2008年01月30日

当たり前の事だけど、出来事には因果がある

 前回、「出来事にはそもそも色が無い」という事を書きましたが、今回は、「出来事には、そもそも原因と因果が有る」という事を書いてみようと思います。一般的にはこの原因と結果の関係を因果律と称し、仏教においては特に、この因果を強く意識しています。
 世の中で熱心に説かれている成功方則や経営理論等、成果を目論んでいる事における理論は、全てこの因果律の解明に集約されると言えます。何かを目標として行動を起そうと考えた時、強く意識する様にすると良いと思う。
 まず、目標を立てる。そして今、その目標を達成する為に、どんな原因を生み出せば良いかをしっかり考える、という様に。
 もっと単純化して私は考えます。それは「因を読み切れば結果が見える」という事です。一般には、顎を上げて目標をしっかりと見据えて歩もうとするでしょうけれども、それをやめて、ただ足元を見つめ、その足元を善なる因にする最大の努力を行うと、もっと力の集中が出来るのでは無いでしょうか。出来るだけ力を分散しないで、集中するに越した事は無いと思うのです。ただ、現代においては、因果律の多くが解明されていませんし、それぞれの分野で単発的には解明されていても、因果律という視点においてその解明を総合化する試みも、十分には成されていないと思います。
 例えば因果律研究所という様なものを作って、世の中の出来事を分類してみるなんて試みは、とても人間社会で進歩的な事になるのでは無いでしょうか?少なくともその裏付けも十分に分からない予言や、占い等というものに、世の中の多くの人々が惑わされる不幸からは解放されると思うのですが…。
 この因果律を考える際に、気を付けなければならない事があります。それは原因というものを構成するものに3つの要素があるという事です。
 1つは人に起因する原因、そして環境(社会)に起因する原因、もう1つは時代に起因する原因、この3つの因があり、それぞれが複合的に作用して、因果律を生み出しているのです。
 私もこの因果律についてもう少し注意して、その因果律の例を集め、検討し、集大成する試みをするなら未来に対してかなり正確な予測が出来るでしょう。これは、なかなか興味をそそる学問分野だと思います。今後に乞うご期待下さい。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月29日

喪失取得の理(取得喪失の理)

 センター入試も始まり、いよいよ受験シーズン到来ですね。受験生の皆様は追い込みの勉強で必死ですよね。そんな時、胸に去来するものは、もっと早くからしっかりやっておけば良かった、という後悔の念。周りの皆は自信満々に見えて不安になる自分。今になって思いますが、誰しも例外なく本気で勉強を始める期間って、やっぱり追い詰められてギリギリになってからしか、ないんじゃないだろうか。
 実は、生命は、生存の極限に追い込まれて、始めて進化を促されるという性質を持っているからなのです。皆さんも学校の理科の時間に、動物の細胞の図というのを見られた事がおありだと思います。あの細胞膜の中に小さなホクロみたいに入っているミトコンドリアって奴。奴は実は40数億年だか40億年前だか知らないけれど、それ位に昔には単独の、所謂単細胞生命として、1匹で海の中で生きていたらしい。
 地球の大気を覆っていたガスやホコリがだんだん収まって、地球に太陽の光が差し込む様になって来ると、海ではこの太陽光を栄養にして繁殖する緑藻類というものが海で生まれた。彼らは光合成という術を使ってNO2(窒素酸化物)と太陽光とから栄養と酸素を吐き出し始めたらしい。それ迄硝酸や硫黄しか無かった地球では、それらを取り込む原始生命の体の星でした。
 今でこそ、酸素が無いと動物は生きられない様に進化しましたが、太古の地球では、原始生命体にとっては酸素は劇物、所謂毒物で、この酸素に触れてバタバタと死んでいったのだそうです。
 ある者は海底深くマグマの熱水が吹き上げ酸素の殆ど無い場所で生き残ったり、又ある者は酸素に対して耐性を持ったり、そしてミトコンドリアは、酸素の耐性が無かったので、耐性のある別の生物の体内に飛び込む事で酸素から身を守ったのです。つまり、父と母、精子と卵子との結合とは、この原始の生命の起源の記憶、そのものなのです。
 生命は、長い長い時間の中、時折襲ってくる生命の危機に遭遇する度に、突然異変(ミラクル)を繰り返し、そして進化していったのです。
 この事実から、奇跡や進化という望ましい事柄は、生命や何らかの危機の裏返しだという事が分かります。あたかも1枚のコインの表と裏のように、別々の事柄では無く、形を買えた同一の事柄だと言えます。
 もう1つの例をお話しましょう。例えば何かの事故か病気で目が見えなくなったとしましょう。最初はとても戸惑いますが、少しずつ視覚を失ったおかげというか、代わりに、聴覚と触覚がその不足を補うために発達を開始します。視覚を失ったという一方で、鋭い聴覚と触覚を得る事になるのです。
 また、サバン症候群と呼ばれる一部の人々は、頭の一部に損傷を持つが故に、ある特殊な分野に超人的な能力を発揮します。ダスティン・ホフマン主演の『レインマン』という映画がサバン症候群の人を描いた作品です。
 人間に限らず、生命として今日まで生存してきた種には、潜在的な能力がほとんど眠ったままになっています。それは“火事場のバカ力”の様に極度に追い詰められないと目を覚ます事は無いのです。
 私はこの理論に基づいて、あらゆる意味で自分を追い込もうと考えました。それが私という種の飛躍的進歩へとつながると確信しているからなのです。この重圧を繰り返している内に、それがあたかも快感とは言わない迄も、平常心を乱すものとはならない様になってきます。
 あのイチローも、2007念の後半当たりから、自分自身と戦ってきた野球人生だった。ところが、2007年の後半当たりから、自分との戦いではなくなり、ライバル(敵)との戦いに変わったと、テレビ番組で述懐していました。彼は、この自分との戦いという重圧の世界を超え、次の階段へ足を踏み入れたのでしょう。イチローと比べるのは不遜かもしれませんが、今、正に私もイチローと同じ境地です。
 脱サラをして17年、昨年『経営者大学卒業論文』と題して、自分の経営者もどきを総括したのと同じ年のイチローの言葉は、とても私の胸に響いてきました。大局的な視野で見るならば、喪失に見える事が実は取得であり、取得であると見える事が実は喪失であるという事は真理です。要するに、視点をどこに置くかによって、その事柄には意味が生まれてゆきます。起きた事柄自体に色がある訳では無く、その事柄に受け手の気持ちという色が塗られた時、その事柄には、色が与えられるのです。
 ある人にとっては暗い色に、ある人にとっては明るいパステルの色に。実は世の中の出来事には色がない。その出来事に色を着け、意味をつけるのは、各々の個人の価値観でしかないという事に、今一度気付いて欲しいと思います。

2008年01月28日

「我は哲理をするように罰せられている」

 最近私はよく強度の頭痛に見舞われます。よく言えば、考える事への集中力が高まったからとも、言えるのですが、悪く言うと足りない脳ミソで考えようとするから、頭はオーバーヒートしてるとも言えます。
 肩が凝るとキューと詰まって来る様に、脳ミソ自体がキューと固く凝ってくる感じがあるのです。脳ミソも極度に緊張と緩和を繰り返しているのでしょうね。きっと。どうも肩凝りも頭痛も十分な睡眠と休養で回復するのでしょう。
 この考える、という事が多いのは、今に始まった訳では無く、幼少の頃からそんな子供でした。いつも自分の理屈というものを持っていて、それが両親とぶつかり、いつも可愛くない子供とレッテルを押されていました。よく両親が「阿呆な子ほど可愛いというけど、ほんまやなぁ…」と呟いていました。私は私らしく一生懸命に生きていただけだったのに。
 高校生のある日、世界史の授業でデカルトの言葉に出逢った瞬間に、私はハタと膝を叩きました。その言葉は、「我は哲理をするように罰せられている」と書かれていたのです。あ!デカルトも前世の因縁か何かで、物事をどうしても、哲学的に考えてしまう性向が自分でもどうしようも無かったんだ。な~んだ。そうなんだ。私と一緒じゃん。そう思った瞬間とても心が軽くなったのを今でも覚えています。それからは、悩む事なく心おきなく悩む(考え込む)自分を肯定する様になったのです。
 命というものは「カオスの縁」において最も活発化するという事も解明されてきました。又、松下幸之助先生も自分には学が無いという事をプラスに転化する為に、誰よりも物事を深く考えられたという事も知りました。次の様なエピソードがあるのでご紹介しましょう。
 松下幸之助先生は西宮の自宅とは別に、京都東山南禅寺の近くに真々庵という和風の別荘を持っておられた。こちらへ避難し、愛しい人の胸の中でゆっくり自分を解放されておられたとか…。私も一度林先生に尋ねた事があります。
 「私の尊敬する松下幸之助先生も京都に愛しい人が居られたと聞いていますが、そもそも歴史上でこんな人がいない英雄というのはいるのでしょうか?」と林英臣政経塾主宰の林先生に尋ねた所、先生は「おそらくこの世から英雄はいなくなるでしょうね…」とのお答え。やはり。イロは英雄を好むのだ。という事は、今の政治家諸氏は、この表向きの建前と本音の現実の狭間で、たいそう苦慮している事でしょう。私の後輩の民主党の細野豪志君も、豪志の名の通り、豪快に1 発かましてしまいましたね。
 話がかなり反れたので元に戻しましょう。この真々庵の庭の手入れをしていて、松下幸之助先生が気付いた事。数日間所用で真々庵を留守にして帰って庭を見ると、あちこちに雑草が生えている。その雑草を抜きながら、経営も人の心も、いつもの様にすぐに不平不満や、手抜きが生じてくると気付いたというのです。松下哲学とは、まさに、日々の小さな出来事や自然を全て師として、それぞれの出来事に秘む真理を探求しよう、という心掛けから生まれた松下幸之助先生の、日々の気付きの集大成です。
 私はこの松下哲学をもらったその上で、自分の気付きを上積みして、次世代へと引き継いでゆきたいのです。
 日本の国技、相撲道では横綱に胸を借りて強くなった力士が、横綱へ対する恩返しとは、本場所の土俵で横綱を土俵に投げ飛ばして、土をつける事だとされています。今は既製の概念やシステムに取り込まれ、それを超えようという若者が少ない時代です。1人1人が小粒になった様に思うのは、私だけでしょうか?
 先達に学び、先達を超えて恩返しをする。それ位の気概を持って欲しいものです。私は石田梅岩先生、松下幸之助先生に学び、超える事で恩返しをしたいと思っています。私の名前は「岩田哲」と、お二人には無い、正に哲学の申し子たる名前が付けられているのです。「我は哲理をするように罰せられている」の名言は、私の為にあると勝手に思い込んでいる目出たい奴なのです。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月27日

雪が溶けたら、さぁ、何になるのかな?

 寒さが厳しくなり、日本列島の殆どは雪模様の今日この頃ですね。さて、ここで問題です。
 「雪が溶けたら何になる?」
 …別に私はナゾナゾを始めようという訳では有りません。「雪が溶けたら何になる?」と尋ねられて、あなたは即座にどの様な答が頭に思い浮かびましたか? 「水になる」と浮かびましたか?大抵の方はその様な答が浮かぶらしいです。でも、こんな答え方をした人もいたと思うのです→「春になる」…何となく素敵な感じがしませんか?前者は科学的なアプローチ、後者は情緒的なアプローチの様に感じます。
 現代の私達は科学が発達し、科学万能の上に築かれた教育制度の中で幼少期を過ごして来ましたから、自分でも意識する事無く、「正確性重視」の脳へと偏った形成をさせられてしまっているのです。物事を考える時、バランスの良さって大切だと思うのですが、そのバランスを取るという自意識が形成される以前に、周囲の大人達に因ってバランスを欠いた自分に育てられている事を認識出来無いのは、卵から孵ったカルガモのヒナが生まれて最初に目の前で動くものを母親として刷り込まれて、飼育係を母親と認識し、飼育係の子供と思い込むのと同じです。
 世の中には、法に触れていなければ良いとか、損得が判断材料になる等、多くの出来事を善悪良否で判断し、人々の最も原初的な根元としての「本心」を意識する事に目が向けられなくなって久しいです。つまり人々は出来事を心で判断する前に、前頭葉がシャリシャリ出て来て、頭で判断するようになっている事や、表層的な部分を見ているだけって事に気付けなくなっているのです。何となく違和感を感じるのだけれど、理屈は通っているなんて事を感じた事は有るでしょう。頭で判断する典型は、言葉の問題に顕著です。愛の有る人と愛の無い人が、同じ様に「愛してるよ」という言葉を発したとしても、「愛してるよ」という言葉は同じですから、前頭葉は言葉の同一性に意識を奪われてしまい、同じ様に受け取ってしまいがちです。心は何と無く違うよと信号を発しているのに、それを抑圧するだけの意識を持つが故に人々は不幸になりました。現代は賢いというかずる賢い人が出世する世の中になりましたから、甘い言葉はとても便利な道具として、今日よく用いられています。大切なのはバランスです。「五知」に偏った自分のバランスを取り戻すには「五感」を意識する必要が有ります。
 今日は「五知」と「五感」を説明して、コラムを終わりたいと思います。
 まず「五知」とは「読む」「書く」「算じる」「覚える」「まとめる」という5つの知識の総称です。主にこれは頭というものを使って物事を知るものです。余談になりますが、この「五知」を使って未来を推察する事を「予測」と称しています。次に「五感」ですが、これは「見る」「聞く」「触る」「味わう」「嗅ぐ」という5つの能力の総称です。これはどちらかというと「勘」「第六感」という様な感覚を使って物事を知るものです。
 「五知」と「五感」両方を使って未来を推察する事を「予知」と称しています。「予測」とは天気予報、「予言」とは占い、「予知」とは経営という様に私は理解しています。以上の分類法から導き出される様に、最も正確なのが「予測」、最もいい加減なのが「予言」、その間に有る最も人間らしいダイナミズムを持つ領域が「予知」と言えるでしょう。
 正にこの「予知」の領域こそが人理学(私が名付けたもので物理学と対する、人を解明する学問の事)の真髄で有るのです。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月26日

