2008年04月24日

アレキサンダ-大王に帝王学を授ける人はどんな人?

 今、タイガー・ウッズ以上のプロゴルファーは今世界に居ない。ならば、タイガー・ウッズにはコーチはいないのだろうか?
 以前に、私が若者に「帝王学を授けてあげてあげようか」と言ったら、その若者の答えがシャレている。「帝王にもなった事の無い人間に帝王学は教えられるか?」と。彼は歴史を知らない。世界史上最初の大王、アレキサンダー大王の師は、ギリシャの哲学者アリストテレスだったと言う。あのベトナム戦争で、大国アメリカを向こうに回して勝利したベトミンを最初に指導したのは、そのアメリカに破れた日本の関東軍の軍事顧問団であった事を知る人は少ない。
 松下幸之助は尋常小学校4年生が最終学歴だが、政治家や経営者の師となった。尋常小学校卒に東大卒・京大卒が教えを乞う。あの西郷隆盛には月照という僧が居り、吉田松陰には佐久間象山が居り、坂本龍馬には勝海舟やトーマス・グラバーが居た。本物は、相手が誰かより、その人間の中身を重視する。
 昔、マッキンンゼー日本支社長時代の大前研一の話を読んだ事がある。彼が「これからの日本の農業の進むべき方向」というような内容の提言をした時、一斉に反発が起きたという。
 その理由がとても日本らしい。「一度も泥にまみれて田植えをした事の無いお前に農業の事が分かるか!!」というものだった。大前は言う。「私の提言の内容が、日本の農業の未来に資するかどうかと言う事を吟味する以前に、その人そのものを問うというメンタリティーが日本だ」と。私もつくづくそう思う。日本人の多くは、その内容よりも、それを言っている人の人柄によって動かされてゆく。幕末の時代、「西郷さんが言うのなら」とその内容よりも人柄で動いたらしい。
 だから、「何を言うか」より「誰が言うか」が大切だと言う人も居る。しかし、それは不勉強な一般大衆を相手に言う事であって、リーダーとなる人間は、「誰が言うか」では無く「何を言うか」をしっかりと聞く訓練が必要だ。
 私も若手の政治家と向き合って、二種類の価値感がある事に気付いている。1つは、「政治の素人が政治の現場も知らずに何を言うか」と高い所から見下ろす人間と、「この人は何を言おうとしているのだろう」と逆に私が政治の世界に居ないからこそ、話に耳を傾けようとする人間が居る。前者が「誰が言うか」を重視する一派。後者が「何を言うか」を重視する一派。
 東京中心のマスコミ文化が大衆を扇動している以上、又官僚や政治家の多くが東大卒である以上、経済や時流には明るくとも、長い年月をかけて深く追求する文化の分野が薄っぺらだ。得てしてそういう人間がリーダーシップを取ったり権力を握っている。あー、今日も又毒を吐いてしまったような…。次回からは政治や社会なんて生臭い内容は棚上げして、オモシロキコトを書こう。


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