2008年04月08日
ラストサムライ
現代は、お上の名の下に、或いは社会の下に、年功序列、終身雇傭を信じて働いて来た価値観の世代と、個人主義・実力主義の価値観のせめぎ合いの狭間のようだ。我が国だけでは無い。中国も、古い共産主義と資本主義の狭間で国家の統制が取れなくなっている。世界的に見れば、アラブ諸国とアメリカ或いはユーロとドル等、正に時代や価値観の大転換期に差し掛かっている。
久し振りに『ラストサムライ』のDVDを観た。明治維新後に、古(いにしえ)の国の価値観を武士道の側から美しくも悲しく描いた映画だ。“武士道”精神を持つ渡辺謙演じる勝元の一派が維新政府に立ち向かい、逆賊として最新式の銃火器で全滅させられるラストが壮絶だ。
しかし、このような古の国の価値観と新しい国の価値観が明治維新という転換点でぶつかったのは、日本のまぎれも無い史実である。そして、その後、文明開化、富国強兵の旗印に近代化を推し進めてゆく。
正に私の言う美意識の枠組みから経済の枠組みへと日本は転換していった。
しかし、動物でも一気に絶滅する訳では無く、少しずつ滅んでゆくように“武士道”も又転換点において絶滅した訳では無い。
今、英徳館の講義所には乃木希典(のぎまれすけ)大将の実筆の書が掛けられている。乃木神社と東郷神社という、2人の軍神をまつる神社があるように、私達日本人からは尊敬された軍人である。ちなみに、二人は戦争では死んでいないので、靖国には当然祀られていない。軍人という職業に就いている人には、まだいくらか武士道が残っていた。私は、ラストサムライとは乃木大将では無いかと思っている。少し乃木大将の事を書こう。
1849年12月25日(嘉永2年11月11日)生まれ。父は長州の藩士で、江戸の長府藩邸に仕官しており、(今の六本木ヒルズあたり)江戸で生まれる。15歳で元服し、吉田松陰の伯父玉木文之助に師事。1894年には日清戦争、1898年陸軍大将に1904年には日露戦争に従軍する。203高地でのロシア軍との壮絶な戦いは有名。1906年には学習院の院長となり、明治天皇や昭和天皇の教育係として仕えた。明治天皇崩御の後を追って、切腹する。今どき、天皇陛下崩御と共に後を追って死ぬなんて馬鹿馬鹿しくて考えられないでしょう。個人主義、経済優先の時代では、完全に馬鹿だと烙印押されますね。しかし、古の私達の国、日本では、主君の死と共に自らも命を絶つ事は、当たり前で有って、そのような歴史の方が、実は数倍も長く、乃木大将のような死に様を武士の本懐、或いは男子の本懐等とあっぱれと賞讃しこそすれ、馬鹿呼ばわりする者等は殆ど居なかった。
今の時代には、絶滅しつつある絶滅危惧種の武士道だとしても、そのような美意識による枠組みの価値観で生きた時代があった自分の国の歴史を誇りに思う。映画ラストサムライの監督は外国人だ。しかし、彼らはこの武士道を素晴らしいと感じている。そして、日本の多くの俳優と映画を製作して今の日本人の中にも少なくとも芯の強さと気品を感じる、そしてそれは西洋の俳優には無いとはっきりと言っている。
日本には武士道があった。これは憧れでも創像でも無い。史実なのです。その事を日本人として生まれ誇りに思う。たったそれだけの事なのです。難しい理屈をこねる必要は私には有りません。勝ち負けや利潤とは違う価値観をつくり上げた私達の祖先を素晴らしいと思う。誰もが自分の両親や祖父母、祖先をつまらない人間だと思う人はいないでしょう。勿論、現代社会の価値観を私は否定しません。
ただ言いたい事は、私達日本人だけが、現代社会の価値観と武士道という価値観を比較して、どちらかを選べる立場と血を持っているという豊かさなのです。
形を変えれば、現代建築と京町家のどちらを選ぶか、どちらを美しいと思うかという事と私は違わないとも思っている。随分京町家も壊されて数が少なくなりました。せっかくアメリカ軍の好意で京都だけは空襲しないで残していただいたにもかかわらず。人の心を知らないとでも言えるでしょう。勿論、時代と共に朽ちてもゆきます。でも、町家を残す事で、次世代の若者が、現代建築と町家を選択する豊さは残せると思う。
幸せとは選択肢の多い人生の事だと私は常々思っている。私は武士道を残し、伝えてゆこうと決めている。
それが未来の日本の豊かさになると思うから。
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