知恵の人、松下幸之助先生

 昔の松下電気は、今の様に家電量販店というところで松下の製品を売る事はなかった。最も、そういう量販店自体存在しなかったのも事実ですが、当時は、ナショナルショップという販売協力店でのみ商品を販売していた。私は、倒産した店や所有者が亡くなった家の中の、いわゆる不要品というものを処分する事を時々依頼されます。その中から価値のある古物を買い取る事も同時に頼まれます。
 例えば…ある時、天王山の戦いで豊臣秀吉に負け、落ち延びる途中に竹槍で明智光秀が殺された場所の近くの、倒産したナショナルショップの古物の買い取り依頼が有りました。3階の屋根裏に山の様に積まれたゴミの山でした。そのゴミの山の中を丁寧に探していた時の事です。額に入って「力斗向上(りきとうこうじょう)」と書かれた色紙が出ていました。横には松下幸之助と書いてありました。これは松下幸之助先生が、ナショナルショップの店主に自ら書き贈ったものだったのです。しかし、私には、松下幸之助先生が、私に対し「“力斗向上”の精神で、私の後を継いで下さいよ」という思いで書かれたものだと確信できました。
 石田梅岩先生を学び、松下幸之助先生を学び、今時代を超えて師弟の契りを頂いたものと、それはそれは感銘を受けました。孔子の没後約100年後に現れた孟子によって、その思想がより完成させられた様に、私は松下幸之助先生から託されたものと確信したのです。今、その色紙は五條楽園英徳館に飾られ、私達を見守っています。その色紙と奇跡的な出来事からほどなくして、これを超えられる様な奇跡に巡りあう事となったのです。それはある講演会の席でした。その方のお話を聞くのは2度目の事でした。1度目は岐阜で“織田信長”を、2度目は京都で“日蓮”についてでした。その日蓮のご講演の後、何と、その講師の先生は私の隣の席にお座りになったのです。それが松下幸之助先生から国手(こくしゅ)となる約束を交わされた、松下政経塾1期生の林英臣先生でした。私はその機会に、中国の故事「伯楽天」にちなんで「真の駿馬は野に在りや。現代を伯楽たる林先生は如何に…」の様な生意気な質問をさせて頂きました。それを聞いた林先生は「“伯楽が見い出し王葬(おうもう)が育てる。”か…」と、つぶやかれたまま、じっと腕組みをしたまま黙ってしまわれました。私はこのお姿に尋常ならぬ縁を感じ、私だけのある仏縁を調べる法を使って、林先生と私のご縁を試してみる事にしました。結果は、現在五條英徳館において行動を供にする事となった事が全てです。
 もう1つ、10数年来行き来が途絶えていた知人が、急に私を訪ねて来ました。そして、藤木相元という方の名前を告げて帰りました。そして、その後、その藤木先生の講演会というものの案内が届きました。これも縁かも知れないと感じ、まずその方の著書に触れようと書店へ行きました。そして買い求めた1冊に、松下幸之助先生との因縁を知る事となったのです。
 藤木先生は阪急電鉄の創始者で、宝塚歌劇団の創設者でもある小林一三翁と親交があり、ある時、有馬温泉で小林翁の計らいで松下幸之助先生を招招された。その時のエピソードの一節です。
 松下翁は「知ってまっしゃろ。ワテは小学校4年生しか出てまへんねん。学問はおまへん。知識もおまへんなあ。これは悔しい事でっせ。小林さんの様な高等教育を受けてまへんねん…」小林翁は慶應義塾大学を卒業後、三井銀行に入り、その後箕面有馬電軌(のちの阪急電鉄)の設立に参加したという十分な学歴を持った人でした。「何を言われます。知識というのはお金で買えます。しかし、松下さん、知恵というものはお金では買えません。松下さんの知恵は松下さん1 人のものです。これからの時代は知恵が知識を使う事が大事だと思います。これからの平和な時代は、知恵が知識を使う時代です。恐ろしい戦争は知識が始めた事です。知識が世の中を牛耳ると世の中が傲慢になります。知恵者が知識を使うという事が正しい順所なのです(『強運指南』藤木相元より)。」この日以後、この藤木氏の運は一気に開けていったそうです。
 私は、この様な事から、自分(あるいは私達)の天命は、知識偏長の世の中に、「智恵の大切さを知らせる」その役割を担っているものと自覚するに至ったのです。
 この「智恵の大切さ」を知らしめてゆく、第1歩として、林英臣政経塾天命講座が開かれて3年目。そして、今年の3月より新たに寄宿制の京都2世塾(定員 2名)が、この五條英徳館にて新たに開講される事となりました。林先生と私は石田梅岩先生、そしてその系譜にある松下幸之助先生の遺志を受け継ぎ、本当に松下幸之助先生が伝えたかった“思い”を次世代に伝えて行きたいと心から願う今日この頃です。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月24日

吾唯足知(われただたるをしる)

 最近は下水道が発達し、汲み取りのバキュームカーのあの田舎の香水の臭いをめっきり嗅がなくなりましたね。あの強烈な人間臭、あれが私達の体から排出されたモノの臭いという現実から人を遠避けました。確かにあれの臭いはきつい。これが人間の体の中にあるなんて…。
 それから、おじいちゃん、おばあちゃんが死んでゆく過程を、子や孫が日々に看取るという事も無くなりましたね。家族に下の世話をして貰いながら、早くお迎えが来て欲しいと、ただただ祈る老人の姿を目に焼きつける場を現代は奪ってしまった様です。奇麗なモノだけを見て、汚いモノには蓋をする。文化の進歩は、環境も、現実も、そして人間そのものの存在自体にも、“臭い”生き方を許さない様な世の中になった気がします。
 戦後は民主主義が導入され、個性の尊重が叫ばれ、どんどん個人主義になってきました。ところが日本という国は、1300年程「和をもって尊しとなす」という大和の精神が息づいた国でした。そこへ個人主義がミックスされたものですから、とても中途半端な個性が花開いた様に思います。
 例えば、破れた様なジーンズ、金髪、ずり落ちたズボン。確かに多くの中からは浮き上がっている個性と言えば言えるかも知れませんが、実際、日々町中でも見かけるレベルの個性ですね。世間で言われている個性と言うものは「人並みは嫌だけど、孤立するのはもっと嫌。要するに内から沸き出してくる自分らしい個性では無く、周囲と比較した上で、これ位がちょうど良い」という様な、いわゆる自分にとってのハマリ役を探して演じているに過ぎないレベルの個性の様な気がします。
 ワガママは「周囲に受け入れられないその人の性癖」個性は「周囲に好ましく受け入れられるその人の性癖」と私は定義しています。大体この範疇で皆さん収まってしまうのですが、中に、この上を行く“臭い”生き方をする人がいます。あまりこういう人はテレビには出演出来ませんから、めっきり触れる機会が減りましたね。というのも、局のイメージとか番組コードに引っ掛かったりして、扱いにくいですから。
 私達は、この世に自分が生まれた意味について考えを巡らす時、「自分らしい人生とは?」「自分らしいとは?」と無意識に問いかけて無いでしょうか。多くの人が“自分らしい”を探している様に見えます。“自らしい人”というのは、儒教的“らしい”の到達点の様に思います。そして、日本が儒教的な国だからこそ、この様な生き方を模索して疑わないのでしょう。
 私は、“異彩を放つ”という存在感や独特の気を発している様な人を目指したいと思っています。それは、その人が“臭い”生き方をして来た到達点の様に思うからなのです。その“臭い”事こそが、その人の命の輝きに感応した結果だと思います。個性的とか“らしい”を超えた存在感がそこに生まれ出ずる事となるのです。
 この“臭い”生き方は、老子的な深い深い探求の後に、自ら天命を大悟するという過程を経て身に付く場合、そして生まれながらに、正に天然的に、何の心配も無く天真爛漫に生きた結果のどちらかだと思われるのです。老子はこの様な生き方を豊かな生き方だとしています。出来無い事だらけの魅力いっぱいの人には、多くの人々が集まって、その人の出来無い所を支えて、盛り上げ様としてくれる。結果、却って、少しばかり個性的で賢い人より、人生が豊かになると言っています。こんな考え方、した事ありました?素敵でしょ。
 その人“臭い”という事は、人から一目置かれる生き方で、自分“らしい”を超えて自分“臭い”生き方を貫く先に達する境地です。
 自分の命を思いっきり輝かせる、それ以上でもそれ以下でもない自分を、しっかりと覚悟した胆が出来上がると、その人の潔さがその人の“存在感”となり“気”が発せられるのです。
 ただ、日本は圧倒的に常識人の国、和の社会ですから、なかなか受け入れて貰えない。でも、受け入れて貰う為に生きているんじゃないんだ、としっかり胆に銘じて、自分臭く生きて欲しいと思う。上手く話せなくたって良いじゃないか。熱く語ろう。上手く書けなくても良いじゃないか。熱く書こう。上手く生きなくったって良いじゃないか。自分臭く熱く生きよう。自分の魂を納得させたれるのは他人じゃない。自分自身。「この人が好き!」、だからそばに居たい。そんな男になれたら良いな。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月22日

イロ、英雄を好む

 私塾、京都心学塾五誓の中に「常に現象から本質へ目を向ける」という誓句があります。この言葉は、かれこれ15~6年前に、無門流空手の創始者、富樫先生に教えて貰いました。無門流空手の富樫先生というより、『空手バカ一代』に出てくる極真空手の強者で山隠りをしていた、あの富樫選手と言った方が多くの方は「ハイ、ハイ」とお分かりになられるのでは無いでしょうか。富樫先生は何しろ男前、しかも自信に溢れているから、立居振舞いが堂々としておられる。にも関わらず、少しも威張ったところが無い。正直惚れちゃったね。しかし、先生の凄い所はそれだけじゃ無い。“国家百年の大計”という日本の立て直しを自ら目論み、哲学的にそれを考え構築されているところが凄い。『空手カシコ一代』って感じだなあ。その先生が教えて下さったのが、“現象から本質へ”という言葉でした。その時の説明に引用されたお話をします。
 “車を速く走らせる”という命題が有ったとします。この命題に対して、アメリカ人は「スピードが出るなら、大きなエンジンが必要だ。形は一番速い乗り物、ロケットに似せたら良い」という現象論的アプローチをし、出来上がった代物がアメ車という、俗に言う車速です。一方ドイツ人は「スピードを出すためには、空気抵抗を下げながらも安定した走りにする形状を見つけ出さなければならない。そして出来上がった空力ボディにベストな組み合わせのエンジンを選び出す」という本質論的アプローチをして、出来上がったドイツ車は、今や世界を席巻するに至りました。この様に目に見える現象的なものに囚われるのでは無く、その裏に秘む本質をしっかりと見抜く目を持たねばならないとおっしゃっていました。
 次にそれぞれ実力が伯仲している有段者の空手家2人を対峠させ、真剣勝負を見せて下さいました。それはただ一定の距離で見合いながら、身じろぎもしない時間が過ぎてゆくものでした。先生曰く、本当の真剣勝負で実力が伯仲した者なら、その理由を知らずに見た人は、2人が向かい合ってじっと立っていると見えると教えて下さいました。つまり、現象的には見合って立っていると見えるのです。
 私はその日からいつもお頭の中で「現象から本質へ、現象から本質へ…」と唱える様になりました。どの様にしたら本質が見える目と脳が手に入るのだろう。その訓練を重ねてきました。昨年12月に掲載した「悲しきスケベ親父に贈る」のコラムはまさに「現象から本質へ」という視点で分析したものです。親父達がスケベなのでは無く、人間の女性が発情期を失ったが故に、常時発情しなければならなくなった人間の男性達の悲哀の現れという姿こそが本質的なものなのです。
 同じ様な視点から見たものに、親しい先生から教えて頂いたもので、“英雄、イロを好む”という言葉がありますが、「岩田君、あれは間違いだよ」女性の本質から考えると、無意識の内により強い子孫を残そうという意志が働いて、真実は“イロ、英雄を好む。”が正しい。イロが英雄を好んだ結果、英雄がイロを好んだ様に現象的には見えるのだと教えて頂いた。
 「う~ん。なるほど、“イロ、英雄を好む。”かぁ…」


