2008年04月27日
人理学的に考えるとしたら…その答えは…
私達の生きている社会は人と人とで成り立っている。人と人で成り立っている社会には、人と人との理論や学問がいる。その人に関わる学問という事で、私はそれを「人理学」と称して人々に伝え始めている。
人理学的視点に立って現状と向き合って改革をしてゆく。すると、そこで働いている人々が活性化しやる気を出す。こういう流れで会社が立ち直る。今日は人理学的アプローチの例を見てゆこうと思う。
昔の工場はオートメーションと呼ばれ、ベルトコンベアの上を製品の各部品が流れて、担当の組立員は、それぞれのパートの決まり切った組立て作業をただひたすら熟練し、効率を上げる。そういうシステムによって製品を完成させていった。今、「昔の工場」という言葉を使いましたが、私のような工場についての知識があまり無い素人からすると、工場と言えば、未だにオートメーションのような勘違いをしています。このオートメーションという考えは、物理学的なアプローチなのです。人というものが感情を持たないとするならば、この考えはとても理にかなったやり方なのです。ただただ機能的にやってゆくだけでいいのですから。
ところが、これを人がやるとなると、これは少々やっかいな問題が持ち上がる事となる。人と機械の違いは何でしょうか?
これはもう言うまでもありませんね!人には“感情”があるという事なのです。人は毎日同じ事を繰り返していると、だんだんつまらなくなって効率が落ちてゆきます。機械ではこんな事は起こりません。
そして最後には、俺はこんなところで毎日同じ事をやっていて、一体俺の人生は何なのだろう?俺の人生はこれで良いのだろうか?等と考え込み、いずれ熟練したとしても、辞めてゆくという事が起こる。
この工場生産方式に人理学的理論からアプローチをして革命を起した人がいる。その人の名前は山田日登志という。人々はその人を工場再建屋と呼ぶ。彼はソニー、キャノン、NECで驚異的な生産改革を成し遂げた。トヨタの育ての親、あの大野耐一の直弟子なのだ。山田日登志が考え導入した生産方式がセル方式と呼ばれる生産方式である。セル方式はそれまでの考え方とは全く異なり、1個の製品を1人、多くとも数人で仕上げる。物理学的にはとても効率が悪いように思われる。ところが、人理学的にはこのセル方式の考え方は正しい。それは1個の製品を自分が作ったという満足感と充実感。それから自分で考えて創意工夫をする喜び。人として生きてゆく上で幸せと感じられる感情がオートメーション方式では無く、セル方式にはある。人は感情の動物だという至極当り前の事が、物理学しか習って来なかった人間には中々こんな当り前にも気付けない。最も、生産者がロボットに替わるなら、次はオートメーション方式の方が有利になるだろう。
私達も自分を振り返ったら、「お金だけじゃない。喜びが大切」。そういう生き物なのだ。
昔日本に最初のプロサッカーリーグのJリーグが生まれた時の話です。それぞれのチームはおらが村の地域に根ざした地元リーグ。当然有名なプロ選手は日本以外の国に求めなければならない。しかし、有名な外国のプロ選手は、聞いた事もない日本の、しかも田舎のプロチームに移籍する事は恥のように思っていた。資金も無い、名も無い鹿島という地のチームが、ブラジルのサッカーの神様と呼ばれていたジーコにチームへ来てくれるように頼んだ。誰もが来るはずは無いと思っていた。何故なら、物理学的に考えると、イエスと言える余地が全く無いのだから。しかし、ジーコは鹿島にやって来た。人々の熱い熱い思いと、まだ真っ白な日本のサッカー界に自分は貢献したいというジーコの思いが1つになって。
人は往々にして理屈に合わない事をする。私の友人にも市役所を辞めて、ボランティア活動に専念している人もいる。又、ベトナムの赤ひげ先生と異名を持つ服部先生は、全額自費でおまけに無報酬で年間1000人の患者さんに手術をしておられる。
人は理動では無く、感動する生き物なのです。人は物理という理屈では動かないが、人理という理屈なら、理屈では動く。何故なら人理学は感動を科学し、人を科学した理論なのだからです。
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