2007年11月26日

「業」を考えるきっかけとして…

「この世は時間と空間と業でできている」
インファナル・アフェアー テロップより

 このTOKI-WA-SOHと英徳館の建築に携わってから、この「業」という言葉を強く意識させられる様になりました。そんな折り、吉本隆明氏の「真贋」という本を読んでいて改めて考える機会を得ました。このコラムを読まれた方にも思い当たる事は誰にでもあると思うので、少し長いですが、「業」について書いてみたいと思います。


 「業」を考えるきっかけとして…1
 「我は哲理をするように罰せられている」デカルト

 「本を読む人も全然読まない人も、それぞれいます。本を読むのが好きな人でも、昔で言えば「一杯のかけそば」みたいに人に涙を流させる様な本を読む、という人もいます。いや、そんなのはあまり高級ではないと言って、難しい本を読む人もいます。本を読む事が、人をどう変えるかという事に関しても、人様々でしょう。ただ、そこで多くの人が見落としているのは要するに、本を読むという事には、“利”と共に“毒”があるという点です。例えば、本をよく読む様になってから、実業的な利益に対してあまり関心がなくなるという事があるでしょう。情念の移り変わりや感覚の素晴らしさに惹かれて現実離れしたものが好きになっていく人はよくいます。確かに、高度な感覚や心を持ち帰る事で、人間として良くなるという観点もありますが、その一方で、毒がまわっている事にも注意しなければなりません。」吉本隆明「真贋」より(P.30)

 「ある時、親鸞が唯円に『おまえは俺の言う事なら何でも聞くか』と言った。唯円は『お師匠さんの言う事は何でも聞きます』と答えると、親鸞は『人を千人殺してみろ』と言った。唯円は正直に『いや、千人殺せと言われても、一人の人間さえ殺すだけの気持ちになれないし、それだけの度量もないから、それはできません』と答えた。親鸞は『今俺の言う事は何でも聞くと言ったのに、もう背いたじゃないか。そういうふうに業縁がなければ、一人の人間さえ殺せないものだ。だけど、業縁がある時には、一人も殺せないと思っても千人殺す事もあり得るんだよ』と言った。一人の時にはたった一人も越そ施ないのに、例えばせんそうになると百人、千人殺す事はあり得る。それはその人自身が悪くなくても、業縁によって千人も殺すという事はある」吉本隆明「真贋」より(P.57~58)

 吉本隆明氏というより、吉本ばななの父君と言う方が世間的にはわかり易いのかもしれませんが、いずれにしても、私に「業」を考えさせるきっかけを久々に与えてくれました。
 今年私は、自らの会社の仲間に向けて「IWATAという会社」-経営者大学卒業論文-というものを書きました。私は起業をして18年、「経営とは?」「経営者とは?」を探究し続けてきました。友人はそんな私を経営者という名称より経営思想家という名称がぴったりだねと言っておりました。その時の私は、何となく友達はよくその本質を見抜いているなぁ、なんて悦に入ったりしておりました。
 しかし、「本を読むには毒がある」という一文に出逢い、最近私の中にあった疑惑が解けました。「経営を探究しすぎて、その毒が自分にまわっている」と。経営とは、経営者の人格も重要ですが、社員やアルバイト、お客様、その多くを支えている皆さんは、そこまでの探究を要していない。むしろ、もっと現実的な関係で物事を運営する方が実社会では上手くゆくと。
 私は経営者でありながら、経営者向きの性向と、価値観は希薄であると納得した次第です。この事を自覚するのに18年を要したのです。
 では、何故人生とお金という大切なものを賭けて、一生懸命に経営をしながら、そのような結果に終わったのか?答えは「業」なのです。「合理的な理由はないけれども、そうせざるを得ない自分」と私は解釈しています。
 余談ですが、私の名前は「岩田哲」親が付けたこの「哲」という字がいつも子供の頃格好よく書けないで、母に文句を言ったものでした。後にデカルトの言葉に出逢って、あぁ、僕はこの名前を付ける様に罰せられていたんだ。そして「若年寄」とあだ名される様に、同じ事を理屈っぽく考える様に罰せられているんだ、と妙に合点をした事を覚えています。
 これを偶然と見るのか、必然と見るのか、まさに人の世は不可思議であります。
 言葉を持ち、意識を持った人間だけが業を背負っていると学者が言っていた…。