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月21日

お布施についてのお話

 皆さんはお布施というと、いつもお坊さんに包むお金というイメージがありますね。これは3種類有るお布施の中の、物で行うお布施の1種でしか有りません。お布施というものはもっともっと数多く有るのです。そして、お布施を世の中に対して、いっぱい、いっぱいしている人は、その貯まった量に応じてどんどん運が強くなったり、友人に恵まれるという仕組みになっています。この目に見えて運が強くなる迄には、とてもとても長く、たくさんのお布施を積まないといけないのです。でも、これをやるしかないのです。少しでも若い内からこれを知って、しっかりと毎日を過ごす人の事を「大器晩成」と言うのです。私はその様に解釈しています。
 さて、お布施には、財の有るのと無いのとで2種類あります。自分の畑で採れた野菜をご近所にあげるとか、里帰りした時のお土産をあげるとか、お坊さんにお金を包んで渡す等は財のお布施になります。その様な財を持たない人でも出来るお布施を、仏教では主に「無財の七布施」と言っております。

 「無財の七布施」とは…
1.眼施(げんせ)優しい愛情の有る目で相手を見る
2.和顔悦色施(わがんえつじきせ)穏やかで微笑みを讃える顔でいる
3.言辞施(げんじせ)一言一言に注意を払い、思いやりのある言葉をかける
4.身施(しんせ)自らの身体を使って相手に尽くす事
5.心施(しんせ)相手に対する思いやりの心配り・気配り
6.床座施(しょうざせ)場所や席を人に譲る
7.房舎施(ぼうしゃせ)身の回りを綺麗にする。

 相手の人に小さくても居場所を提供する、電車で席を譲る等、私は実はこの無財の七布施というものは社会で生きてゆくには、特に気を付けなければならない重要な事だと思っています。学歴や頭脳明晰な事(うさぎ)より、無罪の七布施を毎日どれだけ積んだか(カメ)という事の方が、実はとても晩年には大きな成果に結びつくと考えています。いつも人と会う時にこの七布施を心掛けていると、相手の人は、みんな好意を持って下さいますし、良い噂や情報をもたらせて下さいます。
 仕事における一番大切な情報というものは、人を通じてしか決してやって来ません。年を取れば取る程、お互い社会的にも地位が上がっているので、もたらされる情報も大きなものになります。何より、神様からのご褒美は、お布施をした人にしか与えられないのです。
 次にお布施の分類は、種類分けすると3種類あります。ひとつは物施(ぶっせ)物やお金でするもの、次に体施(たいせ)自らの身体を使ってするもの、最後に法施(ほうせ)物事の道理や道徳、気付きを人に与える事です。これも私の考えなのですが、この物施・体施・法施の順で、陰徳の貯まる量が大きくなるのです。ですから、生きている内により多くの陰徳を貯めようと決心するならば、物施より体施、体施より法施を多くしなければなりません。ところが、この法施を出来る様になる為には、多くの学びと多くの経験を積まなければなりませんので、そう簡単には出来ないのも事実です。だからこそ、若い内は「無財の七布施」をしっかりと意識して、毎日自然に出来る自分になれる様に努力するのが大切だと言えるのです。政治や仕組みで世の中を平和にするのも大切ですが、この「無財の七布施」を1人でも多くの人が心掛け、自分の身の回りを明るく照らす事こそが、正に「一隅を照らす」事になるのです。その和が明るく平和な世の中になると考えるのは私だけなのでしょうか…?


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月20日

ちょっと陰徳の事についてお話しましょう

 福澤諭吉先生の“心訓(こころのおしえ)”というのが有ります。ご存知でしょうか?英徳館の事務所にも額に入れて掲示しています。私はこの“心訓”に初めて出会った時から、この訓え通りに生きようと心に決めました。昔の人のように堅苦しく無く、とても自然に私の心の中に染み渡りました。今でも何度も何度も読みます。名画を何度観ても飽きない様に、いつも新鮮に心に染み渡ります。この“心訓”については、又改めて触れようと思っています。
 今日はその“心訓”全7条の第5条「世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕し決して恩に着せない事です」を紹介したいのです。これは、正に、今日の話題の“陰徳”の大切さを福澤諭吉先生が述べた事に他ならないからです。
 陰徳とは広辞苑によると、「人に知られぬ様に施す恩徳」と有ります。ここで大切なのは「人に知られぬ」という事です。これは何もわざわざ隠れて良い事をしなさいという事ではありません。私が解釈する所、日常、あたかも相手に全く気付かれる事なく、ごく自然にさり気なく成される事と理解しています。殆どその人の性質と言える位に当たり前に成されている事が重要だと思います。
 この陰徳と説明するのに、お金に例えると分かり易いでしょう。例えば、洋服が欲しい、車が欲しい、美味しいものを食べたい等、個別に異なる欲望で有っても、お金という1つのもので解決できます。貯金を取り崩して、その欲望に見合う対価を支払えばその欲望は満たされる。一方で、欲望に見合う対価を満たしただけの額の貯金が失われる。ちょうど、この貯金にあたるものが陰徳だと思っていただければ分かり易いでしょう。
 ただ、陰徳はお金よりももっと広い範囲の欲望をも満たす事が出来るその元手と考えて下さい。例えば、有名になりたい、選挙で当選したい、良い縁に恵まれたい等、お金では解決出来無いもの迄も、陰
徳を取り崩せば手に入れる事が出来るのです。この陰徳を取り崩す事によって得られるものを総称して「陽徳」と言うのです。ところが、今の世の中では、この仕組み、あるいはこの理論を知らない人が実に多い。というのも、これを教える親や、道徳の時間が敗戦後めっきり少なくなってしまったからなのです。
 この事が恐ろしいのは、陰徳が十分貯められていない若者が有名になったり、ベンチャー企業のオーナーになったりする事なのです。何故恐ろしいのかと言うと、陰徳を全く意識せずに陽徳を追い求めてしまっているからなのです。
 陽徳と陰徳の負の差が大きい、つまり陰徳の借徳(借金)が多い人生ですから、多くの人生上の問題が発生するのも止むを得ません。ただ、陰徳は世代を超える力がありますから、例外的に先祖の貯めた陰徳の食いつぶしで、本人の積善なくても障りが起きない場合もあるにはあります。これとても、食いつぶした先はトラブルが発生します。船場吉兆や赤福にそれを見い出します。
 このトラブルに見舞われているにもかかわらず、根本的解決として陰徳からのアプローチを試みている様には到底思えません。多くは破産をしたり、人を騙したり、新興宗教に入信し自分を騙したりと、人々は迷路に迷い込んでいます。
 陰徳を積む方法はただただ機会ある毎に、相手や世の中に対して、布施業を行う事に尽きます。それ以外に方法はありません。
 お布施というと、お坊さんの法事にするお礼で、お金であると思っている人が殆どでしょう。これはほんの一面で、布施の本質では有りません。では、陰徳と布施の関係についてですが、又明日お話したいと思います。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月19日

数寄屋橋じろうと三ツ星

 ウサギとカメのお話は日本人なら誰でも知っていますよね。ウサギとカメが競争をして、ウサギはその運動能力の高さを存分に発揮してゴール手前迄走って行き、後ろを振り返って見るとカメがあまりに遅いので油断をして、少し寝ようとウトウトして、その内に本当に眠ってしまい、その間に休まず歩み続けたカメが先にゴールした、というお話。
 さて、この話は一体、私達に何を教えようとしているのでしょうか?「自分の能力に自惚れてはいけない」「まじめにコツコツとやれば、いつか成功する」「油断とは強者のみに存在し、弱者には存在しない」成る程成る程。それから、「人生は長いレースだから、今遅れていても挫けない」うーん、泣かせるねぇ。多分どれも正しいと思う。これじゃあこのお話は終わってしまうから、私的にもう一度このお話を学びに代えたいと思うのです。
 競争という以上はゴールを目指してスタートしますよね。ウサギもカメも。最初はゴールを目指して競争していたのに、途中からカメと競争をし始めたんですね。だから油断が生まれて眠ってしまった訳です。一方、カメはウサギの事なんか関係無し。ひたすらゴールを目指して一歩ずつ歩んで行っただけなんです。勝ち負けじゃなくて、自分の目標をただ目指していただけ。私はウサギの目標を相対的目標、カメの目標を絶対的目標と名付けました。
 昔、私がとある会社の営業マンをしていた頃、ある高校卒の後輩社員が「大学出のあなただけには絶対負けたくない!!」と私に言った事がありました。「じゃあ、中学卒なら負けてもいいのか?」なんて意地悪な質問はしませんでしたが、「私が大学卒が否かではなく、自分自身と向き合いなさい!!」と言い返した事がある。もう少し正確に言うと、自分自身に負けるなと言いたかったのです。
 世の中には、相対的目標を定め、それを目標に頑張る人も多いと思いますが、こういう人は、一定の地位や目標に到達すると、目標喪失症を発症し、急に自堕落になってゆきます。東大・京大を卒業して官僚にいなったり公務員になって、安定した地位を得ると、どうしようもない腐れ外道(げどう)になる奴の何と多い事を見ても分かるでしょう。
 フランスのミシュランが、数寄屋橋のお寿司屋さん「数寄屋橋じろう」に三ツ星の称号を与えたというニュースを最近知りました。
 この大将は小さい頃貧乏で、7歳から奉公に出されて以来、ずっと寿司を握っているらしい。とんでもない有名店になってもまだ、もっと旨い寿司が握れるんじゃないだろうかと、その道を極めているらしい。らしいって書いているのは、こんな店で寿司を食える身分じゃないから。
 こんな大将も、若い頃はいつもドジでノロマで先輩から罵声を浴びせられたり、頭を小突かれたり相当したらしい。ただ、自分には帰る家がもう無かったから、嫌でも何でも仕方が無いから、頑張るしか無い。「こんな仕事は自分に合わないなんて事言ってたら、本物にはなれない。その仕事が天職だと信じて、その仕事に自分を合わせるんだ」と言ってた。何と含蓄のある言葉。本物ってものはこういう風にして生まれてゆくんだと思う。今のご時世では本物は生まれにくいだろうなあ。
 逆に、だからこそ、今本物指向の絶対的目標主義を志したら、ブッチぎりのダントツのトップになれる世の中だと思うなあ。ただ、認められる迄に時間がかかる。
 今の若者は我慢出来無いから難しいでしょうね。欲しいものが有ったら今直ぐ欲しい。ねだる。ローンで買う。早くに有名になりたいからって、中身も何も無いまま芸能界へ行く。
 そんなのに比べたら、大正14年生まれの寿司屋のオヤジは全く別の世界の人だね。正にカメの生き方を地でいっている生き方とは、こういうものなんですよね。別に彼にとって相対的な評価三ツ星なんてどうでもいい訳で、まして彼らの寿司を目指した時に三ツ星なんてものは、この日本に存在しないんだから、目指しようも無いけれど。
 今、若者で料理を目指す人で、いつか三ツ星シェフになってみたいなんて思っている人もいるでしょうけれど、こういうシェフは三ツ星を取ってからの人生は苦しみ以外の何ものでも無くなる可能性が有りますね。料理専門学校のキャッチコピー「私は料理界の東大へ行く」なんてのを使っている所が有りますが、本当に料理をどう考えてる人が指導してんだろうね。相対的目標を持っている人の言葉だよね。だから、くれぐれも気を付けないと「船場吉兆」なんて事をやらかしたりしてしまうってもんだよ。
 弁護のために言うんじゃないけれど、少し違う気がするね。東大って聞くと、学歴コンプレックスからなのか、過激な発言になってしまいますね。結局、私も口では本物を目指そうなんて言いながら、コンプレックスの固まりの人間かもしれないですよね。だって、自分の事を一番知らないのは、この私なんだから…。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月18日

