2008年04月22日
生き物の絶えた空虚な海
昨日私の身の回りで現代の縮図を見た。そして改めてつくづく思った。「この国は危ない」と。
私がある若手議員の育成塾の助教をしている事は以前にも書いたと思うが、そこでの出来事である。
ある塾生がいる。彼は若手の議員1年生に成り損なった生徒だ。もっとも、数10票差で涙を飲んだ。政例指定都市の市議選なら殆ど当選と言って良い。その彼は私の目からはまだまだ未熟で、今年1年当塾の事務方というお世話役を全うするという事を条件に、渋々卒塾を許した。しかし、今年の初めから彼を見ていると、塾の開かれる当日の2~3日前にバタバタとして段取りをする。ただ事務連絡をするだけで、自らが動いて能動的に塾を運営しようという意志が見られない。所謂先生の前だけ上手く取り繕う優等生という奴だ。昨年の4月に落選し、未だに職は無い。後援者と称する人に1日お手伝いをして日当を貰っている。ところが、仕事の時間に迎えに行っても寝坊をしていて、携帯も切っている。明日の仕事の段取りも聞いてこない。とうとうこの後、後援者なる人物がキレて、あろう事か、こんな男が当選して税金が使われる位なら、自分が市議になった方がマシだとばかり、その後援者自らが次回の市議選に立候補すると言い出すあり様だ。
この期に及んで私は、彼の存在は彼1人の問題では無いし、このまま塾に在籍させる事も彼の為にもならないと判断した。一度社会へ出て、私達庶民はどのように働き、生きているのかを実体験しないと、人物としては当選しても政治ゴロにしかならない、というのが私の結論だ。即刻その意を塾頭に指示した。塾としての厳しい一面を見せる必要もあるし、慈愛では無く厳愛で彼に向き合う事も大いな愛である。
ところがである。その彼がスーツを着て、今月の例会にノコノコと出て来て事務方をやっている。多くの仲間は、「そう言っても彼も仲間だから」や「そんなに厳しくしなくともいいんじゃないの」とか「まだ若いのだから少し大目に見てやれば」というのがどうやら塾の大勢であったようだ。こうやって人に嫌われないようにして、エセの優しさを見せて、若者を甘やかし、この国を駄目にした。一方でこの体たらくなのにも関わらず、日本を我々で革新する等とご立派な理想を揚げている。
正に漫画だ。「この国は危ない」。しかし頭でしか理解していない。胆識において私にはこの国を本気で誰が憂えているのだろうかと、私は一日寒さに震えた。ああ、賢い人間の量産国、日本。ああ、人物の枯れた国、日本。生き物の絶えた空虚な海。
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