 「業」を考えるきっかけとして…2
 「あなたの後ろには二頭の青い龍が見える」

 岡山県の誕生寺という所へ法然上人の俗世の法を授かりに行った時の事、ある女性が私を見て「あなたの後ろに二頭の青龍さんがとぐろを巻いている」と告げました。そんな事は、よくあるかもしれないですが、私が驚いたのは「あんたも見えるか!実は私も見えててなぁ。ただ、黙ってたんや」とまた声が…。当の私は面喰らって、この人ら何やね?という感じ。ただ黙っていてくれたおばあちゃんは古い付き合いで、別に僕を導こうとかそんな感じではないから、なおさら驚きました。
 そして二頭の青龍の意味は、何か人々を気づかせたり導いたりする宿命に生まれているらしく、だからいくら経営をしても、経営では上手くいかず、宿命の方へ導く様に出来事が起こるらしい…
おばあちゃんは、若くて経営者として頑張っている僕を見て、とてもその事実を告げる事は出来なかったそうです。
 「業」とは、1は自分という視点から、2は人間界という視点からは「天が私に与えた今世での宿命」というものなのか?私は心の底から経営者の道にはまだ決別する事はできないでいる。

 「業」を考えるきっかけとして…3
 「自宅浪人をしているうちに、国立理科系が私立文系に変わってしまった」私の大学受験

 「大学受験の意味は?」人生全てに言える事なのですが、その事に対し、どの様な「初一念」を持つかで後々の行動が決められます。ほとんどの受験生は「志望大学に合格する事」と決めますが、ところが私は「学びを通し自分を高めるため」と決めました。この様に決めると、勉強は大学受験に出題されるかどうかは問題ではなくなる。結果として、全教科を完璧にやろうとすると国立理系に一年はあまりに短い。好きな教科から完璧にやり始めると、気付くと私立文系になっているのも必然というもの。今の経営者としての私が、社会が利益を上げるという事について、自分としての理由があっての利益でなければ納得できません。利益より、まず納得できる理由が必要。根本は少しも変わっていない事に気付きます。私にとっての学びと経験の30年は一体何だったのだろうか?
 これを「業」、私に宿った「業縁」と言わずして、何と言えば良いのでしょう?「性格」いや、そんな軽い言葉で納得できない自分がいます。

  「業」という事で考えてきた訳ですが、最後は自分で決めて人生を歩むもの。私はこの「業」の光と影の両方を見つめて、その良い面を愛してゆこうと思います。「一見さんお断り」の京都で、私が一番言われたくない言葉「あのお人は、物の値打がわからんお人どんなぁ」。一番言われたいのは「あの人、ああ見えても、物の値打をよう知っといやすなぁ」。
 私は、西洋は砂漠に生まれた宗教や価値観を背景にした「掟」の社会であり、日本は四季のうつろいに生まれた宗教や価値観を背景にした「美」の社会だと考えています。日本人がして良い事と悪い事の判断基準っっは、法に触れるかどうかではなく、そうする事、そう生きる事が美しいかどうか?
私は「美しく生きよう」という「業」を背負ってしまった京都人という宿命を心から受け入れて生きてゆこうと決めています。西洋の価値観がブラックバスの様に幅を利かせている今日に、不器用と言われても、けったいと言われても「美意識」というものを伝え、残してゆきたいと決めています。
 この私の「業」の上にこのTOKI-WA-SOHと英徳館は築かれています。よくこの建築に携わっていただいた職人さんに私が発した言葉があります。
  「もういい!後は私がやるから、もう帰ってくれ」私の「業」というものがそう言わせて、そしてその言葉全てに自分で責任を取りました。この15ヶ月、振り返ると私は「業」に動かされて生きていたと言えます。ここに私の美意識があります。
  社員の皆様。こんな社長で本当にごめんなさい。これから、必ず、こんな社長だったからできたという未来を一緒に見ていこうと思っています。乞うご期待。
 それから、TOKI-WA-SOHにこれから入居される仲間の方へ。各お部屋は普通に作っておりますのでご安心下さい。まぁTOKI-WA-SOHは完成していますから、ご自分で確かめて頂けるので問題はないですが…