美味しいサンマは私になる

 庶民の味サンマ。どうですか?日本人なら脂の乗った秋のサンマは大抵大好きですよね。それに値段も安いですもんね。“ザ・めしや”での私の定番はサンマですねぇ。サンマの脂はとても上品な味で脂臭くないですね。あ~、熱々のサンマ、食べたいなぁ。秋が待ち遠しい。
 では、ここで問題です。目の前のお皿に乗ったサンマ、見る事は出来ますか?お箸で突っ突く事、出来ますか?もちろん見えるし、突っ突く事、出来ますよねえ。では、美味しくサンマを食べたら、サンマはどうなりますか?お腹にありますよね。じゃあ、2~3日後サンマはどうなっていますか?え!もう便器に流しちゃって、どこにも無いって。う~ん。確かに。形としてのサンマちゃんは便器からサヨナラ~、と言いたいですが、ここで立ち止まって、よ~く考えて下さい。本当にそうなのでしょうか?
 私は、サンマは形を変えて無くならずにちゃんと存在していると思うのです。そうです。私の爪の先から髪の毛に迄、私の肉体のあらゆる部分にサンマは生きているのです。
 私は若い頃、バーの止まり木に止まって、マスターとお話するのが好きでした。そのバーのマスターが私に言った言葉です。「あなたの話は良く分かるけど、他人の考えの引用が多いね。自分自身の考えって一体何なの?」と。私は何の疑いもなく自分の考えとして語っていたのに、その言葉にとっても違和感を感じました。
 多くの偉人や多くの先人の考えを学び、自分のものにする事は財産であり、全ての偉人・先人の考えを選択も無しに吸収している訳でも無いからです。若い自分より、偉人や先人と呼ばれる人々の含蓄のある考えを吸収する事は、とても私にとっては大切な事だからです。その時、私は自分を上手く説明出来ませんでした。
 その後、サンマを食べていて、ハタと思い付いたのです。「そうや、サンマと同じやん。」
 偉人・先人の思想に出会った時は、サンマを眺めているのと同じで、自分とは別の物ですが、それを美味しく頂いて腑に落として消化したら、それからはもう自分自身の何ものでもなく、“私の考え”そのものに変わる。ただ、きっかけを与えてくれたのが、偉人・先人と呼ばれる人々で在っただけなんだ、と。
 時々、世の中に了見の狭い先生と呼ばれる人がいて、「それは私の考えだからね。」なんて言う人がいますが、これは学問というものを理解していない学者、所謂“論語読みの論語知らず”という輩ですね。相手にしない事です。
 戦後、家電品の何かを発明した人がいて、それを特許を取得せず、日本のメーカー全てに自由に使う事を許した学者が居た、という話を聞きました。それを元に日本のメーカーは多くの今日の基礎を築いたと言えば大袈裟ですが、その恩恵を多大に頂いた事は確かです。
 大所・高所に立って祖国の為を思う心が有れば、こういう風にならなきゃなんないんですがねえ。自分の私利・名誉にキューキューしている奴が多過ぎていけません。
 石田梅岩先生は、全く無料で人々に生きる道具を与えておられた訳です。大体こういう先生を尊ぶ風調が日本には失われてしまいましたね。テレビ写りがいいとか、有名だとか、有名大学の教授だとか、どこどこ塾出身の政治家だとか、こんな連中がマスコミを通じて考えを垂れ流しにしているのを聞いていたら、痴の毒が知らない内に、体にまわりますよ。
 だいたい陰徳を積んでいる人物というのは“陰徳”という様に、人々の陰に隠れて市井(しせい)に紛れてるもんなんだから。世の中に有名になったり偉いと呼ばれている事は“陽徳”と言って、陰徳が形を変えたもの、つまり貯金をおろして車を買う様な事になるから、陽徳ばかりで陰徳を怠ると、根が腐って枯れる様に、人間も人として枯れて、地獄に落ちてしまうんだから、よっぽど気を付けた方がいい。とにかく地獄の入口でささやく言葉は覚えておいた方がいい。それは“せ・ん・せ・い”って言葉。高いお金を取って持ち上げて影で笑っているべっぴんさんのいる店で、耳元でささやく言葉は決まっているでしょ。「あ~ら、せんせ~い。」いい加減な先生は大概これでやられてゆく。
 話はあらぬ方へ逸れましたが、こうしてコラムを書いている“私の考え”が、少しでも“あなたの考え”に変わって貰えるなら、こんな幸せな事はありません。ましてや、可愛い女性の腑に落ち“私の考え”がその方の、髪の毛やら爪や○○○の一部になれるのなら、もうこんな幸せはありません。
“私はあなたのサンマになりたい。”


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月17日

心学のススメ

 私は京都心学塾という私塾を主宰しています。元々の源流は、江戸時代、今から240年程前に、石田梅岩先生が商人の身で在りながら自ら身に付けた生活哲学を世の為に広めようと、40歳過ぎて一念発起し、今の烏丸御池近くの借家で、町人に語り始めたのが最初です。当時、学問や哲学等は、武士階級だけが正式に学ぶ習慣があっただけで、町人は学とは縁遠かったのです。その様な町人に対し、「席銭相要り申さず」つまり、全くの無料でお話しましょうという事で始められた。
 その要締は“正直である”という事と“倹約”という事に尽きる。今日「もったいない」という日本語は、世界的に知れ渡りましたが、この倹約の思想がその源流なのです。『都鄙問答(とひもんどう)』と『倹約斉家論(けんやくさいかろん)』の二著を残されています。
 この心学の何が凄いかと言いますと、幕末に、私塾・藩授併せてこの石門心学門下に公称150余りあったという事です。一説には180になろうと言われておりますのが、これはとんでもない数と、とんでもない影響力を我が国に与えたのです。しかし、その説く所が生活哲学であり、あまりに今の日本人(正確には戦前迄の)に当たり前の血となっているので、気付かない程私達の血肉となっているのです。
 例えばおこずかいを貰った子供が貯金をしますね。別に私達日本人は何とも思わない。しかし、これは世界の常識では異常な子供達なのです。この貯金をする習慣のある子供を持つ国は世界で2カ国と言われています。1つは日本、もうひとつは日本精神を輸入した国、つまり台湾です。知っておられましたか?
 その石門心学を講義する塾が今では京都では絶え、大阪と東京の2ケ所となっていました。私は、石田梅岩先生のご生家を訪ね、現当主の石田二郎先生にお願いし、京都で心学を名乗るお許しを頂きました。石田梅岩先生、松下幸之助先生と同じく、商人として生きてゆく中から身に付けたイワタ哲学を、京都五條の地から誇りたいと思ったのです。形ある遺産だけが京都ではありません。
 この石門心学は、伝えていかなければならない不易の学なのです。又、大切な大切な日本精神の核となる哲学なのです。もう一度私は世の中に石門心学の存在を知らしめたいと思うのです。
 この広い地球には、足の裏に刺さる刺が無数にあります。それらの刺を全て取り除く事など出来ません。地球上にある全ての刺から足を守る為に、この大地の全てを覆ってしまう事も不可能のです。しかし、自分の足を守るためにしっかりした靴を履いたなら、何処を歩こうとも、もう刺が足に刺さる事無く、地上の刺を全て取り除いたのと同じ事になるのです。
 心学はこの靴の様に、世の中で生きる為に自分を守る靴になる事が目的なのです。“当たり前だけれど絶対に大切な事。”これが中心となる哲学です。そう言う意味では、あんまり驚く様な知識や考え方は話しません。あくまで人としての当たり前に主眼を置いてます。
 釈尊も「私達は自分自身が煩悩という他の力に支配されている。」という事を知らなければならないとおっしゃっておられます。
 煩悩の中でも、特に主要なものが貧(とん)【執着】、瞋(じん)【怒り】、痴(ち)【無知】の3つの煩悩で、これらは私達の命を脅かす毒の様なもので、特に三毒と呼ばれています。その中でも諸悪の根源となっているものが無知の心で、この無知の心だけは、全ての煩悩の中に行き渡って存在しています。ここで言う無知とは、単に物を知らないという事による混乱した状態だけでなく、全てのものの究極の有り様を理解せず、それに対して間違った考えを持っている心の事を差しているのです。
 少しでもこの無知から脱却するためには、自らすすんで智慧を求める心を持たなければなりません。私達の体の行い、言葉の行い、心の行い、全ての行いは智慧の泉から湧き、流れたそれぞれの川なのですから。全てはこの智慧の泉そのものにこそ、その根源が宿るのです。人は生まれただけでは、雄と雌でしか在りません。智慧を学び自ら考える事を通してしか、男または女、そしていずれ人物になる、という事は有り得ないと言えるでしょう。

京都心学塾 開催日程
1月26日(土曜日)PM8:00~12:00
遠方の方は宿泊して貰えます。全て無料。開催は毎月第4土曜日です。ご興味の有る方は、どうぞお気軽にお越し下さい。場所は英徳館2階講義所。地図はホームページ内のTOKI-WA-SOH MAPと同じ。入口も同じです。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月15日

タイルという産業廃棄物

 TOKI-WA-SOHの外観は大正時代のタイルの外装そのままです。五條楽園様式というコラムでも触れましたが、ここ五條楽園の地には、当時のタイルをとても可愛らしく貼ってある建築が実に多い。とにかくタイルというものは、建築の資材の中でも特別に可愛いと思う。ただ、建築という世界は男の世界で、とにかくタイルの使い方が男性的なのです。現代建築の最近の流行りも、モノトーンで有るとか、機能美とか、すごく車のデザインの発想と似た感じがある。そんな車の中でも、ほんの少数だけれども可愛いデザインの車がある。昔のニッサンのB- 1、スバル360、エスカルゴ等々。極め付けは私の愛車ミゼット2。これは可愛い。理屈抜きに可愛い。全ての不都合も、たった1つの“可愛い”という価値の前では色褪せる。
 『TOKI-WA-SOHは可愛い』、入口玄関前に小さなタイルを貼るなんて発想が出来るデザイナーははっきり言って、現代にはいない。だって、カッコイイデザイナーの先生は多いけど、可愛いデザイナーの先生を私は知らない。
 玄関を入って正面受け付けにも可愛いタイルを貼っている。入口右側のカフェは色とりどりのタイルが貼り詰められている。ところでよく写真を観て欲しいのですが、このカフェ一面のタイル、タイルがいろいろな種類で溢れています。実は、建築の現場では、タイル屋さんはタイルを必ず少し多めに発注しておく。それは将来タイルがはがれたり傷んだ時の補修用に敢えて余る分の発注をかける。そして余ったタイルを倉庫に保管しておく事になるのですが、実はこれが大変困った問題なのです。中途半端で使えない大量の余りタイルは、全て産業廃棄物として、わざわざお金を払って捨てているのが現状なのです。私はこの美しき産業廃棄物をせっせとトラックで集めて倉庫に貯めておき、現場現場でイメージに合うタイルを探して来て、コツコツと1人でタイルを貼っていくのです。この TOKI-WA-SOHカフェもそんな廃棄されていたであろうタイル達が、自分の生き場所を与えて貰って、喜びのハーモニーを奏でているのです。命の恩人の私の為に。
 いつもいつも私は何故か強く思う事がある。こんなに可愛いタイル達を産業廃棄物等と勝手に決め付けているのは人間なのです。私がもし、今この様に人間として生まれる事無くタイルとして生まれていたら、まだまだ働いて世の中の役に立てるのに、半端な枚数だという理由だけで、その命を奪われたら、悔しくて悔しくて死んでも死に切れないだろうなって思うのです。
 リサイクルの商品もそうです。もし、この家具に生まれていたら、まだまだ使えるのに、捨てられたら無念だろうなあっと思う。私の周りではほんのほんの少しかもしれないけれど、何とかその物達の命を任うさせてあげたいと、私に命を救われた物達が、安堵の溜め息をついているのです。そして、自分達を捨てずに、大切にしてくれている私のために、その命を輝かせてくれているのです。
 そもそもデザインの原点なんて、何なんでしょうね。私はデザインにおいて先生等と呼ばれる勉強は一切していませんから、私にはデザイン術等と呼べるものは有りません。ただ、その建物や建具、タイル、電燈、家具等等、建物を色どる全てのものが可愛く、そして愛しい。あまりにも今更という感じに聞こえるかもしれませんが、私は、建築も、家族も、人生も、全ての原点は“愛する事”だと改めて言っておきたい。このTOKI-WA-SOHを創る事にあける愛のエネルギーだけは、どこにも誰にも負けない。来てみれば分かる!!


