2007年09月04日

「TOKI-WA-SOH」に寄せる想い

「人はみな、何かの天才だ。その天才の部分を人と人との出会いの中で引き出さねばならない。」赤塚不二夫

 東京の山手線、目白駅かたどんどん目白通りを哲学堂へ向かっていくと、大通りがあって、電話局があってその近くにオンボロアパート「トキワ荘」がありました。
 豊島区椎名町5-22253というのが正確な住所。このアパートから、現在でも人々の心を捉えて離さない巨人達、児童マンガの人気マンガ家達が巣立つとは誰が考えたでしょうか。昭和30年から37年迄の間に、このアパートの2階に、手塚治虫、寺田ヒロオ、石森章太郎、赤塚不二夫。藤子不二雄、水野英子、鈴木伸一、森安なおや、横田徳男かが住んだり出たりし、つのだじろう、長谷邦夫、園山俊二等が毎日自宅から熱心に「トキワ荘」に通いつめたものでした。
 皆20代でした。貧乏で、夢だけはいっぱいあったのに、懐は空っぽでした。仲間の誰かにちょっとお金が入ると、皆でそれをアテにして、ラーメンを食べたり、映画館に通ったりしました。それでもマンガを描く事は止めませんでした。

 現在は「トキワ荘」は老朽化したため取り壊されて残っていませんが、今も尚、人々の間で語り継がれている伝説の聖地なのです。それは偶然の物語では無く、トキワ荘での共同生活そのものが彼らを相互に刺激し合い、それぞれの中の天才性を掘り起こし、巨人へと導いたのです。
 ここで私は「創発」という言葉を思い浮かべます。人間はある事に疑問や探究心を持ちながら生きている中で、他の能力の高い人の考えを会話を通して吸収する事によって、自らの中に閃きが起こり、疑問や探究心にきっかけを与え、発想のステージを次々と高めていく事を「創発」と呼びます。

 我が国では、ある時代のある場所で集中して人物が輩出した歴史が何度もあります。その理由を探って行くと、単に優秀な人物が偶然同じ時代の同じ場所に会したという様な単純なものではありません。この「創発」という概念自体は近年の研究によって、やっと明らかになって来たに過ぎません。そういう意味では、歴史上の「創発」もやはり偶発であったとも言えます。この歴史的事実と現代の研究成果を用いて計画的に仕掛けて「創発」を起こし、21世紀の「Made in Japan」を京都五條から産み出そうと考えています。その中心となる施設こそ名を同じくする「TOKI-WA-SOH」です。「創発」という導火線に火は着けられました。
「歴史はくり返される」
 歴史の舞台へようこそ!!


●TOKI-WA-SOHオフィシャルサイトはこちらからどうぞ

Recent Entries

  1. 「TOKI-WA-SOH」に寄せる想い