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2007年11月19日

「なるようになる」という言葉の本当の意味

よく世間で、どうしようもなくなったり、追い詰められたりした時、開き直って気持ちを切り替えて「じたばたしても最後にはなるようになる」というセリフを聞きます。この「なるようになる」の「なる」を、最後まで追跡調査した者は誰もいないと思いますが、一般に使われている意味での「なるようになる」という意味では、結果はあまり芳しいものにはならない様な気がします。何故なら、ここで言う「なるようになる」とは、とても他力的な意味だからなのです。物事が最終的に「なるようになる」と、実際に結果として姿を現わします。私はこの現われた形あるモノは、現われるべくして現われた形そのもので、結果は以前から決まっているものだと思っています。
 少しくどい内容になりましたね。もう一度分かり易くまとめますと、「なるようになる」というのは、その人の心の中にある心象風景そのものが、なるべくして時を経て形あるモノとして、人々の前に姿を現わす事。つまり、桜は放っておいても、4月には満開の花を割かせるのであって、「なるようになるさ」と他力に委ねても、決して8月に咲いたり、4月にひまわりとして開花するはずもありません。
 この度、15ヶ月間という期間を経て、京都五条河原町の地に「TOKI-WA-SOH」と「英徳館」を作りました。多くの方々が建物を見る度、その外・内装が当初の計画とはかけ離れた、想像出来ない出来栄えに驚かれます。とても嬉しい瞬間です。ただ一方でこの今の風景は、私には15ヶ月前にも心象風景として見えていたのです。全てのモノは初めに形ありきではなく、全ては創造主の初めに想いありき、という事をもう一度しっかり確認したかったのです。
 「なるようになる」とは、他力的な弱いニュアンスで語られる言葉ではなく、強く「なるようになる」と想い“人事をつくして天命を待つ”という意味での「なるようになる」として使う時、未来は明らかに開かれるのではないでしょうか。私はこの「なるようになるんだ」という強い想いを持った仲間に出逢いたい。そして未来に形を持って「なるようになった」雄々しい姿を見てみたい。そんな仲間の集う場所が、今日本ではここ「TOKI-WA-SOH」だと自負しております。


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2007年11月08日

イヤシロチのお話

イヤシロチに該当する何らかのエネルギーを持った場所というものは、世界各地に有る。日本では神社などが主らしいが、私の知っている外国のものとしても、イギリスに、なぜかその場所で作物を作ると巨大化するという場所や、フィリピン・ルソン島北部には、神霊治療という超能力を使った治療のできる多くの人々が生まれる場所というものがある。そこに私もその治療を受けた日本人の先生がおられるのですが、元々はその先生は普通の方であったのですが、その超能力者の方と結婚され、その場に住むことで徐々にその能力が開化したとのこと。場のエネルギーによるものと思われる。
 このような場に身を置くと、知的活動が極めて活性に働くということも起こる。その場所は人々にとって、何か新しい事柄の情報を生み出し易い所である。言い換えると、新たな知慧とか、新たな思考法や思想が湧いてくる。
 日本の神話にも、マメノヤスノカハラという聖域において、多くの神々が神集(カミツドヒ)して、いろいろな更に高度のカミツドヒという神知を得たとある。
 イヤシロチで、複数協力すれば、個々の有する知識を超えた、高度の知的生産が得られることは古くから知られていた。それを最新の科学がやっと創発という理論として到達したにすぎない。
 私は、このTOKI-WA-SOHをイヤシロチであると確信している。その理由は、「私がそう感じるから」。
 最後に、人間は天性か環境かという、二元的に優劣を考えているが、これは正しい捉え方とは言えない。天性とは、「天与の性分」のことであり、私達は自然性とか、自然与という言葉は持ち合わせていない。即ち、個人に属する性質としてのものは、自然の理を超えた天から与えられるものであり、環境というものは、自然の理で解明できるものである。自然の理で考えられる最高の環境がイヤシロチなのである。従って、天性は自分ではどうすることもできないのであるが、しかし、一方で、自然理を極め、自らをイヤシロチに置くようにすることで、天性を最高度に引き出すことができることを考えるならば、天性もやはり環境に明らかに左右されるということができる。

 私は男であり、私から見た最も身近で大きな影響力を持つ場としてのイヤシロチは、広い意味で、女性がそのイヤシロチの最たるものである。人は成長することで知識を得、その一方でみずみずしい直感を失ってゆく。よく、男は理性的というが、そのことによって、女性からエネルギーを受け取りにくくなっているようです。子供のように素直な心で女性から天与のエネルギーをもらうことで、自分の能力をはるかに超えた奇跡を目のあたりにすることができるというのに。
 さぁ、場としてのイヤシロチと、素晴らしい女性としてのイヤシロチから、無限のエネルギーを補給し、楽々と奇跡を起こそうではありませんか。


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