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

イワタ式人生免疫論

 今日のテーマは“イワタ式人生免疫論”です。何か“~論”等と書くと、とても格調高く思えてきますね。それでは以下をお読み頂き、その格調の高さに浸って頂きたいと思います。
 免疫というと、死に至る様な怖い伝染病がありますね。ところが子供の内にウィルスを薄めたワクチンを接種して、体に免疫というものを前もって作っておくと、大人になってウィルスに感染して死なないというアレです。若い頃に私はハタと気付いたのです。免疫というものは何と便利で凄いものなんだと。「ヨシッ。これからは人生全て免疫論でいこう!!」と。どういう事かと説明しますと、「何でも世間で危ないから気を付けなさい、年を取ってからハマると危険ですよ」と言われているのに、少しでも早い内に接して、それを体験しておくという事です。
 第1番目は、16歳の時のオートバイに始まります。暴走ってやつですかね。最初はカワサキ250SS。2ストローク3気筒、前後ドラムブレーキ。 32HP、車重170kgだった様な気がします。とにかく、当時カワサキのマッハシリーズと言えば“走る棺桶”と言われる位、若者が次々と命を落としました。ハッキリ言って、私も今どうして生きているのか分かりません。ただ、強運だったんでしょうね。その後、カワサキ750RS、通称“ゼッツー”というバイクに乗り、北海道一周などに生きましたが、2度大事故をやって、2度目は大破。少しはバイクというものに免疫が出来た、と思いきゃ、又々昨年ドカッティ 748なんてレーシングマシーンに乗る事となり、現在もワクチン投与中ってところです。
 次に麻雀その他賭け事。麻雀は特にやりましたね。狂った様に。父にとって麻雀は「亡国病だ!!」そうで、やはり病名を叫んでいましたが、免疫論を父に理解させるのは不可能なので、一切聞く耳は持ち合わせず。社会人になってからも、そのペースは落ちていないし、掛けも半端では有りません。独立したての頃はあまり仕事も無かったので、毎週水曜日になると、いわゆる組事務所と称する所で“賭け麻雀”をやりました。何故か小指が私以外の皆さんに無かったのが印象的でした。私はいわゆる“ダンナさん”な訳です。いわゆる参加者が支払う“テラ銭”というものが組の資金の一部になるそうです。そんな事は私に関係無~い。免疫論者の私の目的は、ただ、怖いお兄さんにもいち早く接して免疫を作らなければいけない事に有る訳です。麻雀が終わると、ダンナさんである私だけ、テラ銭の一部から接待があるのです。何故だかとにかくまずお風呂屋さんが決まりです。私が先に入って普通に体を洗い始めます。少し遅れて2人の若い衆が入ってきて、背中を流してくれるのです。最初は周囲に他の入浴客があるのですが、しばらくすると、私だけポツンと1人。遠くからさっきの人達がこっちを見ている訳です。だって、どう見ても私が兄貴か親分には見えないから、絵的におかしい訳です。ここで少し学びが有りました。1つ目が、入れ墨には、線彫り (色を入れて無い状態)とカラス彫り(墨の濃淡)そして、ご存知の色鮮やかな入れ墨があるという事。全身に入れ墨を入れると皮膚呼吸ができなくなり、晩年は哀れな目に遭う事が多いという事。2つ目が、どうも男を売る稼業の世界も、金が物を言う世界になった様だという事。
 次に私が挑んだ危険な事はヤミ金融。誤解しないで下さい。誤解しないで下さい。私がヤミ金融をしていたという事はでは有りません。金利の高い(年利 40%)お金を引っ張って事業をやるとどうなるのかという事。会社の経営者は事業が行き詰まると、ダメだと分かっていても最後は高利貸しの金を引っ張ってしまうと聞いていたから、会社設立早々の若い内なら怖い目にあっても、免疫となって再起出来るだろうと考え、トライ。なんてカッコ良く言うと「トライ」だが、当時私にお金を融資してくれる金融機関は無かった。700万円を10回返済、年利40%で居酒屋を開店。結果2度と借りてはいけないという事が分かりました。
 未だに私は“人生免疫論者”を貫いておりますので、人に誘われたらどこでも行きます。日本だけで無く、外国へも。そうそう、外国で思い出しました。外国の怖い所も免疫がひょっとしているかもと血迷い、危険地帯に足を踏み入れました。
 まずは香港の九龍。危ないよー。「社長、いいロレックスあるよ~」とか言って、人懐っこそうな奴が近寄って来る訳です。又オーバーアクションな位にこいつが愛想がいい。この見え見えの作り笑いなんてもう「サイコ-!!」まぁ金を取られる位で、奴らも殺しはしないだろうと付いて行くと、路地の奥のマンションの上。動物的な勘で、これはちょっとヤバイぞと思いました。一緒に行った仲間を1人だけ残して、「30分して戻らなかったら警察に行け!!」と告げてエレベーターに乗りました。マンションの入口を入った瞬間、「マジー!ヤバー!」扉の奥には鉄格子。入口すぐの左の部屋で5~6人が入れ墨の上半身を見せてカード賭博をやっている。その横を通る時に皆さんこちらにガン(眼)飛ばす訳です。これは1回で十分。
 次にマニラ。ここも又結構ヤバイッすよ。現地のボディーガード2人(うち1人は現職のポリス)と田舎のキャバレ-の様な所へ行った時の事です。田舎だから、日本人なんて来ません。そこへお金持ちの日本人がボディーガードを連れてやって来たと誤解された様で、舞台の正面の一番高そうな席に座らされました。あんまり良すぎて、私達一行だけライトアップされた様。すると、ダンサーがセクシーなダンスで私を目がけて近付いて来るのです。ここで、名誉のために言っておきますが、私はこういう女性との接し方はイヤなのです。もっとロマンチックなのが良いです。私はこのまとわり付くダンサーを追い払うにはどうしたら良いのか尋ねると、チップをはずめば立ち去ります。チップをはずんだら、なる程その通り。やれやれと思って一息ついたその後、恐怖が待っていたのです。幕間で見ていた次のダンサーが、チップをもっと欲しい為に、より過激なダンスで私に近付いて来るじゃ有りませんか。トップレスになって、私の頭を股に挟んだ、ちょうどその瞬間、私のすぐ足下で「バーン」と破裂する音がしました。ヤバイ。撃たれた。ダンサーは驚いて舞台から落下するわ、私達3人は臨戦体勢になるわ。こちらも現職のポリスがいます。38口径は持っています。でも私は丸腰。少林寺八級。如何ともし難い。車の鍵を預けられ、「取り敢えず車に乗ってロックしておく様に。30分して戻らなければ1人で車で逃げろ!!」と言う訳です。おいおい、又30分かよう。これは困った。何故なら、私はそこがどこで、そしてどこへ逃げて帰ってと良いのかすら分からない。そんな中で逃げろと言われても…。どうやら無事話がついてボディーガードが帰って来ました。ヤレヤレ。ところでどうして私が狙われたのか?実は私にまとわりついたダンサーに熱を上げて通い詰めていた現地の男が、ジェラシーのあまりプッツンをして及んだ凶行だったというのです。成る程、又私は最後に残されている、男として最も危険なものには挑んでいなかったと気付かされた。
 私は人生におけるごく一部の危険体験を書きました。“イワタ式人生免疫論”のおかげで、少しは胆が座った様な気がします。しかし、まだまだ未熟さは拭えません。これからも、もっともっと怖~い事に挑戦する様に日々精進してゆかねばと、年初において改めて胆に銘じた次第です。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月13日

日々のブログはイワタ絵画の1ピース

 最近このブログを書く様になって、少し考えが変わりました。ブログはそもそも最初にTOKI-WA-SOHサイトを開設した時は、単にコンテンツの1つとして15ヶ月間もの期間を要したSOHO町屋「TOKI-WA-SOH」の制作日記又は手記的な位置付けのつもりでした。用地収得からデザイン起こし、資金調達、制作と、かなりの部分を私1人でやる事となり、その苦労の連続と思いを日々日記の様に書いてゆく事で、多くの方々に「TOKI-WA-SOH」を理解して貰おうとの趣旨で始めたのですが、書き始めたのがほぼ完成に近付いた時期という事も有り、15ヶ月間の「過ぎた」事はかなり過去の記憶となっていました。
 私の性格が災いし、過ぎた事は振り返るものでは無く、心に留めるだけという感じで、後はもう「TOKI-WA-SOH」の未来ばかりに気持ちが移ってしまいました。書く内容も日記というよりは、私的思想としての随筆の様な内容になってしまいました。
 脳は快を憶えるとその行為を反復して継続しようとするらしく、私の脳はこの毎日の随筆をかなりの快と受け止めた様で、ぼんやりしていても仕事に熱中し過ぎて疲れていても、いつの間にやらセッセと書き始めてしまいます。
 そして考えが変わったのです。この日々の随筆は普段自分の脳みその中で描かれた「イワタ式思想」という1枚の絵画で、日々の随筆はその1枚の絵画をジグゾーパズルにした1ピースだと思う様になった訳です。自分でも50年という年月、生きて学び経験したその集大成というモノが、一体どの様な絵になっているのか、はっきり言ってよく判りません。
 ただ自分の実体験や応用を通じてオリジナルに創り出したであろう価値観や思想、それらを集大成して表して死んでゆこうと思い始めたのです。確かに現代の利器としてのパソコンのサイト上で不特定多数の方々に読んで貰う形になってしまいましたが、あくまで自分が生きた足跡や自己表現と、まぁ「1人の人間の生きた証」的な、多分に私的な目的へと一部転化してしまったのです。
 何年か前の新聞に出ていた記事に、友達も身内も仕事も無く、ただひたすら絵を描き、お金に困ったら日雇いの仕事をして、又絵を描き続けた画家のお話が有りました。そしてその画家はただの1枚も絵を売る事も無く、借家いっぱいに絵を描き残して誰に看取られる事も無く死んでいったそうです。私はこの記事が忘れられません。人々はアートだとか思想だとか何だとか言っては自分らしさを主張していますが、殆どの場合はどこかに媚びが含まれています。私は亀井勝一郎の次の言葉を思い出します。
 「ほんものとにせものという言葉がある。人間の場合でも骨董の鑑定のときでもよく使われるが、どこで真贋のほどを決定するのか。ほんものは、いつも隠れた美しさをそなえていて、誰かの愛情によって発見されるまで待っている。この『待つ時間』の静かで自然であることが、ほんものの証拠である。これに反して、にせものは美しさをおもてにあらわそうとつねに焦っている。だからどんなに巧みに『待つ時間』を虚構しても、そこには必ず媚態があらわれる。人間はこれに弱いのだ」 ~『思想の花びら』より
 上記の考えを貫くと、究極的には、前述した名もなき画家の生き方に通じることとなろう。
 死期を宣告されて何にでもすがりたい思いで足を運んだ書店で目に止まり、何気無く買い求めた『思想の花びら』。読んで大げさでは無く、自分の生きる意味、そして生きる価値を見出した私です。
 そんな私の書く随筆ですので、多分に自己完結になっている事かと思います。基底にはこの思想があるからに他有りません。もう一編『思想の花びら』より1枚の花びらを紹介して今日を終わりたいと思います。
 「登山のとき、必ずやや虚弱な友人をひとり仲間として連れてゆくべきである。彼をいたわることは、自分たちをいたわることだ。それは危険への最大の予防である。彼こそ守護神なのだ。『完全な健康体』だと思い込んでいる人間の集団だけが遭難する」亀井勝一郎


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月12日

淡交(たんこう)という距離感

 1月5日アップのブログ「人間の器と時間軸」において、物事に取組む時に、人々が無意識の内に各々が設定する時間軸の長短について触れました。この「無意識」の内に成される自分の尺度というものが、実は人生を形づくる重要な要素なのです。
 今回TOKI-WA-SOHを改築するにあたって、自分の中にある美意識を形に表わすと、どの様になるのだろうかという観点から、取組んだ作品とも言えます。美意識と無意識は少し違うかも知れませんが、いずれも意識という目に見えない層に隠れているものが、目に見えるものとなって現れて来るという点は同じと言えます。今回は、人生を形づくる内なる無意識の中でも時間軸と同様に大切ではあるのに、しっかりと意識されていない“距離感”についてのお話を書こうと思います。

