2008年04月09日
「ぼ・く・の・ゆ・め」
皆様はシーラカンスという名のお魚をご存知ですか?
シーラカンス目は古生代デボン紀(3億5000万年~4億年前)に出現し、約8000万年前にはその殆どが絶滅している。たまたま現在でも2種のシーラカンスの生息が確認されている。その為、生きた化石と呼ばれ、発見当時はたいそう世界を賑わしたらしい。
系統学的には魚類と陸上脊椎動物の分岐点にあたる進化の特徴を持っている。
一方、私達人類という種は、凡そ700万年前にその進化が始まったらしいが、その最初の種は絶滅した。その後も生まれては絶滅し、約20万年前に最後に登場したホモ・サピエンスが私達人類となった。一時期はもう1つの種、ネアンデルタール人と共存していた時代も在った。
いずれにしても、現代地球上に現れた。百歩譲ったとしても、たかだか700万年の進化でしかない。
何かおかしいと思いません。シーラカンスだって魚類から少し進化した魚なんですよ。3億年も4億年もの時間があるなら、魚類からどんどん進化して、半魚人になって、最後はスーパー魚人に進化する位の時間の余裕は、私達人類よりも遥かに遥かに有ったはずです。
もっと近い例で言うなら、猿だってそうです。人類が生まれる遥か以前からこの地球上に生まれていたのです。
つまり、進化には、それ程時間という要素は問題では無いという事なのです。では一体進化の為には何が必要なのかという事が疑問に浮かびます。私はどうもそれは進化への意思なのではないかと考えます。
人類は、どう考えても、その種よりも進歩向上したいという強い意見を持った生き物で、シーラカンスは今のままの自分で良いと思っている種で、人類とは違った意識の動物であるとしか思えないのです。人類も猿から進化したように、「猿のままで良い」と思う猿と「猿じゃイヤだ」と思う猿がいたはずです。それを未来に目を向けると、今日の人類の中から「今のままの私でいい」という人類と、「今の自分じゃイヤだ」と思う人類がいて、新しい進化した人類に分岐して行くのではないかと思うし、向上心のある「新人類の祖先」と今のままの自分で良いと思っている「旧人類」に分かれるのでは…。
そして、その進化の鍵を持っているのは男性ではないかとも思っている。種と畑の理論だ。豊かな畑は大切だが、作物を決定するのは畑では無く種だ。だからせいぜい70~80年の人生の時間であっても極限に迄進化の意思を高めるなら、私達人間はどれ程の進化を遂げるのだろうかと思う。
人類程進化するに適した生物はまだ地球上にはいない。
今日は、私の壮大の男のロマンを書いてみたいと思う。自分という種を精一杯に進化させ、60歳になったら、北欧、中近東、ロシア、ヨーロッパすベて血が混ざった黒海周辺諸国、多分ルーマニアが第一候補となるだろうが、そこの女性と結ばれる事によって、未来の新人類の父になろうと目論んでいる。
実はこの壮大かつ素晴らしき夢を長女には話した。条件付きながら了解を得られた。後は妻だ。まだ切り出せずにいる。妻が「No」と言った事はしないというのが私のルールだから。しかし、この人類の未来のための私の計画は妻の「No」をも超える価値があると思っているのだが…。
選挙活動のように地道に後援者を増やしてゆかないといけない。選挙迄後10年。
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