2007年12月30日
TOKI-WA-SOH忘年会
このブログやTOKI-WA-SOHサイト制作でお世話になっているアートディレクターの吉本さんが、教鞭を執っているデザイン学校の生徒さん20人程を連れてTOKI-WA-SOHに来られました。年の瀬の忘年会という訳です。たまたまその日、私の同級生仲間3人と仕事についてのミーティングが有り、その流れでおじさん達も加わった合同鍋パーティーと相成りました。25日から続いていた様々な面々との TOKI-WA-SOH忘年会でしたが、最後は若者達との賑やかな締めを迎えました。その人数もさる事ながら、締めにして初めて女性も混じった忘年会。とにかくおじさん3人はただただ嬉しいのです。お酒を飲んで、鍋をつついて、話がいろいろ繰り広げられ、TOKI-WA-SOHと英徳館はいっぱいいっぱい「良い気」を吸って、きっと幸せだったに違い無いと思う。こうしてたくさんの人が集う場所は間違い無く「イヤシロチ」(イヤシロチのお話はコチラ)なのです。皆さんありがとうございました。
明け方になってもまだおじさんの話にお付き合いして下さった数名の皆さんに対し、私は「どんな夢を描いているの?」という質問を1人1人に投げかけました。デザイン学校に来る迄国民休暇村で働いて
いた男の子は「何となく自分としては違う事をしてみたくて、26歳にしてデザインの勉強を始めて、デザインに関わって行きたい」と言い、鳥取から来た女の子は「鳥取ではデザインの勉強や仕事が無いので、関西に来たけれど、いつか地元でデザインの仕事でご飯を食べられる様になれたら…」と言い、又違う男の子は「伝統工芸師のお父さんの仕事を世の中に知らせて行ける様、デザイナーとなって手を貸したい。そのために来年東京で就職する」と言い、「デザインの勉強をする事で、デザインだけでは無い、様々な事を知ら無ければならない。その過程で視野が広がるのが嬉しい」と言う女の子がいたり。デザインを通じて世の中の役に立てる人間になりたいと言う、彼、彼女。今はデザインよりも人と関わる仕事をしてみたくなって悩んでいる彼女。皆皆とっても美しい心の持ち主。感動、感動。ウルルンウルルン。ちなみに私が若者達と同い年だった頃の目標→「学習院大学へ行って、べっぴんのお金持ちのお嬢を口説いて婿養子(でも姓は変えない)になって、それを足がかりに花の都大東京で立身出世をして、ひと花咲かせたる!!」でした。
当時は「逆タマ」と云う言葉もまだ無い時代。「水呑み百姓の小せがれが成り上がる方法」等と悦に行ってました。正直、学習院大学法学部を受験しました。その時の試験助手のお嬢様を見て、「やっぱり俺の考えに狂いは無かった。ファーストコンタクトで、やったー!!」と心の中で呟きました。そして試験の結果は「合格!!」。私の成り上がり作戦は見事第1関門を突破したのでした。その後訳有って、次のステップには進めず「チーン」。未だに京都でこうしております。
若者達と向き合って認識した事、1つは「やっぱり時代は動いている」。マグマは明らかに入れ替わりつつある、と云う事。そしてもう1つが「やっぱり若者は魂の大先輩だ」と云う事。大抵の大人は若者に対し「後ろから付いて来る」と先入観を持っていますが、ぼくは魂の輪廻を信じていますから、肉体は大人の方が若者より先輩だけれども、魂は大人より若者の方が300歳は先輩なのです。私事で恐縮ですが、長男が生まれた日に病院で初体面した時、「あ!!!俺はこの人の部下として生きていた過去がある」と感じました。私は女房に向かって「おい!!これは俺達の子供じゃ無いぞ。真面目に頑張って生きて来た夫婦に対し、神様が授けた尊い宝だ。大切にお守りしないといかん」と真顔で言うと、女房には「こんな親バカ有り得へん。世界イチの親バカとはあんたの事や!!」と言われてしまいました。修行の足りない女房には私の事を理解するにはちょっと無理が有った様です。
子供や若者から気付かされる事って、やっぱり本質的な事ですね。おじさんは口は達者でも、ピュアなハートには到底かなわないですね。心地良いサプライズに出逢えた年の瀬でした。
●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ
- Permalink
- by
- at 17:23
- in TOKI-WA-SOH