 この距離感については、長年に渡って作られた、その生まれた土地土地によって“良”とされてきた固有の距離感というものを、1人1人が無意識のうちに尺度として身に付けています。例えば“大阪人”と“京都人”の場合。本当に隣接するしかも同じ“府”同志でありながら、これ程距離観に違いがある文化も珍しいと思います。私はこの距離感を説明するのに、次の様に例えています。
 大阪人は、親しい間柄になると、例えばプライベートな生活の場面等(日光浴を一緒に楽しむ、ジャクジーやプールを楽しむ等)において、パンツを履いて現れた場合、「俺とお前の間柄でパンツを履くとは水臭いじゃないか!!」と怒られます。京都人は同じ様に家族同様の間柄で、やはりプライベートな場面でもパンツを履かずに現れると、「例え家族同様の間柄とはいうものの、親しき中にも礼儀ちゅうもんがあるやろ。」と言って怒られます。
 大阪人の距離感は本当に親しくなったら、例えどんな事でも隠し事はいけないというのが文化ですし、京都人は、本当に親しくなっても、それ以上は入ってはいけないという最低の距離感を礼儀として称して維持する事が良い事だと考えています。
 この礼儀としての距離感というものの測り方が慣れていないと少し難しいので、これを「京のぶぶ漬け」等と称して揶揄するのが一般的です。どちらが良い悪いの問題では無く、文化による距離感の問題なのです。もう1つ、今度は関東と関西の距離感比較論の比喩のお話です。飲食店において、関東では店を気に入ると「この店は良いね。僕好みだよ」と言って毎日の様にやって来て、お金を気前良く落として行く。ところが、ある日を境にフッツリと来なくなる。一方関西人は、「こんなしょうもない店、ようやっとるなぁ~」とか「もうちょっと気の利いた音楽流せへんのか!!」と文句ばかり言う。ところが、何年にも渡って、忘れた頃にはフラッと現れて又文句を言って帰る。いわゆるしぶといのが関西人らしい。店側としては、どちらのお客様も有難いのですが、私はこの距離感が友人関係にも当てはまるといつも考えます。
 それぞれに自分の好きな距離感で生きなければ、それで良い訳なのですが、政治家や経営者等の、リーダーと呼ばれる人々はどの様な距離感で生きれば良いかとなると…、これをはっきり指南しているものとしては、中国思想しかありません。「およそ君子の交わりは淡交(たんこう)をもって良しとなす。」としております。出典は何だったか忘れてしまいましたが、私は安岡正篤先生の著書にて学びました。
 この淡交を現代風に言うと、時折、季節の手土産や採れた海の幸等を持参し、フラッと友を訪れる。友は心を込めたコーヒーやお茶でもてなす。何を求めるでも無く、ただ最近の出来事等を思うままにひとしきり話をして、頃合いを見計らって又訪れると言い残して辞する。亭主は心ばかりの品を土産に渡して、表玄関迄“身送り”、友の姿が見えなくなる迄“見送る”。さしずめこういった事が淡交というものです。茶道というものは、この淡交を非常に重んじ、形式化した文化と言えます。
 私もつくづくこの“淡交”における距離感が大切であると実感しております。これは人と人の交友において、語られますが、ビジネスにおける損得が絡んだ場合に、淡交を意識している人がどれだけいるでしょうか?
 私は利害損失の渦巻く人生の時期を過ぎ、老境に入った時、男は女と違って寂しい生き物だと思うのです。子があっても父とはどこか距離感があるし、孫の扱いも何かを買ってやる事でしか関係性が維持出来無い様な気がするのです。かと言って長年社会で働いて、最後は女房とだけというのもとても寂しい気がするのです。そんな老境を淡交でもって多くの友と過ごしてゆけたら、どれ程幸せな事でしょうか。私はこの様な多くの“人脈”では無く“友脈”というものを持つ事が、実は全ての人生において多くの実りを生むという、逆説的な生き方の様に考えています。利をもって交わる人脈と徳をもって交わる友脈。ちょっと意識してみてはいかがでしょうか。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月11日

鯨と正常位を考察する

 お正月のテレビ番組を観ていたら、鯨(くじら)と人間が一緒に泳ぐという番組があった。鯨という動物を漢字一文字で書くと魚+京となる。鯨が哺乳類であると知られていなかった頃、鯨は魚の京だったのだろうか?などと考えていた。
 私のブログを友人が読んでいて好評だったものに、「悲しきスケベ親父に贈る」というのがある。私の友達はやはり異性に興味があるのと、肩を凝らない話がお好きなようだ。誠に申し訳ありませんが、私は真面目だけが取り柄のような男なので、お固い話は得意ですが、下ネタ的な話はどうも苦手です。まぁ数少ない私の知識の中から、たまには肩の凝らない下ネタ的なお話をしてみようと思う。
 実は、鯨と下ネタのお話なのだ。さて、あなたは鯨と下ネタというキーワードから、どんな内容を想像するだろうか?文章を読み進む前に、しばし考えて欲しい。考えて貰えましたか?では、はっきりと断言しましょう。まず誰もこれからの内容を想像した人はいないと。思わせぶりな前振りはこれ位にして、本題に入りましょう。何分下ネタ的ゆえに、本題(本番)に入る前の前振り(前戯)には十分筆を取らないと、その後の進行が円滑に行かないのです。え?まだ前振りしているって。申し訳無い。今気付いたけれど、ひょっとして私も十分スケベ親父なのかもしれない。
 では、ここで問題です。問1.「正常位と呼ばれている体位で、交接するお猿さんの名前を言って下さい」意地悪な質問ですねぇ。お猿さんの交接を思い浮かべて下さいね。どんな体位でしてるでしょうね。では正解を述べましょう。答えは「人間の正常位という体位で交接するお猿さんは、いません」おかしいでしょう。人間は猿から進化したって教えられて、みんな信じていますよね。だったら、どうして一番近い猿と全く交接体位が異なるのでしょうね。
 問2.「人間と同じように正常位で交接する哺乳類はいるでしょうか?」人間の正常位とは、お互いに向き合う形で交接する事ですよ。自分の好みの体位じゃありませんからね。それを考え出すと私を含めて話がややこしくなります。では、正解を述べましょう。答えは「鯨やイルカ等の海で生息する哺乳類は、人間と同じ体位で交接します」これが、鯨の番組を観ていてこのブログを書いている理由なのです。こんな位で終わったら話は面白くないですよね。
 では、次の質問に移ります。問3.「人間の皮膚と似た皮膚を持つお猿さんは、一体どんなお猿さんでしょうか?」これも第1問と同じ質問です。答えは「いません」やっぱり人間の皮膚に近い皮膚を持つ哺乳類は、鯨やイルカなどの海に住む哺乳類なのです。人間の祖先と考えられているお猿さんの毛むくじゃらとは大違いなのです。実は人間に近い祖先は、鯨やイルカの哺乳類だと言えるのでは無いでしょうか…?お猿さんが海を泳ぐ姿は見た事なですが、人間は練習をすると、とても上手に泳げますよね。ところがところが、DNAで調べてみると、やっぱり、お猿さんが人間には一番近いのです。  
 さぁ、分からなくなってきたでしょう。自分はもう分かっていると疑いもしないような事でも、実は分かっていないという事が実に多いという事を、今日は知って欲しかったのです。最後に自分に問いかけてみた結論は、体位を含め外見からも、私はお猿さんの血を多く受け継いだ人間であるという事だけは、はっきりしているという事で、今日はおしまい。

2008年01月09日

神通力は人通力

 神通力という力をご存知ですか?神通力とは、霊能力や摩訶不思議な超能力の事です。一般の私達にはまず縁も無いし、知識も無いので、ちょっとここで一般教養としての神通力を説明したいと思います。神通力と言ってもいくつかその種類がある様で、主なものを六大神通力と称するのだそうです。

1.天眼通力
天眼・霊眼で見える事。例えば、相手が何をしているか、将来はどうなるか、それらを神様が霊眼で見せてくれる事を言う。

2.天耳(に)通力
耳で神の意図がキャッチでき、人の聞こえないものが聞こえるというもの。神様の声が聞こえ、神様の言う事が分かり、神霊とお話が出来る事。

3.自他通力
相手の思っている事がすぐ読めるという通力。黙って座ればピタリと当たるという様に、相手の心を写す事が出来る。

4.運命通力
運命を予知する力で、過去にはこういう事が在ったとか、未来にはこういう様になっていると当てる事

5.宿命通力
その人がどういう天命を持って生まれてきたのか、前世とどういう因縁があって何故こういう運命になったのかという前世・今世・末世の事が分かる事。

6.漏尽(ろじん)通力
人の悩み、苦しみ、様々な問題を解決する能力の事。

 これから神通力について説明したらゆっくり本が書けるでしょうし、そんなつもりでお話を始めたのでは有りません。実はこの中でたった1つだけ、仲間外れの神通力が有るのです。答えは、“漏尽通力”です。漏尽とは漏れなく尽くすという意味で、人の問題点や苦しみを漏れなく尽くして解決し、幸せに導く能力をいう。この通力だけは、苦しんでいるという事実を当てるというだけでは無く、具体的にそれらの苦しみを解決する事が出来るのです。勇気を持って乗り越える。或いは、慰めや叡智を持って乗り越えるべく、具体的な救済力を発揮して苦しみと煩悩を解決する事が出来るのです。お分かりでしょうか。この一点において、この漏尽通力は、神通力の王様なのです。
 本当にその人の心の痛みが我が痛みの如くビンビン響く力。若い時に辛酸をなめ、人の道で苦労に苦労を重ねてきた人は、誰よりも人情の機微が分かる。下から積み上げてきた苦労人の社長は、下の社員の苦しみ、悩みがよく分かる。例えば、豊臣秀吉は、戦をする時も、征服された人の気持ち、敗軍の将の気持ちを汲む事が出来ました。戦わずして勝ち、無益な殺生はなるべくしなかった(晩年は必ずしもそうでは無かったのですが…)正に漏尽通力の達人と言えます。そもそも神通力というものは、人を幸せに導く行いが出来る様に与えられた能力なのです。「神界からの神通力(深見東州参照)」
 私がこの本に出逢ったのは、随分前の事です。そして、要約すると、「人生で苦労に苦労を重ね、人情の機微を理解し、人々に解決策を提示出来る力が一番高級な神通力なんだ!!」と理解したのです。「面白そう?」「苦労して苦労して漏尽通力の使い手を目指してみよう!!」これが私のその時の感想でした。こうしてブログを書いているのも、少しでも何かの悩み解決に役立ちはしないかという私の思いからもあるのです。肝心のTOKI-WA-SOHの事をお伝えするよりも、ついこちらの方に力が入ってしまいます。でも、こんな思いを形にしたものがTOKI-WA-SOHですし、又、ここへ集って下さる入居者の皆様に、“館の主として”出来るだけの事をしてあげたいという私のお節介な心でもあるのです。
 話を元に戻しましょう。
 では漏尽通力を身につけるには、日々どのように生きたらいいのか?以下、私の実践している方法を述べたいと思います。

1.時間という有限の資源を出来るだけ多く考える事(読書も含む)に投入する。

2.好奇心を持って日々の人生に体当たりでぶつかってゆく。

3.押し寄せてくる難題や障害は、かわそうとせず、真正面から迎え撃つ(例えばイチローは良い球を打とうと考えるのでは無く、相手投手の自信のある一番難しい球を打とうと考えて打席に立つ)。

4.自分には出来るという自信を持つ。

5.大器晩成と信じ込む(あまり早くに芽を出したものはウソくさいと思いましょう)。

6.学びや実体験で身に付けたものを全部投げ出しても良いという気持ちで、いつも耳を澄ましている(既成疑念を疑う。賢くなりすぎない)。

7.神様はどうやらS、それも“ドS(ドスケベでは無い)”なので、神様に指導して貰いやすい人はM、それも“ドM”らしい。“ドM”の時代を過し、神通力を身に付けると“ドS”になっても良い。

8.“魅力”というものは漏尽通力の一種だと思う。“魅力”の神髄は、本人の能力の高さでは無く、「私がそばで支えてあげなければ!!」と周囲の人達に思って貰う力の事。そういう意味において、通常「~力」と言われる能力とは全く違う力という意味で、人間力の中の漏尽通力と言えます。その人の欠点さえ可愛く受け入れて貰う力と言えるでしょうね。

 「神通力の王様が漏尽通力であるなら、人通力の王様は魅力だ!!」この両方を持ち、自在にこなす人が超一流なのです。しかし、超一流は“一流を超えちゃってる”から凡人から見ると凡人にしか見えなかったりする。本当に良い映画がヒットせず、派手なアクションやSFが目立ったりする。ま、日本という国が超一流とするなら(?)アメリカなんて一流どまりだね。これからは日本という国を深掘りして世界に発信してゆきましょうね。その聖地は京都で、その中心はTOKI- WA-SOHですよ~。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月08日

