就職を希望し、事実採用されてゆく。我々中小或いは零細と呼ばれる企業へは、就職して働いて頂けるだけで有難いと感謝しなければならないと思っている。だから、困った部下がいるという事は、実は困った事では無く、実は当り前な事だと考えるのが正しいと思う。ただ、この困ったという事は、仕事や思考能力という一面において困った事なのであって、実はこのような人々はとても心優しかったり、正直であったり、個性的であったりと、人間味という事ではずっと素敵な部下なのである。だからこれらの仲間と仕事し続けてゆければ、それは実はとても楽しい事なのです。
 それから、部下が扱いにくいとか、仕事の覚えが悪いという事は、経営者として自分が成長出来るには、これ又とても幸せな環境だという事も、しっかり自覚しておかなければならないと思う。いずれにしても私はこの零細企業の経営者という職業を最近とても気に入っている。そう、最近気に入り出した。昔の私は出来無い社員達もいつもイライラし怒鳴っていた。単に血の気の多いだけのワンマン社長だった。振り返って今はそう思えるけれども、その時の私には、今の私のようにアドバイスを仰ぐ人も無く、羅針盤を持たない航海のようなのもでした。

 話を元に戻そう。組織で仕事をする、部下を育てるという事を考える時、禅の例え話を思い出す。それはこんな話だ。
 野鳥を捕らえるのにカスミ網という目に見えないような糸で編んだ仕掛けをかける。大抵は鳥の通り道に仕掛けるから、真ん中辺りの網の目に首を突っ込んで引っかかる。それを捕えて観賞用の鳥にする。鳥が実際にかかるのは、たくさんある網の目のたった1つだ。そこで禅僧は問う。「ならばたった1つの網の目を仕掛けたらそれで鳥は捕らえられるというのか?」もちろん答えは「No」だ。鳥がかかった網の目は1つでも、やはりその鳥はカスミ網全体で捕ったと考えるのが正しい。私はいつもこの例え話を経営に置き換えて考えている。
 昨近はやった成果主義や能力主義という話は、仕事をカスミ網で見るのでは無く、鳥を捕えた網の目にフォーカスした考え方に思えてならない。
 事実、この成果主義や能力主義をバブル崩壊後導入した企業が多く生まれたが、ここに来て不具合がとても多く噴出しているのが現状だ。よくよく考えれば、判りそうな事だが、俯瞰というか、大局観で見る事の出来無い者にはそう見えてしまうのだろう。
 目立った成果を上げられていなくても、中々仕事の覚えが遅くとも、それら1人1人の会社を愛する仲間が手をつなぎ合っている事が大切なのであって、それ程目立った成果や働きはしなくても良いと私は考えている。
 大体倒産する企業の中には、話題の業種や急成長企業が多く含まれている。例え低空飛行でも、墜落せずに飛び続ける事が出来る事が大切なのであって、むしろ生きてゆく事とか、事業をする事とは元来そういうものじゃないかと思う。私はむしろ、あまり利益が出ない中でも心豊かに心許せる仲間達と仲良く、時に厳しく末永くお互いが助け合える事が大切で、続けていけば、少しずつでも人は成長するし、会社に信用も付く。
 そしてその先に必ず勝負どころが訪れる。焦ってはならない。自分の気持ちの何倍も長く時間をかけて会社は成長させてゆかなければならない。この気持ちが心にゆとりを与え、人間関係を上手く運び、結果的には全て良い結果をもらたすと私は思っている。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年06月12日