クジラの島の少女

 子供が親に望む事って、たった1つの事じゃないかと常々思っています。それは「我が子のあるがままの姿を、全てを心から受け入れて貰いたい。欠点が有ろうと無かろうと。どんな時も何をしていても」という事。幸いにも、そうして貰った子供にとっては当たり前の事になっているけれど、不幸にも我が子には「こうなって欲しい」という強い要望を持つ親の元に生まれた子供には、一生かかっても手に入れられない宝物。この子が愛しいという波動を両親から貰ってさえいれば、奇麗な服やご馳走や素敵なお家が無かっても、これ以上の幸せは有りはしない。後はせいぜい「読み、書き、ソロバン」位なんじゃ無いかな。そんな両親の元で育った子供はきっと、とても強い子に育つと思う。この愛の力が何物にも打ち克つ勇気に変わるから。「人間は不完全だから人間として完全なのです」もし完全なら、天界に居て、今人間界等に生を受ける事は無いのですから…。
 今日紹介したい『クジラの島の少女』という映画は、有りのままの自分を愛されない悲しみの中で、必死に愛されようと健気(けなげ)に生きる少女の物語なのです。子育てに悩んでおられるお父様、お母様にこそ観て頂きたいと思い、筆を取りました。少しでもお子様との向き合い方に変化が生まれる事を願って。
 その昔、先祖の勇者パイケアはクジラに乗って、今のミクロネシアの地にやって来たという伝説がマオリ族の中で語り継がれています。古人マオリ族は勇者の部族で、世界一強いニュージーランドのラグビーチーム「オールブラックス」が、試合前にマオリ族の戦いの踊りをするのは有名です。マオリの男達は、この勇者パイケアの末裔である事に誇りを持った、伝統的男社会が今日も息づいています。この誇り高き一族の族長の家に、子供が生まれました。子供は双子であったのですが、男の子と母親は難産の為死んでしまい、双子の1人の女の子だけが命を授かります。族長の祖父は、「今度は仕方が無かった。しかし次を産めば良い」と女の子には目もくれず、死んだ男の子をじっと見つめるのです。そう、勇者の末裔に必要なのは男だけなんです。しかし、父親である息子(祖父からは息子になる)は、女の子に勇者パイケアの名前を付けるのです。この女の子がパイケアなんだと。しかし一家に訪れた経済的な現実の中、父は耐えきれず、パイケアを祖父の元に残し、家を出るのです。しばらくして、学校に通うようになったパイケアの発表会に出席するため父が島へ戻ってきた時、パイケアが尋ねます。「お父さん、どうして、おじいちゃんは私の事を愛してくれないの?」と。父は「おじいちゃんは、この世に存在しない、誰かを愛しているからだよ。」と悲しそうに娘に答えるのです。祖父は、自分の頭の中にある一族の末裔、勇者パイケアという偶像を愛しているのです。
 私、この父の言葉に衝撃を受けました。正に私の両親が、私という息子に描いた理想像をいつも私に追い求めたように。
 そんな祖父に対して、パイケアは私のように反発する事もなく、ひたすら祖父母に愛されようと健気に勇者パイケアのようになろうと努力するのです。その姿が私にはつらくて涙してしまいました。「親子、肉親とは何だろうか?」
 1人の息子だった私が、今、子供を持つ父の立場になり、もう一度家族というものを考えさせられました。私もパイケアのように育てられたおかげで、ありのままのその人を愛する事の大切さを、身をもって知る事が出来た事に気付きました。様々な付き合いの中で「うちの子は…」とか「うちの社員は…」というしかめっ面まじりの話を聞く事が多い昨今ですが、にこやかに「うちの子はね!!」とか「うちの社員はね!!」とその人の存在そのものを受け入れる心を持つ事が、家族やファミリーを築く事がいかに大切であるかを、この映画を観る事で再確認できました。心で観る映画、機会が有れば一度ご覧下さい。それでは。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

クジラの島の少女公式サイト

2008年01月06日

「女達は美しさを学ぼうとして自然の美しさを失う」-ココ・シャネル-

 最近の“女性”は本当に賢くなりましたねぇ。昔じゃ考えられない事ですね。今じゃ女性も男性と同じ様に大学まで行きますもんね。おまけに、男性より真面目に勉強するから、間違い無く男性より賢くなりましたね。じゃあここで質問です。坂本龍馬を影で支えた女性は誰でしょう?高杉晋作を影で支えた女性は誰でしょう?吉田松陰先生に影響を与えた女性と言えば?松下幸之助先生に寄り添っていた京都の女性と言えば?
 何でこんな質問をしたのかって?“歴史は女によって創られる”という事を証明したかったのです。いつも私が感じている事は、男は多くの英雄体験(修羅場をくぐる)によって雄(おす)から男へ、そして大人となり、幾人かはリーダーや英雄となって行く。これは女と男の違いで、女は生まれてから死ぬ迄女であるけれど、男は英雄体験をしない限りは、いつ迄もただの雄のまま。そこが男と女の根本的な違い。だからこればっかりはどうしようも無い。ところが、男だからといって、そう安々と英雄体験を積める訳じゃない。ヘタすりゃ命を落としかねない訳で、誰だって怖いに決まっている。そんな時、幼い頃は母に始まり、その時々の女が「あんたやったら出来る。さあ、いってらっしゃい!!」と励まし送り出したからこそ、男は勘違いをして、「俺やったら出来るかもしれんな。えい!」と、たまたまやったら上手く行った。
 実は結果だけを見て、後にその男を偶像化して英雄伝に仕立て上げただけで、本当は影の女が偉くて、ただ男は脳天気な目立ちたがり屋だっただけかも知れないと思っている。いや、きっとそうだ。その男の可能性を引き出し、歴史の舞台に押し上げてきたのは、全て女性なのだ。だって、スポーツの試合に好きな女の子が応援に来ていたら、それだけで普段以上に頑張るってのが男と云うもんだっては、自分が一番良く知っている。
 こういう“男というもの”を知っていたのが、明治女などと言われる女性達なんでしょうね。彼女らは馬鹿だった。学問という意味においてはね。しかし一方で、本当に賢かった。男という生き物の生態考察については。今日の女とは全く反対だね。
 “女性”としては賢くなっかったかも知れないけれど、“母”としては実に賢明だと思う。だから立派な男が育つんだ。つまり、どういう事かと言うと、“女性”としての自我を消す。自分を消して“女性”から“母”になる。そして相手の成長と同化する事が出来た。夫と同化する。子供と同化する。
 西洋のことわざにこんなのが有る。「男は夢のために女を捨てられる。女は男のために夢を捨てられる。」男の夢に自分の夢を重ね合わせる事が出来る。賢くなった最近の女性には全く出来無い芸当ですよね。家事は半々。夫の仕事には口を出す。ひどいのになると、夫を馬鹿にしたりする。「亭主元気で留守がいい」なんて平気で言う。これじゃ、男は元気が無くなる。男の元気が無くなると女がヒステリックになる。逆に男を元気にすると女性も楽しくなる。自我を消した女性を見て、学のある女性は嘆く。でも「レースでも周回遅れのマシーンはトップの前を走る」様に、「私は無知で有る事を知っている分あなた方より賢い」と言ったソクラテスの様に、「男は自我を消したくても消せない分、自我を消せる女性には適わない」って事が分からないのかね。
 そもそも男と女にはそれぞれに役割ってものがある。営業と総務と人事と経理、さぁどれが一番偉いでしょうか、なんて馬鹿な質問してる様なもんだね。男と女は存在として平等に決まっているじゃないの。ただ、役割りとしては異なってるんだよ。ただそれだけ。こういう時はかえって学があると学が邪魔しちゃうんだよね。学というか高学歴な奴ばっかが国を動かしたらどうなるかって事位今の日本を見りゃわかるだろ。だったら自分の家庭位はそうならない様に工夫しろってんだよ。
 ちょっと私の女房の自慢をするけど、普段は何も言わない。ただニコニコしているだけ。外泊して帰っても、「大丈夫。疲れてない?」なんて心配してくれる位。バブルが崩壊して殆ど財産を失って、
どうしよう、どうしようって不安になったり後悔ばっかりして落ち込んでいた時に、たった一言。「またゼロからやり直したらいいやん」って。もう、その一言で、一生俺は女房には勝てないって思ったね。今でも心の底からそう思う。女の凄さってのはこんなもんだと思う。そんな女房にうちの長女は、「私はお母さんの様な生き方はしたくない」なんて言うもんだから、「お前にはお母さんの凄さはまだまだ分からん、分からん」って言ってやった。あぁ、うちの娘も今風の高学歴女だ。やだやだ。大体ね、私の女房位信頼されたら、そらぁつまらん生き方出来無いなぁってつくづく男ってのは思うよね。頑張らなしゃあ無くなるもんね。
 聖書には、神は土からアダムを創り、アダムの肋骨(ろっこつ)を1本取ってイブを創ったという話が有る。これは「神が最初の女を男の頭から創らなかったのは、男を支配する程賢くてはいけない。肋骨から創ったのは、女がいつも男の心の近くにいる様にするためである」と解釈されている。
 世の中の知識人と言われる女性達よ。あなたの豊富な知識の中に、この知識も含まれている事を心から祈ります。ではお祈りも終わったところで今日はこれで寝るとします。CHU!!

“積極的すなおさ”とユダヤの思想

日本人もユダヤ人も世界中でも稀な、勤勉で向上心の旺盛な民族だとされてきました。ところが、実際の世界の中で両民族の立場や活躍の場を見ると、明らかな違いがあります。
 日本人は政治や外交はからっきし苦手で、製造業という技術練磨の分野において顕著な活躍をしています。これは“学び上手”から来る伝承力に拠るもの。“学ぶ”の語源は“真似ぶ”から来ており、いかに先達の教えを正確に受け継ぐかという点が問われます。
 松下幸之助先生も“すなおの十段”になりなさいとおっしゃっていましたが、それは製造業という職種においてはかなり有効なメッセージであります。何故なら、日本人 に“すなおさ”ってどのような事なのかを問うと、辞書には以下の様に書かれていました。
 1.ありのままで、かざらないさま。
 2.さからわないさま。従順。
 これが、日本人の中にある観念であり、私はこれを“消極的 すなおさ”と定義しています。日本民族は“消極的すなおさ”に優れた民 と考えています。
 一方、ユダヤ人は、政治・経済・外交というリーダーシップの分野と科学(社会科学)における研究分野で顕著な活躍をしています。これは、“教え上手”からくる創造力に拠るものです。彼らはユダヤ人とその教義においては大変忠実である(すなお)が、その解釈においては、個々に委ねられるという側面を持っています。
 では、少しユダヤ人について触れてみましょう。
 「全世界に1300万人いるとされているユダヤ人。その割合は世界人口の0.2%にすぎないが、彼らは有史以来、数多くの創造的な人材を生み出し、世界の歴史を動かしてきました。例えばノーベル賞1つとっても、1901年から2006年の受賞者の23%がユダヤ人であります。又、米国のユダヤ人は人口の 2%に過ぎないのに、富豪の上位400家族のうち23%を占めています。何故、この民族はこれ程多くの成功者や天才を輩出出来たのか?
 そのカギは思想(ユダヤ教)にある。その中でも、特筆すべきものに「教義」と「安息日」があります。
 まず、彼らは幼い頃から徹底してユダヤ教の教義を学ばされる。ユダヤ教はキリスト教の様に“祈る”宗教では無く、1人1人が“学ぶ”宗教である。信じる事と学ぶ事の間には大きな差があります。単
に祈るだけでは、宗教は実生活に生かせない。聖典に書かれた考えを自分なりに消化、発展させてこそ、生活に役立てる事が出来るのです。
 子供の頃から「タルムード」などの教典を何度も繰り返し読み、又聞かされます。学習において最も基本となる暗記を、子供のうちからしっかりと身に付けさせます。勿論勉学は習うだけでは不十分で、自分なりに解釈して初めて力となります。則ち、思考力を養わなければならないのです。思考力を付ける最も効果的な方法は、常に自分なりの疑問点を持つ事。そこで子供は、とにかく質問する事をしつけられる。自分なりに考え意見を持たないと質問は出来ないので、子供は自然に“考える事”を身に付ける様になる。そして男子が13歳になると「バール・ミツヴァ」という儀式が行われます。
 少年は、この日会衆の前に立って、ユダヤ教の戒律が記された“トラ”の一節を朗読し、その教えについて自分なりの解説を加え無ければならない。自分なりの解釈を行うためには、かなりの学習が必要であります。ユダヤでは受け身の学習は歓迎されない。彼らは「バール・ミツヴァ」の儀式に象徴される様に、教典を自分の力で解釈し、そこから新しいものを創造する事が真の学習であるとします。
 次に「安息日」についてですが、その習慣は日本人の生活とは全く異なるものです。日本人は休日というと、疲れやストレスを発散するための効果を期待します。従って、休日にはゴルフや旅行等“外”に向けた活動をしがち。一方、ユダヤ人は逆。休日には家にいて家族と過ごす。そして何より“自分”と過ごす。休日は、静かに自分を見つめ直すための時間なのです。
 ユダヤ教では、“内省”する事の重要性を教え続けて来ました。人間は内省無しに成長する事はあり得無いのです。反省し、自分の課題を見つけ、それ を解決してゆく事で伸びてゆける。」(加瀬英明著「ユダヤの訓え 大物になる勉強法」参照)
 “すなおさ”を掘り下げて、“消極的すなおさ”と“積極的すなおさ”に分類し、その類型として日本人とユダヤ人を当てはめたのは、私が最初である。これについては、松下幸之助先生も十分明確にされていなかったと考えています。
 私達日本人は漠然と“素直”と言えば“消極的すなおさ”を発揮し、伝承に長所を発揮して来ましたが、これからの日本、中でも指導者となる超エリート集団においては、絶対的に重点を置いて“積極的すなおさ”を身に付けなければなりません。そのために、まず、1人1人の中の“すなおさ”の概念を“学び上手” から“考え上手”なものに転換する必要があります。自分の中に入って来たものについて“是は是、非は非”としてはっきりと峻別し、“是なるもの”はしっかりと腑に落とし込むという、しっかりとした“積極的すなおさ”を発揮して欲しいのです。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月05日

人間の器と時間軸

 京都、大阪、神戸、これを「三都物語」なんて、とある鉄道会社では観光キャンペーンの名称にしている。何となく林英臣政経塾塾生の佐々木君が先日話していた、ロンドン留学の話を思い出した。ロンドンに彼が居た頃、同じアジア系の人間からよく「ニイハオ」と挨拶される。「ぼくは日本人だから“こんにちはって挨拶してよ”」と頼んでも、しばらくすると又「ニイハオ」。あまりにくどいので怒ったら、「じゃあ、お前はインド人とパキスタン人を区別出来るのか?」と反論された。「ムムム、確かに出来無いかも…」しかし彼等には違いが分かるらしい。同じ事だろうと主張。妙に納得したと語ってくれた。面白いやん。ではここで問題です。先の「三都物語」の三都の中で、京都人をバッチリ当てる方法は?一体?
 顔・形では有りません。まず無理です。
 …このブログを読んでいるあなたにそっと教えちゃいましょう。京都人だけの特別な言い回しが有るのです。これは外来京都人は殆ど使えませんから。
 はい。では答です。「京都人は何かを強調する時に接頭語を二度繰り返す」以上。
 え?分からない?ではもう少し詳しく説明すると、その二度の言葉は微妙にイントネーションが異なる。「え?何何?分からないよ~」って???じゃ、例を挙げましょう。「とても寒い」→「寒い、寒い(さぁ~むい、さむい)」、「とても美味しい」→「う~まい、うまい」。他にも「暑い、暑い」「しんどい、しんどい」「辛い、辛い」等々。この点をしっかり観察すると土着かそれ以外かがよく分かる。思うに代々京の都では、ずっとずっと、とてもとても、何年も何年も続いて来た歴史がこの言い回しを育んだんでしょうね。
 TOKI-WA-SOHが出来てから、今迄よりずっとずっと「京の都」について考える時間が増えました。兎に角、「京の都」という町は、自然、建物、工芸品、文化、作法等々上等なおもちゃがぎっしり詰まったおもちゃ箱の様なものだという事をしみじみ感じます。そしてその理由を考えると、「それはそれは数限り無い人々人々が永遠の時の中で、工夫に工夫を重ね受け継いで来た、その時間の長さ」という結論に達しました。「今更お前になんかに言われ無くても分かってる!!」という声が聞こえて来そうですが、もう少し、そうおっしゃられずにお付き合い下さいね。
 私が尊敬する松下幸之助先生は「志とは?」とう問いに対して「自分が生きている内にはその完成を見る事の無い様な目標に対し命を賭ける事が出来る事」と答えておられます。
 昭和7年5月5日に、建設時代10年、活動時代10年、社会への貢献時代5年、合わせて25年間を一節として、これを10節繰り返す壮大な250年計画という崇高な使命、遠大な理想を第1回創業記念式で発表されておられます。ご存知の様に松下幸之助先生は「経営の神様」と迄呼ばれ、「松下政経塾」の創立者でもあります。
 松下幸之助先生は幼年期、明治32年に父君が米相場に失敗して家が没落し、明治37年の満9歳の時にはもう大阪へ丁稚奉公へ出されているのです。今の世間の高学歴第一という考えで言うなら、真逆の人生のスタートと言えます。多くの学者が後に人間「松下幸之助」を研究しておられますが、私は一点松下幸之助先生と他の人々の違いは「物事を計画する時に設定する時間軸の長さ」、これに尽きると考えております。
 私達日本人、京都人、そして松下幸之助先生、人間としての能力は特別驚くべき大きな差が有るとは思っていません。ただ、日本は万世一系の神代の時代から創られて来ましたし、京都は1200年という年月をかけて受け継がれて来ましたし、松下幸之助先生はとても長い時間軸から構想を練り上げられた訳です。例えば、6ヶ月という時間で自分は何が出来るか?という視点で計画を立てるのと、3年という時間で立てるのとでは、同じ自分なのにその広がりと深さは全く違うものとなります。その「広まりと深さ」=「人間の器」となると私は考えています。その長い時間軸の中で努力を怠らず、コツコツ努力を重ねて行くと、結果として「京の都」となり、「世界の松下」となって行くのです。
 これは正に1人1人の人生にも丸々置き換える事が出来ます。つまり「普段物事を考える時に何気無く無意識で設定している時間の長さをもっともっと長くする事によって導き出される目標や答の違いをしっかりと比べてみて、時間軸を長くした結果を検証する事によって、自分の可能性を大きくして行けると思うのです。
 小学校の時、どうしても私が勉強で勝てない女の子が居ました。それが悔しくて仕方が無かったのですが、私の脳ミソではどうする事も出来ませんでした。しかし、その時思った事が、彼女はいずれお嫁さんに行って子供を生んで、家庭に入ったら勉強する時間が無くなるかも知れない。この方法で行こう!!
 今年50歳になる今の私は彼女に勝てるだろうか??分からない。ただ1つ明らかな事は、今日もサボらず勉強し続ける事。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月04日

「引く健康法」

昨年の暮れの話。肩がこったり、疲れが溜まっていたので、足ツボを揉んで貰おうとパルコへ行きました。いつもは行きつけの整体院へ行くのだけれど、年末という事で休院であったため、ショッピングアーケード等に必ず出店しているクイックマッサージ初体験、という訳です。
 まず金額をチェック。足ツボ30分3300円、整体30分3300円、デトックス30分2500円。「ウ~ン」、いつもの整体院は60分ゆっくり揉んでいただいて4000円。「クイックマッサージ、結構高いなぁ」それによくよく考えると足ツボマッサージって足の裏に溜まった老廃物を揉んで貰って、結局排出する訳では無いから、疲れは確かに取れるけれど体中を老廃物が回って、又何日かすると足の裏に溜まるだけだよなぁ。ところがデトックスは毒々しい色の写真がいっぱい展示して有り、結果が目に見える様で大変興味をそそりました。足をフットバスの様な所に浸けてあるのだけれど、その足を浸けている溶液の色が毒々しい色になっている。焦げ茶色、赤茶色、黄色、黄緑色等々、人によって違うらしい。溶液に足を浸けてしばらくデトックスというものをすると、体の中に溜まった有害な物質を足の裏から引っ張り出してくれる装置らしい。まぁ、使用前使用後という劇的な写真で消費を煽る手法なんだろうけど、2500円と一番安いし、話のタネに良いかな?って感じで、試しにやってみる事にしました。
 デトックス開始。別にどうというものでも無く、温水という訳でも無い溶液の中に足を浸ける。スイッチが入ってタイマー始動。しまった。30分間読書するための本を持って来なかったな。仕方が無いのでこのデトックスとやらの説明書でも読んでみよう、と思った位の僅かな時間なのに、何やらもう茶色いものが容器の中に出始めているでは無いか!!「えー!!!!」「何これー!!」説明書に目を通すと、大型魚、特に日本人はマグロや鮭を多く食べる人が多く、それらに含まれる水銀が体に残留するらしい。それから水道水に含まれる鉛も体に蓄積しているらしい。虫歯の詰め物からも有害金属が出て体に溜まるらしい。とにかく現代人は有害なものを体にいっぱい溜めているそうだ。これらの有害な物質が体調不良の原因だったりするのだ。説明書に目を通しながら時折自分が足を浸けている容器を見下ろすと、ぶくぶく泡迄出て、水面には薄い膜迄出来て、ホクロの様な黒の粒々迄見える。「オイオイ、俺の体の中は一体どうなってるんだろう??」不安が過る。
 今の世の中の健康法の主流は「足す健康法」なのだ。やれコラーゲンが足りない。やれDHAが足りない。やれ何が足りない、と足りないものを外から補う健康法なのだ。しかし体内に有害なものが残留していると「足す」だけでは片手落ち。両方大事なんだとか。そりゃそうや。悪いものこそ排出しないとね。それにしても「外に貼り出して有った写真、劇的ちゃうやん。俺の容器、正に写真そのものの、いやそれ以上、ドブの中で臭い立ちそうな色の水に変色してるやん」、正直に言おう。隣の人の水とは全く違う。俺のはあまりにも毒々しい…。
 30分のデトックスが終了し、お店の方に聞くと「かなり良く出ている方」との事。という事は、出て良かったんだけれど、たくさん体内にまだ溜まっているという事。「良く出るという事は、代謝が良いという事でも有ります」と慰められた様な…。兎に角、あの溶液の色が頭から離れない。「引く健康法」、今迄睡眠が足りない、運動が足りない、栄養が足りない、足りない足りない、だから足さなくちゃ、と「足す」事ばかりに意識が行っていた。「引く」という健康法。久々に又既成概念を転換する出来事でした。少しの間、溶液が又どんな変化をするのか、このデトックスを追い掛けてみようと思います。又いずれ追加レポートを掲載します。

 P.S:何日か経って新年を迎えた今でも、何だか心迄汚れている様な嫌な気分がして気にかかる。「でも心と有害金属は関係有りませんからね」、と自分に言い聞かせる自分…。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

2008年01月01日

「タテイト」について今一度考える

 新しい年になり、いよいよ私は50歳という節目を迎えます。
 「陰徳を積む」「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、この2つの言葉を胸に、49年を過ごして来ました。明日をも知れない命で、その2つの言葉で生きようとしていたある日、「そんな事を思案している内に死んでしもたら元も子も無くなるんじゃないの?」と問われ、迷う事無く「もし長生きしてしもた時、後悔するのが嫌だから!!」と答えたのが、まるで昨日の様です。心では唱えていても現実の自分はどれだけ鍛えられたのだろうかと今更ながらに思います。「少年老い易く学成り難し」正にこの心境です。
 そんな私では有りますが、いよいよ僅かばかりの陰徳を取り崩して、「陽徳に変える」「疾風怒濤(しっぷうどとう)という2つの言葉で、人生の完成期に突入をしようと決意をする所存で有ります。どうやら私はこの年迄生かされてしまった様です。
 「何のために生かされたか?」の問いがあるとすれば「タテイトの大切さをもう一度世の中に伝えるため」というのが私の答です。
 正に「今がその時」で有るという事を私に告げたのが「船場吉兆」の食材偽装事件でした。まずは『吉兆味ばなし』より引用します、以下↓
 「吉兆というのは日本料理店として、当代その右に出るものはない。第一等の店です。もちろん、名前だけの通った店は、あちらこちらにもたくさんあるし、あるいは日本料理のうちでも、すし、天ぷら、うなぎ、どじょう、すっぽんなど、専門の店にはそれぞれ見事な店もあるとして、日本料理全体を通して、ぼくは吉兆を天下第一等の店というのです。湯木貞一さんが、大阪の新町にはじめて吉兆ののれんを掛けたのは昭和5年、今から78年前の30歳の秋でした。湯木貞一という1人の人間の、その鋭い感覚と、それを生かしきる技術の深さを、ぼくはかねがね、あの星ヶ岡茶寮の北大路魯山人とならべて考えています。そして、魯山人はむしろ陶器に才を発揮したが、料理はあるいは吉兆がまさっているとおもっているのですその道一筋、などと誰でも心やすく言いますが、この湯木さんぐらい、それがぴったりとする人を知りません。まるで金太郎あめのように、味のことしか、料理のことしか出てこないのです」
 上記の様な初代の料理に対する「熱い思い」を受け継いだ子弟によって、吉兆グループは今日に至ったのです。これが初代の「熱い思い」を受け継いで来た78年の時を超えた「吉兆のタテイト」そのものなのです。
 昭和20年8月15日に終戦を迎え、日本の歴史の「タテイト」があちこちで寸断されたのです。戦後約60年の今日、最も「タテイト」をその根幹に受け継いで来たであろう「吉兆」「赤福餅」に迄この「タテイト」の切断が明らかになったという事を今一度重く受け止めなければならないと思います。もう、これは「吉兆」だけの問題では無く、日本の根幹に関わる問題なのです。メディアのニュース番組に出演している浅はかな太鼓持ち又はテレビ芸者的な評論家達は、これを「食の安全が脅かされている」と問題提起しています。この様な現象の上辺のみを見て評論する人間が幅を効かせている事自体も同根の極みなのです。
 昨年の秋を騒がせたこの吉兆の事件は、根幹となるタテイトの大切さを忘れ、資本主義の論理がまかり通った結果と言えます。東京中心、経済中心で物事が運ばれて行くと、末はどの様になるか、今、その終着駅に着いて、行き場を失った膿があちらこちらで噴出し始めたところでしょう。
 「伝統軽視」「資本重視」「年金問題」「食の安全」「家庭内暴力」「荒れる学校」「ニート」「引きこもり」「孤独死」「地球温暖化」…よく分からないけれど、とにかく今起こっている問題の根本は、他の国が資本主義の論理で他の国の「タテイト」を蹂躙(じゅうりん)している事に起因している。単に評論家は現状の問題に対して警鐘を鳴らすだけしか無い。今の世の中に真に求められているのは、現状の問題に対して根本的解決策を講じられる思想家と、その志しを持って実現する政治家で有るのです。
 私もその1つの解決策として今年はこの「タテイト」の重要性を伝承する「京都二世塾」をここ五條の地から起こして行く事を決めました。京都中心、文化中心の発信には正に最適な場所なのです。
 元旦という事で、ちょっとばかり改まった文章になりましたが、このブログをお読みくださっております皆様、旧年中は本当にお世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。今年は倍旧のお引き立ての程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