ベトナムの赤ひげ先生

 今日、「ベトナムの赤ひげ先生」と呼ばれる眼科医の服部先生とご一緒した。先生は無償でベトナムの眼の不自由な人々に光を取り戻す事に尽しておられる。聞くところによるとベトナム国民は9000万人。その国でちゃんとした眼科の施設が整っている病院はたった2つだそうだ。殆どの眼の病気を看っておられる方は失明してゆくらしい。ベトナムも格差社会が拡がっている。
 ベトナムはフランスの植民地として虐げられ、戦後はベトナム戦争という大きな戦争で疲幣し、今もその後遺症がある。私達が出来る事をアジアの同胞に差し伸べる事に躊躇は要らない。
 後援いただける方々に先生をご紹介するのが今の私の役目だった。
 そんな先生から、移動の車内で「経営者として大切な事を3つ挙げてください」と突然質問された。この突然の質問というのはとてもその人の本質を知る良い方法だ。私は嬉しかった。スーッと答えられるなら、自分が経営を自分なりに見えている証拠になるし、答えられないなら、又経営者として未熟だという事が分かる。さて、その結果は如何に?私はスーッと答えられたのでした。
「1つは、仲間、友人を愛する事。2つめは、平常心を保てる自然体でいる事。3つ目はよくよく観察する事」お金という経済の中で、お金や効率で無い仲間や友人を愛する事、これが一番難しいかもしれませんが、実はとても貴重なのです。
 でも、私にとって一番難しいのは、平常心を保つ事です。曲がった事が大嫌い。まるで「素浪人月影兵庫」に出てくる相棒の焼津の半次みたいなところがある。なんて言っても分かる人はいないだろうな。主役は松方弘樹の父親近衛十四郎、相棒は品川隆次。まぁどうでもいいのだが、つい横着な奴が居るとそこで喧嘩をしてしまう。おまけに負けず嫌い。だからこそ逆に誰より平常心の大切さを実感しているとも言える。
 私の話は置いておいて、宣誓は、たった1人でベトナムで孤軍奮闘されていた時から、徐々にお弟子さんや理解者が増え、今では後進を育成する立場に居られるようだ。それで経営者の私にその心構えを質問されたようだ。やはり苦労人で現場から今日の立場になられた方は違う。肌で感じる。その人と仲良くなって親交を深めるというよりも、まず相手は何者なのか?自分と肝胆相照らせるのか?ズバーッとその人となりを見抜かれる。先生は多分無意識なのだろうけれど、体を張って生きてきたような人は自然とそうなる。久しぶりに心地良い時間が流れた。6月23日夕方より大阪で先生の講演会がある。もしご興味ある方は主催のかざか証券にお問い合わせ願いたい。マンツーマンにより国交がより素晴らしいものになる事を心から願う。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年06月09日

最近のTOKI-WA-SOH

 こんなに忙しい毎日を過ごすのは何年ぶりの事でしょうか?会社所有不動産の売却と所有不動産の利用計画の実行。TOKI-WA-SOHのヒ-リングカフェ計画もその一環なのですが、このTOKI-WA-SOHという建物は、今まで私が手に入れた不動産の中ではどうもかなり異質なもののようだ。とにかくいろんな方が訪問する。仕事関係の方が多いのだが、単なる見学者の方もある。殆ど一日接客、応待で終始する。
 特に最近多い来訪者の特徴は霊感の強い人々だ。良きにつけ悪しきにつけ何だかいっぱい居たり観えるらしい。ある霊感の強い発明家の方が来られた時は、話をする事もままならないで、「フーッ、フーッ」と言いながら「九の字」を切られる。こんな建物は何年振りだろうとの事。
 いやはや私は至って鈍感なので何が何やら目を白黒するだけ。その方は終日各部屋分にと11個の丸い金物を下さった。ある高僧の「気」が入っており、それを吊るしておくと静まるらしい。まぁ、こんな事は実は日常的に有ったりする。実に面白い建物だ。
 今日、TOKI-WA-SOHでお力添え下さるある霊能者の方も面白かった。その方は大阪の方なのだが、「こんんな企画があるから参加できますか?」と問い合わせたら、「私にはTOKI-WA-SOHが観えます」「こんな風な建物ですよね。多分私はそこに行く事になっています」との事。「え!」これって企画じゃないじゃん。もう始まってる~。こんな感じ。それから後の事、「ここにたくさんの人が訪れている光景が見えます。」なんて感じ。
 世の中の経営者の方。右脳というか「霊感企画」っていうのいかがですか?
 統計とか理論とかは全く関係なし。企画を霊感で判断する、っていうの。今、私が実際に大金を使って試しますから、上手くいったらどうぞTOKI-WA-SOHの力をご利用になってヒット企画を連発しましょう。
 TOKI-WA-SOHの次は清水寺の近くで、京野菜をメインにした京町家の料理屋さんを開店します。10年以上も前に京町家を使った「ノスタルジックカフェ」という、カフェとレトロ雑貨の店を開いていたのを知る人も今は少なくなりました。どちらかと言えば、10年位前はまだ京町家企画の走りでしたが、今は逆に「えー!今さら京町家でごはん?」と時代遅れにも見えます。
 それでも敢えて今回やります。今回の料理屋さんに際して、私は根本的にこだわった事。
 「京都イコールブランドではない。ブランドイコール京都だ」という事です。今日の京都の評価は1200年余りに渡って連綿と積み上げられたこだわりと技の上に創り上げられたものであって、何かの物やサービスの頭に「京」を付けただけで京都ブランドを語るものとは根本的に違うという事です。
 京都とは何か?料理とは何か?おもてなしの心とは何か?この事を全員が毎日毎日考えに考え、行動に移し、失敗し、そしてより良い明日を創る。このくり返しの先にしか「京都」を語る資格は無いと考えています。
 まだまだ忙しい毎日が続き、コラムのペースが落ちたままになりそうです。悪しからず。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